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第15話 子供らしさの模索

「あー、あーふ! あっ、あっ」


 宙を仰いでいたアルフェが、僕に訴えかけるようになにかを指差して話し始めた。僕に見えるものだといいなと思いながら、その方向に身体の向きを変える。


「にゃーにゃっ!」


 アルフェが舌っ足らずな声を上げて懸命に訴えている。視線の先にあるもので、その言葉に当てはまりそうなものは、ネコのぬいぐるみだろう。


 リボンがかかったアルフェの身体よりも大きなネコのぬいぐるみは、棚の上にある。


「ねこ?」


 問いかけると、アルフェは満面の笑みを見せた。どうもあれを取って欲しいらしい。

 要望は理解できたが、僕も身体的にはアルフェと大して変わらないので棚の上のぬいぐるみを取ることはできない。


 仕方ないので、はいはいで進んで、つかまり立ちで母親たちの椅子の後ろに回った。

 普段なら僕の気配に気づく母なのだが、話に夢中で気づかない。


「…………」


 楽しそうな会話の邪魔をするのは気が引けるし、どう割り込んでよいものかわからない。ここは諦めるかとアルフェを振り返ると、期待の眼差しが僕を見つめていた。


「あーふ」


 アルフェの眼差しは、僕のことを信じて疑わない眼差しだ。僕がどんな人間かも知らないで、ここまでの信頼の目を向けるアルフェは、きっと純粋なのだろうな。それとも普通の子は、周囲の人間を無条件で信頼するものなのだろうか。


 ――信頼。


 そう考えると、すっかり自分の両親に対して安心しきっている自分に気がついた。安全を脅かされない生活を続けていると、どうにも警戒心が緩んでしまうようだ。


「あーうぅ……」


 そんなことより、アルフェの頼みをどうにかして叶えなければ。泣き出されてしまっては、僕がアルフェと過ごしている意味がなくなってしまう。頼むとすれば、ジュディさんに頼む方が良いのかもしれない。


「……あの」


 少し移動し、テーブルに手を掛けながら声を大きく出してみた。


「あら? 誰か呼んだかしら?」


 手をひらひら振ってアピールすると、母親たちの視線が一斉に僕に向いた。


「まあ、リーフ。どうしたの?」

「あれとって」


 棚の上のネコのぬいぐるみを指差して言う。


「すごいわ、リーフ! もうそんなに喋れるのね」


 ジュディさんが驚嘆の眼差しで僕を見ている。個人的には、単語を繋げただけだと思ったが、もう少しセーブする必要があるのかもしれない。


「あるふぇが」


 慌てて作り笑いを浮かべ、舌っ足らずを装ってアルフェを指差す。そのまま、つかまり立ちを止めて尻餅をつき、はいはいでアルフェの元へと戻った。


「あーう♡」


 いつになく甘い声で、アルフェが僕を呼んでいる。僕がしていることが理解出来ているようで、機嫌もすっかり良くなった。


「ありがとう。掃除をしたときにしまったままにしちゃったのね」


 ジュディさんがそう言いながら棚からネコのぬいぐるみを下ろしてくれる。


「あーと!」


 アルフェが満面の笑みでぬいぐるみに飛びついた。どうやらありがとう、と言いたいらしい。


「ありあと」


 アルフェの口調を少し真似てそれっぽく発音してみる。これくらいの滑舌なら、驚かせることもなさそうだ。


「こちらこそありがとう、リーフ。本当に賢いわね」


 ジュディさんが僕の頭をそっと撫で、感謝の意を示している。温かくてミルクの匂いのする手は、アルフェの匂いと良く似ている。


「主人は天才かもしれないって話してるのよ。大袈裟よね」

「ううん。そうじゃないと思うわ。きっとリーフちゃんは天才よ」


 家では油断しきっていたが、どうやら両親も自分が普通の子ではないと考えているようだ。もう少し自重しなければ、今のように接してもらえなくなるかもしれない。


 ――優秀だからこそ『材料』に相応しいのだよ、雑草の君はね。


 僕をストリートチルドレンの生活から救い出し、衣食住と教養を与え、共に成長を喜んでいた養父は、そう言って僕の首に手をかけたのだ。僕が初めて信頼した大人は、僕をホムンクルスの材料としてか見ていなかった。


 両親のことも、全面的に信頼してはならない。

 今は良いが、いつどこで暗い本性を現すとも限らないのだと言い聞かせ、僕は暗くなった気持ちに蓋をするように目を伏せた。


「あーう!」


 柔らかなものが勢い良く顔面に押しつけられ、驚いて目を開く。


「あああ?」


 微妙にイントネーションの違う母音は、あそぼ、ということなのだろう。アルフェがネコのぬいぐるみを座らせて僕に抱きつくように促している。


 やれやれ、人の気も知らないで……。


 促されるまま抱きついてみると、ふわふわとして思った以上に心地良かった。ミルクとはまた違った甘い香りがする。花の蜜のような上品な香りだ。


「きゃっきゃっ」


 僕の緊張が緩むのを感じたのか、アルフェが嬉しそうな声を立てている。礼代わりにアルフェの頭を撫でると、アルフェは僕ごとぬいぐるみを抱き締めようとしてか、こちらに倒れてきた。


「ちょ……」


 ぬいぐるみごと床に押し倒されて、その上にアルフェが乗ってくる。少し重いが、こういうじゃれ合いも子供らしくて悪くないな。


 アルフェは僕の上ではしゃいでいたかと思うと、不意に静かになって寝息を立て始めている。自分の体力の配分もわからずに活動しているのも、子供ならではのようだ。


 アルフェが静かになったので、母親たちの会話に耳を澄ませてみる。


「……そういえばね、そろそろ仕事に復帰しようと思っているの。港の食堂が、最近忙しいらしくて」

「アルフェはどうするの?」

「もうすぐ一歳になるし、託児所に預けようかなって。従姉妹がやってるのよ」

「いいわね。リーフも一緒に預けられるかしら?」


 託児所というからには、子供を預ける施設なのだろう。ジュディさんの持ち出した話題に、母も乗り気なようだ。僕との生活はやはり少しは負担なのかもしれない。


「空きがあったはずよ。今度試しに短時間だけ預けてみない? 案内するわ」

「ありがとう」


 和やかに話しているが、そこに捨てられる可能性というのはないだろうか。

 少し不安になったが、数日後にアルフェとともに連れてこられた託児所は、子供がたくさん集まった遊び場のようなところだった。


 たくさんの玩具に、年齢の違う様々な層の子供たち。歓声や泣き声がひっきりなしに聞こえて来て、絶えず走り回る子供たちの動きで床が抜けそうに軋んでいる。


 こんな場所に僕とアルフェを預ける気なのか……!?



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