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第211話 大闘技場のバックヤード

 迎えた大会当日――


 ホムとアルフェとともに一般開場の二時間前に大闘技場(コロッセオ)へ向かうと、バックヤードの僕たちの機兵の前に既に二人の人影があった。


「アイザック様とロメオ様が待機していらっしゃいます」

「どうやらそのようだね」


 暗がりでもアイザックの耳と尻尾は特徴的だし、そうでなくても興奮を隠しきれずに左右にぶんぶんと大きく揺れている様はいかにもアイザックらしい。小人族のロメオはアイザックと並んでいると遠目からでも彼だと理解できた。


「おはよう。開場までまだ時間があるのに、随分と早いね」

「これはこれはリーフ殿! 待ちわびていたでござるよ~!」

「メカニックとして指名を受けたからには、遅刻するわけにはいかないよ」


 背後から声を掛けた僕を、アイザックとロメオが嬉しそうに振り返る。その目は僕たちを通り越して、あちこちに駐機されている機兵へと熱っぽく注がれているのだった。


「早くに会場に入れば、それだけ機兵を間近で眺める機会にも恵まれるだろうからね」

「リーフ殿にはお見通しでござったか~」


 武侠宴舞(ゼルステラ)・カナルフォード杯では、バックヤード――つまり、闘技場と併設された駐機場、選手控え室をはじめとした設備に入ることが出来る人物が参加選手とメカニックと呼ばれるサポーター、それに運営関係者に制限されている。


 もちろん、不正が行われないように厳重な警備が行われているので、大会関係者であっても他の機兵に不必要に近づくことさえ許されないのだが、それでも近くで一流の機体を眺められるだけでも二人は大いに満足しているようだ。


「ちゃんとやることもやってあるよ。整備は万全だし、あとは開場一時間前までに起動テストと最終調整を行えば、いつでも戦えるはずだよ」

「なにからなにまで済まないね」

「メカニックとして当然の仕事でござる。そうでなければ、何のためにここにいるかわからないでござるよ~」


 そうは言いながらも、アイザックは興奮を隠しきれずにぶんぶんと尻尾を振り続けている。機兵オタクとしては、この場所に居られること自体がこの上ない幸せなのだろうなと、ふと彼らの幸せを感じ取った。


「あとは僕が主導して出来るから、ひとまず自由に過ごしていていいよ。調整が必要な時は声をかける」

「合点承知でござる!」

「ありがとう、リーフ!」


 僕の言葉にアイザックとロメオがこの上なく嬉しそうな笑顔を見せる。


「ちょうどエステアさんのセレーム・サリフにインタビューが来てるんだよね。事前の写真撮影に便乗させてもらってくる!」

「ロメオ殿、拙者も行くでござるよ~!」


 首からなにか提げていると思ったけれど、小型の写真魔導器だったようだ。お揃いのところを見るに、もしかするとこの日のために自分たちで作ったのかもしれないな。


「……すごく活き活きしてるね。アイザックくんとロメオくん」

「そうだね。大体機兵を前にしているとあんな感じだけど、今日は特別嬉しそうだ」


 アルフェにもはっきりとわかるくらいだから、きっと相当嬉しいのだろうな。僕が感じた彼らの幸せというのは、あながち間違っていなさそうだ。この数ヶ月で、僕も他人の喜びを推し量れるようになったのかもしれない。前世では他人には全く興味がなかっただけに、これは大きな成長だろうな。


 そんなことを考えながらふと隣を見ると、ホムがエステアのセレーム・サリフを食い入るように見つめているのが目に入った。


「ホムも見に行くかい? まだ時間はあるよ」

「……いえ」


 ホムは少しだけ頭を振って僕の提案を断ったが、それでもセレーム・サリフから視線を外そうとはしなかった。


「なにか気になるのかな?」


 ホムがこの大会における自身の最大の敵と認めているエステアの機体だ。気にならないはずはない。けれど、それを指摘してホムに余計なプレッシャーを与えたくはなかった。かといって無視することもできずに問いかけると、ホムは少し考えるように目を瞬き、それから静かに口を開いた。


「取材陣が注目しているのが、専らエステア様の機体だけだと思っただけです」

「ああ、そういえば……」


 身元を証明する腕章を着けた取材陣がちらほらと入ってくるが、その誰もが真っ直ぐにエステアのセレーム・サリフを目指して移動してくる。


 先日のエキシビションマッチで鮮烈な勝利を収めた機体だからということもあるだろうけれど、それにしてもかなりの注目度だ。


「やはり、この学園随一の戦力であることが大きく関わっているのでしょうか」

「それは間違いないだろうね」


 ホムの呟きに応えながら、僕はアーケシウスの点検を開始する。


 アイザックとロメオがほぼ完璧に整備してくれていたお陰で、ほとんど触るところはないのだけれど、自分の目で相棒である機体の調子を確認することは僕自身の落ち着きにも繋がる。


 武侠宴舞(ゼルステラ)では、機体の稼働時間を操手の魔力に依存させ、持久力を測る側面もあるため、慣れ親しんだ液体エーテルのタンクがない姿には、まだ少し慣れないな。


「……わたくしのアルタードと、アルフェ様のレムレスも機兵評価査定ではほぼ似たような点数なのに……」


 ホムの微かな呟きが聞こえ、僕は耳をそばだてた。僕の方を見ているわけではないので、きっとホムの独り言なのだろう。でも、僕の作った機兵が、もっと評価されてほしいと願うホムの気持ちが嬉しくて、思わず微笑んだ。


「ワタシたちが勝てば、リーフが凄いんだよって証明になるよ。頑張ろうね、ホムちゃん」

「この日のために全てを捧げてきました。マスターのためにも全力を尽くします」


 アルフェの励ましに、ホムが振り返って力強く頷く。


「そう気負わなくても、二人とも自分の力を信じて自分のために戦うんだよ。そうすれば、判断を誤らなくて済む」


 ――万が一、僕になにかあったとしても。

 僕のなかにある、拭うことのできない懸念はそれだ。どうか伝わってほしいと願いながら二人を見つめると、僕の想いが通じたのか二人とも笑顔で頷いてくれた。


「自分のために戦うことが、リーフのためになる――」

「理解しました、マスター」


 アルフェは付き合いが長い分、ホムは僕の思考を共有している分、理解が早くて助かるな。


「ありがとう。僕たちは、最高のチームだ」

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