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婚約破棄の後始末  作者: ひろむ
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「ユイリーノ・コーフェン。どうか、卒業した暁には私と結婚して下さい」

男子生徒が女子生徒の前に跪き、赤い花を差し出した。

「まあ、ヴェルキンス様、私でよろしいの!?」

女子生徒が歓喜の声を上げて、花を受け取った。


ここはローウェルズ王国王立学園。

学園の生徒の交流を図るために、定期的にお茶会が開かれている。

この国では一部を除いてある程度は貴族も自由恋愛の元、婚姻を結ぶことができる。

15歳から通うことができるこの学園では、王族や貴族の結婚相手探しの場となっていた。

たいていはこの学園に在学中に相手を見つけ、卒業と共に婚約をする。


だから、このお茶会では先程のような告白やプロポーズはよくある光景だった。

「フェリシカ、良いのかあれ」

目の前で繰り広げられたプロポーズを見ていた私の横に友人の男子生徒、カーラム・タワーバーがやってくる。

「良くはないでしょうね。だけど、想像できたことだわ」

私はプロポーズが成立して盛り上がっている二人に冷ややかな目線を送る。

周りにいる一部の生徒達は私の方をチラチラと見ている。

全く持って鬱陶しい事である。

なぜなら、先程プロポーズした男子生徒は私の婚約者なのだ。

婚約者を作らないことが主流になりつつあっても、私とアンディ・ヴェルキンスは婚約が内定していた。

というのも、名門伯爵家であるヴェルキンス家は前の伯爵の代から多大な借金を抱えていた。

そしてついに領地経営が回らなくなり、財政を立て直せなくなった現ヴェルキンス伯爵、アンディの父親は商売で儲けている我がモードレイ子爵家を頼った。

王宮からの要請もあり、我が家が全面的にヴェルキンス家を支援することになった。

多大な金額を支援を受け入れるヴェルキンス家は、担保が領地だけでは足りず、残りはアンディが我が家に婿入りすることで支度金としての支給という形となった。

アンディは金のために我が家に差し出されたようなものだ。


「中々に愉快な催しだな」

サティーヌ・クリューガー伯爵令嬢をエスコートしてやって来たのは、マクスウェル第一王子だ。

この場にいる察しの良い人間は、先程のプロポーズ劇の第三の当事者である私を遠巻きに見ている。

そんな状況にマクスウェルは不快そうに顔に笑みを掃いた。

「久しぶりにお茶会に出てきたのだが、寛げる雰囲気ではないな」

「では、食堂にお茶会のお菓子を分けていただきましょう、マクスウェル様」

どうやらマクスウェルとサティーヌは別室でお茶会の仕切り直しをするらしい。

こちらにマクスウェルの目線が飛んでくる。

無言で私にも来るようにとの圧だ。

「俺のエスコートでいいかい、フェシリカ」

カーラムが大仰に私の前に手を出す。

「甘えさせてもらうわ」

クスリと笑みを浮かべて私は逞しいカーラムの手を取った。

私達に注目している周りの視線が付いて来たが、それを払い除けるようにお茶会の会場から私達は立ち去った。


場所は変わり、学園の王族が使う貴賓室。

そこに準備されたお茶会と同様のセット。

私達は各々席に座り、お茶に手を伸ばした。

「君がアレを許すとはな」

ククッとマクスウェルが喉で笑う。

「直にこうなることはわかっておりましたので」

私の言葉に、マクスウェルが片眉をあげる。

マクスウェルを含めたこの学園の生徒の多くは二人の関係を知っていた。

その中で私とアンディの関係を知っているのは耳聡い一部の者だけだろう。

だから、学園の多くの者は今日のプロポーズを歓迎しているはずだ。

あそこで私が水を差せば私が悪者になってしまうだろう。

「アンディがコーフェン侯爵令嬢に度々贈り物をしているという報告を家令からもらっております」

ヴェルキンス家の財政を立て直しするために、我が家から何人か使用人が派遣されており、支出の管理とチェックをしている。

ヴェルキンス家の財政状況が悪いのは、見栄を張り、収入に見合わない散財をするところだ。

それさえなければ、ここまであの家が傾くことはなかった。

「証拠は十分ということか」

王宮の信用保証の元に行われたヴェルキンス家の救済に伴う私とアンディの婚約。

しかし、アンディはコーフェン侯爵令嬢に一目惚れしたらしく、彼女を熱心に口説いていた。

アンディは私との婚約は不服だったのだろう。

時には彼女の身分に見合うような高額なプレゼントをしていた。

その原資はもちろん我が家から投入された資金だ。

私が咎めても、彼は金にうるさい娘だと文句を言うだけ。

しょせん商人の娘だと私を見下し、いかにヴェルキンス家が素晴らしいかと熱弁を揮った。

その素晴らしい体面を保つのに、我が家の金が必要だということはわかっていないらしい。

再三に渡る忠告もきかないアンディの行いは呆れるしかない。

父に相談すれば、王宮と今後を相談するということになった。

いくら私が子爵位を継いでモードレイ商会の当主となっても、夫が好きに散財してしまえば商会はすぐに傾いてしまうことになるだろう。

ヴェルキンス家の格式と人脈を当てにしていた父も頭を抱えていた。


「さすがに父も見逃せないようですので」

「破談に向けて動くと?」

「すでに調整は付いております。今日ここで起きたことを証言していただければ、完璧ですわね」

「さすが、一流の商人はやることが素早い。ヴェルキンスの行いについては私が一筆書こう」

「よろしいのですか?」

マクスウェルの提案に、私は驚く。

アンディがコーフェン侯爵令嬢にプロポーズした証言が取れれば、ヴェルキンス家の瑕疵によって婚約破棄ができる。

今まで貸した金を返してもらうだけでなく、慰謝料までももらえるということだ。

王子であるマクスウェルの証言であれば、誰も文句は言えないだろう。

さっそく従者に書くものを持って来るようにマクスウェルが指示を出す。

アンディもヴェルキンス家も王家に見放されたということなのだろう。


「サティーヌのためにもモードレイ商会には頑張ってもらわなければならんからな」

「まあ、マクスウェル様ったら!」

マクスウェルがサティーヌの髪を一房取り、口付ける。

彼女の耳元を揺らすイヤリングは、我がモードレイ商会の品物だ。

元々、サティーヌの母親、クリューガー伯爵夫人が商会の顧客だった。

美とお洒落の追求に余念のない彼女は、ついに自分の求めるものを自作したいと考え始めてしまった。

そこでクリューガー伯爵夫人プロデュースの商品をうちで開発することになった。

そんな母親の影響を受けたサティーヌは、自分でドレスやアクセサリーのデザインを手掛ける。

サティーヌのデザインをうちのお抱えの職人が丹精込めて作り上げるのだ。

しかし、中にはそのデザインから出来上がりがあまりにも高額になりすぎるものもある。

そういったものは、王子のポケットマネーで作成されてマクスウェルからサティーヌへとプレゼントされるのだ。

サティーヌにベタ惚れのマクスウェルは、彼女が喜ぶためには手段は選ばない。

そのため、マクスウェルは今ではうちの商会の上得意様だ。

「母上が今度、サティーヌにドレスを見立てて欲しいとおっしゃっていたぞ」

「王妃様が?私なんかが…畏れ多いことです」

「今やサティーヌが身に付けた物が流行となるのだ。サティーヌの選んだ物を身に着けて、流行の最先端をわかっている王妃と褒められたいのだ」

仲睦まじいマクスウェルとサティーヌは、学園の誰もが羨むほどのカップルだ。

マクスウェルは学園を卒業すれば王太子になり、サティーヌは彼の婚約者として正式な立場になる。

婚約者として内定しているサティーヌは、未来の母親とも良好な関係を築けているようだ。

この国の未来は安泰だと思わせてくれる二人の手助けを私ができていることがとても嬉しい。


「フェリシカ、本当にヴェルキンスのことはいいのか?」

イチャイチャするマクスウェル達をスルーして、お菓子をパクついていたカーラムが心配そうに私を覗き込んでくる。

「アンディのことは、別にいいの。あの人と結婚したらと思う方がゾッとするもの。だけど、うちに婿入りしてくれる人をこれから探さないといけないと思うと…中々にめんどくさいわよね」

「あの場にいた男共の目の色が変わっていたからな」

マクスウェルが愉しそうな声を出す。

王家御用達の大商人の家の跡取り娘の私に取り入りたい人間は多い。

フリーになった私の婿の座を狙う男子は増えるだろう。

「笑い事ではございませんわ、マクスウェル様。フェリシカの相手は今度こそ良い男でなくては」

アンディの素行のせいでサティーヌには随分心配をかけてしまったらしく、珍しく彼女の語気が荒い。

「俺じゃ婿入りしても戦力外だしなぁ」

「カーラムは騎士になるのでしょ。あなたがうちに来たら、殿下のお怒りを買ってしまうわ」

「心外だな。私が他人の恋路を邪魔するとでも?」

「私とカーラムには色恋の感情はありませんから、殿下は容赦なさらないでしょう」

私が言い返せば、マクスウェルはそれもそうだと肯定してくる。

ここは嘘でも否定して欲しかった。

「それにいくら母親同士が仲良くても、跡継ぎ同士は結婚できないわ」

私とカーラムはいわゆる幼馴染みというやつだ。

母親同士仲が良く、小さい頃から共に過ごした。

もちろん私と彼との縁組を親が考えなかったことはないだろう。

しかし、脳筋寄りのカーラムは商人には向かない。

父親であるタワーバー子爵の跡を追いかけるように、カーラムは強くなっていった。

彼が文官でも目指していたなら、この場で私がカーラムにプロポーズでもしていただろう。

「こればっかりは、商売のように上手くいきませんわ」

ため息を溢して、冷めた紅茶を啜った。


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