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婚約破棄の後始末  作者: ひろむ
2/3

「注目されすぎじゃない?」

食堂で昼食を共にしている友人、シェリー・マーラム男爵令嬢がうんざりとため息をついた。

「そりゃ、しがない一文官の男爵の娘より、国で一、二を争う大商会の跡取りの方が優良物件なのはわかるけどさあ…」

シェリーは必要以上にクルクルとフォークを回して、残り少ないパスタを巻いていく。

「私に一人くらいはおこぼれあってもいいとはおもわなぁい?」

ジロリとシェリーが私を睨む。

「そうは言っても、金に目が眩んだ男なんてたいしたもんじゃないわよ」

私だってうんざりしているのだ。

あれから毎日のように届く招待状にラブレター。呼び止められてはお茶のお誘い。

私は玉の輿に乗ろうとする男子の連日の誘いに辟易していた。

シェリーのようにまだ結婚相手を探して女子からの視線も冷たすぎて恐ろしい。

これもそれも全部、アンディが公開プロポーズなんてするから悪いのだ。

私だってこうなったからには好きな人と結婚したいと思う。

モードレイ商会の跡取りとしてではなく一人の女性として私を見てくれる人がいい。

この際、一緒に商会をやってくれなくてもいい。

私のことを大事にしてくれる男性がいい。

アンディは結局、私に何か贈り物をしてくれたことも無かったし、デートにも行くこともなかった。

私がお茶に誘っても渋々といった感じで、何度もそれでは私の心も折れた。

「でも、中にはフェリシカのことちゃんと見てくれてる人もいるわよ…」

テーブルの周囲を見渡して、シェリーが周りを牽制してくれる。

その視線に怯えてこちらに来ようとしていた男子が足を止めた。

「あ……」

最後のパスタを口に入れたシェリーが、目を細めて私に合図を送る。

何事かと私は後ろを振り向くと、アンディがユイリーノを伴ってこちらにやってくる。

見るからに怒っているようだ。


「どういうことだ、フェリシカ!?」

「どうかなさいましたか、ヴェルキンス様」

もう婚約者としての立場ではないからと、アンディとは呼ばない。

私から呼ばれたことのない家名で呼ばれ、アンディは暫し硬直する。

そこをユイリーノが不満そうに袖を引いたことで、アンディは意識を戻す。

「それよりも、何故お前の商会からうちに多額の請求が来ているのだ!?」

アンディの怒りの理由をいくつか上げていたが、父親の怒りの請求書がヴェルキンス家に行ったということか。

さすが商売はスピードが命と常々口にする父親だ。

関心していると、イライラとしたアンディが足を踏み鳴らす。

「黙ってないで、さっさと請求書を引き下げろ!」

「引き下げろ、と言われましても…どの請求書でしょうか。もしかして、そこのお隣にいらっしゃる令嬢への贈り物として購入されたドレスと宝石の請求書かしら?」

貴族なのだから、こんな衆人環視の場で金の話をするのははしたないと思わないのだろうか。

贈った相手を引き連れてするものではない。

「今までヴェルキンス様が我が商会で買い物しても代金を直接請求されなかったのは、私との結婚のための準備金という名目があったからですわ。ヴェルキンス様は私以外の方へプロポーズされ、その方への贈り物を購入されたのですから、お支払いしていただくのは当然かと」

今までアンディはうちの商会ではタダで買い物してきた。

もちろん高額商品は身内割引価格ではあるが、私とのお茶会や夜会への出席のための誂えはすべでうち持ちだ。

今回、婚約は破談となったのだから割引も適用されない価格の請求がアンディにいくのは当たり前だ。

今回、侯爵令嬢の格に見合うだけの高額な商品を購入していたらしいので、彼へいった請求はかなりの額になるだろう。

現在のヴェルキンス家では捻出するのはかなり難しいはずだ。

しかし、彼はそんな当たり前のことさえ知らない。

もしかしたら、家から自分に割り当てられた予算も知らないのかもしれない。

アンディが一年に使うお金は、彼に割り当てられた金額よりも高額で、足が出た部分はうちが援助していた。

借金まみれの伯爵家だからアンディへの割り当てはそんなに多くない。

それでも服飾装飾品はうちがもっていたのだから、金を無駄に使いすぎだ。

ユイリーノが自分宛ての贈り物も捨てた婚約者に支払わせようとしていたのを知り、衝撃を受けているようだ。

顔色を無くし、アンディをうかがっている。

きっとユイリーノは上っ面だけはええかっこしいで見栄と虚勢は素晴らしいアンディしか知らないのだろう。

アンディとユイリーノが結婚するには、うちからヴェルキンス家に貸し付けた金を精算しなければならない。

ユイリーノは跡取りでもないし、アンディも爵位はない。

二人が結婚するためには、ユイリーノの家がヴェルキンス家に金を出すしかない。

更に加えてコーフェン侯爵家保有の爵位を与えなければ、アンディとユイリーノは準男爵の身分になってしまう。

貴族なんだから、好きなだけでは結婚なんかできないことくらいわかっていなければいけないのに。

二人は脳内お花畑なんだろうか。


大体のことを察したシェリーは、呆れ顔でアンディを見ている。

「ふざけるなっ。何で俺が払わなくてはならないっ」

買った物の代金は払わなければならない。 

それは当然のことだ。

その金がどこから出てきているのかなんて、アンディを始めとしたヴェルキンス家の人間はわかっていない。

だから、私と婚約するようなことに陥ったのだけれど。

「おい、黙ってないでなんとか言ったらどうなんだ!」

バンッとアンディがテーブルを叩く。

「騒々しいぞ」

「で、殿下……っ」

私達を遠巻きに見ていた観客の中から、こちらのテーブルにやってきたのはディクソール第二王子だ。

マクスウェル第一王子の一つ下の側妃を母に持つ王子だ。

「そうですよ、ヴェルキンス様。購入した物の代金を支払うのは当たり前でしょ」

ディクソールのそばでニヤニヤとアンディを嘲るのは、サンディ・ニソーだ。

彼の家も大きな商会をしており、いわばうちのライバルだ。

「そうだ、君達婚約は無くなったんだって?」

ディクソールがアンディを見て、そして私を見る。

「そのような運びになるかと」

「それはおめでとう。ヴェルキンス殿にもお礼を言っておくよ」

そう言いながら、何故かディクソールが私の横の椅子に座る。

「ヴェルキンス殿がコーフェン嬢に乗り換えてくれたおかげで、一人婚約者候補がいなくなったんだ。どうだいモードレイ嬢、僕と婚約しない?」

たしかにアンディの隣にいるユイリーノは、王子の婚約者候補の一人だ。

第一王子のマクスウェルは早々に相手を見つけてしまったので、ユイリーノは第二王子のディクソールの婚約者候補として名を連ねていた。

しかし彼女は王子妃に一番近い地位にいながらも、二人の王子から選ばれることはなかった。

アンディを選ぶユイリーノの本質を見て王子達が彼女を選ばなかったとしたら、とても賢明な判断だ。

「で、殿下…!?」

サラリと爆弾発言をしたディクソールのせいで、私は固まってしまっている。

「正気ですか、ディクソール様」

ディクソールと常日頃から親しくしているサンディでも、ディクソールを驚きの表情で見ている。

「ディクソール様がモードレイ家に入るんですか?フェリシカ嬢は嫡子ですよ」

サンディの言葉に私がハッと意識を戻す。

「御冗談はおよし下さい。うちは子爵家でございます。殿下の隣は私には務まりませんわ」

「じゃあ、伯爵にでもなればいいだろ。モードレイ家の功績なら、伯爵でもおかしくないんだし」

「そんな横暴ですわ!うちは子爵家で十分です。伯爵家になったら商売し辛くなります」

「そんなものかな?」

無邪気に問うてくるディクソールが恨めしい。

ここでの会話が変に尾ひれがついたら、私はディクソールの婚約者にされてしまうかもしれない。

そんなことは御免だ。

「ディクソール様…うちが準男爵で平民のままで商売やってるように、モードレイ商会が伯爵になんかなったら商売しにくくなるんですよ」

サンディノ助け舟に、私はコクコクと頷く。

「それにディクソール様がモードレイで接客されても、客は奨められたものを全部買ってしまうから、商売には向きません」

「サンディ様の言う通りですわ。殿下に奨められてしまえば、趣味ではなくても高額でもお客様は購入してしまいます。そんなことになってしまえば、うちは押し売りをする店となってしまうんです」

「そっか。商人とかちょっと憧れてたんだけど…」

ディクソールはとても残念そうだ。

「うちとしては王家との繋がりよりも、王家御用達の方が有り難いので、今のままで十分です」

キッパリと言い切るり

ここで誤魔化しの言葉を連ねれば、モードレイ商会に野心有りなんて誤解を招いてしまう。

「良い案だと思ったんだけどなぁ……」

「ディクソール様は早く婚約者を決めて下さい。良い令嬢がいなくなりますよ!」

「そうだな、コーフェン嬢も相手が決まったようだし。おめでとう」

ディクソールに視線を向けられ、ユイリーノは引きつった笑みを浮かべてなんとかありがとうございますと返す。

「ヴェルキンス様……」

ユイリーノがいたたまれなくて、アンディの服を引っ張る。

ここに居続けても二人の分が悪くなるだけだ。

「とにかく、こんな請求は知らないからな!」

アンディが捨て台詞を吐いて、ユイリーノを伴って離れて行った。


ようやくこの騒動からも解放される。

私はホッと息を吐くが、ディクソールがこの場から立つつもりはないらしい。

ここは私が先に立つべきか。

目の前のシェリーと視線を交わして立ち上がる。

「それではお先に失礼いたします」 

「うん、またね」

ディクソールがヒラリと手を振る。

去り際、ディクソールの側に立っていたサンディに視線を向ける。

サンディは肩をすくめてみせるだけだった。

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