表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

騙り語り片理

作者:

「ん、仕事? お前は何の仕事をしているんだ?」

「あれ、先輩に言ってませんでしたっけ、探偵ですよ、た・ん・て・い」

「……は?」


 ◆◆◆


 気付けば辺りが白い部屋に自分は寝転んでいた。

 起き上がると白い丸テーブルと二人分の椅子があり、片方は既に一人座っている。


「あ、先輩、おはようございます」


 ティーカップを左手に持ち、優雅な姿でこちらを見る少女。こちらが起きたのを見て嬉しそうに口元を綻ばせ、黒髪のボブが揺れる。

 こいつの名前はカタリ(片理)。見た目はただただ大人しそうな少女なのに、名は体を表すを地で行く語り好きで、俺の前に出てくる彼女は優しい声色でからかってくるだけだ。


「俺は昼休憩をしていたはずなんだが。どういう事なんですかねぇカタリお嬢様や」

「そうですね、飲み物に一服盛りました」

「次からここで飲み物を飲むたび警戒する必要があるからやめろ」

「わかりました、もうやめますね」


 こいつはやめろと言われたら次は絶対にやってこない。手法が変わるだけだ。あの手この手でそろそろネタが尽きそうなもんだが、そろそろ非合法な手段が出てきそうで怖い。


 大学生活の合間、屋敷の清掃の仕事として応募したら、偶然こいつの家だった。

 最初は普通に清掃の仕事を出来ていたが、初めてカタリと出くわした時、今のように拉致られて色々"道楽"につきあわされてきた。その時に色々あり、雇い主だが普通にタメ口で話している。

 ただ高校が同じだっただけでこいつは俺を先輩呼びするが、その時はこいつとは特に接点はなかったはずだ。


 ◆


「……で、ここはどこだ?」

「私の家の地下ですよ、昨日作ったばかりの新品です。先輩は家主以外でこの部屋に入った第一号さんです」

「嬉しくない」


 こいつの家は金持ちだ。玄関に立つと端が見えなくなるほど広い敷地に数人のメイド、執事と一緒に住む少女。明らか人数が足りてない気がするが、そこは俺が気にすることじゃない。


「俺まだ掃除が終わってないんだが」

「じゃあ明日やりましょう。明日ならなんと私がついて、効率はなんと二倍になりますよ、お得ですね」

「ここで俺を開放すれば元の効率で終わるぞ」

「それはそれ、これはこれです。家主命令です。至上命令です。勅命です」

「独裁者は滅べ」

「ふふ」


 悪態をついてもカタリは微笑の口元を崩さない。こんなやり取りを毎日続けているんだからお約束だ、むしろこんな会話を楽しんでいる節がある。


「……まあいい、本当は良くないが、まあいい。で、今日は何をするんだ」


 本題に入らないといつまで経っても話が進まない。こいつはこういう無駄な"語り"が好きだ。

 こいつは俺を拉致すると何かしら謎掛けをしてくる。内容はその都度変わるが極端に難しいのは今までになかった。だから俺の中でこの後輩は『いたずら好きで謎掛け好きの変わった少女』となっている。


 カタリはそれを聞くと、どこからか一つの箱と小さなメモ用紙を取り出し、テーブルに置いた。箱の開閉部にはデジタルロック式の錠がついている。


「今日はダイヤルロックされたこの箱の数字を当ててください。ただし解答できる回数は一度のみ。入力できる桁数は六桁です。これとは別に数字が書かれたメモがあり、そこには『3311』と『22354280』と書かれています。答え以外のヒントはいくらでも私から聞き出せます」

「一桁目の数字は? とかはありなのか」

「そういう直接的なのはナシですね。ちなみにこの箱にこの部屋から出る鍵を入れました」

「何してんのお前」

「これ以外に出る手段はメイドや執事(うちのもの)に先に言っておいたので、何もしなくても夜になれば外から開けて貰えますよ。ちなみに私は朝からお手洗いに行ってないので、今にも漏らしそうです」

「何してんのお前!?」

「先輩が解かない限り私はここで盛大に漏らすことになります。いいですか、先輩が私が漏らすことに興奮を覚える特殊性癖野郎じゃない限り、できるだけ早く答えてくださいね」


 ◆


「ヒントは何回でも聞いていいんだな?」

「はい、この箱にまつわる情報なら何でもいいですよ、箱の持ち主の設定でも」

「……設定? それ必要なのか?」

「さあ?」


 過去に繰り返してきたやり取りでこいつがとぼけるとき、その情報があるということだ。必要のない情報ならこいつははっきりない、という。俺に聞いて欲しいと誘導しているとも言える。


「じゃあその箱の持ち主について聞かせてくれ」


 持ち主に付いて聞かれたカタリは、人差し指を頬に当て何もない天井を眺めながら思い出すように語る。


「そうですね……。この箱自体は何の特徴もない普通の箱です。持ち主はとある会社の社長さん。年齢は63歳、男性。頑固な性格。機械操作がとても苦手で携帯電話もほぼ電話機能しか使っていません。ある日箱を開けようとして何か操作を間違えたのか、パスワードを変更してロックしちゃったみたいなんです。いざ開けようとすると六桁のパスワードが求められました。社長は設定した覚えのない桁数に、思いつくのを適当に入力してたら強制ロック1歩手前になってしまった。……という設定です」


 長い。無駄に情報が多い。

 要は機械に疎い人が操作ミスで意図せずパスワード変えちゃったって事か?


「ただの箱に持ち主の設定が細かい。……それパスワードを適当に入力しちゃったってオチはないよな?」

「ふふふ、それなら問題にしていませんよ」

「ということは明確な数字はあるのか。そういえば最初にあった数字のメモ、アレは何だ?」

「その社長が過去に使っていた箱のパスワードです。調べてみると自分の和暦誕生日である3311、既に解約済みの携帯番号の下八桁22354280の二つということでした」

「メモの設定も無駄に細かいな……。って、んん? そのパスワードって桁数変えられるのか?」

「はい。四桁から十六桁まで自由に変えられます、過去に使っていたのが四桁で、その次が八桁でした」

「六桁は使ったことがないんだな?」

「はい、信頼できる部下にもパスワードを教えていたんですが、そちらが知ってるのもメモに書いてある数字のみでした」


 ◆


 それからその持ち主の家族構成や趣味、会社の社員数、資本金など色々数字にまつわる情報を聞いてみたが六桁に関わる数字は出てこない。


「なあ、どれだけ情報聞いてもわかる気がしないんだが、もう適当に答えていいか?」

「いいですよ、間違ったら私が漏らしますけど」

「そこは俺を置いていっていいからトイレ行け」

「やです、適当に答えたら私はここに残ります。ちゃんと考えてくださいね」


 こいつはなぜか、俺が妥協するのを許さない。最初は単にいじわるしてるものかと思ったが、どうもそんな雰囲気でもなかった。


「といってもな、いくら考えても答えなんて最初から一つしか思い浮かばないんだよな……」

「おや、答えがあるんですか?」

「いやでもな……後から出てきた情報何も使わないぶっちゃけひどい答えだぞ」

「最初から今まで一つしか答えが浮かばないなら、以降もそれしかないんじゃないですか? 先輩は深く考えるより直感で言えばいいと思いますよ」

「お前さっき適当に答えるなって言ったじゃん」

「真剣に答えるなら直感でもいいですよ?」


 理不尽が過ぎる。真剣な直感ってなんだ。


「ふう……ったく、じゃあ答えはこれだ。八桁パスワードの左から六桁分、223542じゃないか?」

「――理由を聞いてもいいですか?」

「パスワードは最初に四桁、次に八桁に設定したと言ってたな。で、社長は機械操作に疎い人なんだろう? じゃあ八桁の番号を入力しようとしたけど、どこかで操作ミスってパスワード設定になって、八桁中の六桁目で設定完了しちゃったんじゃないかって」

「……なるほど」


 カタリは顎に指を当て、少し考える仕草をすると錠に数字を合わせる。

 カチッと小さく音がなると、錠が外れた。


「正解です、おめでとうございます先輩。今日の分は仕事をしたって事でフルタイムの給料を払わせていただきますね。本当はもっと語りたいんですが、いやもうほんとギリギリなんでそれではまた明日もよろしくおねがいしますっ!」


 カタリは箱の中から鍵をぶん取ると、そそくさと速歩きで扉へ向かい。鍵を差し込み、ドアを開けて去っていった。

 あまり見慣れないカタリの急いだ仕草に呆然と立ち尽くす。


「あいつ、トイレ我慢してたのガチだったのか……」


 ◆◆◆


 カタリが部屋を出て急いで向かったのはトイレ……ではなく自室。すぐさま端末を取り出し、電話を掛ける。


「結論が出たわ、パスワードは223542。ただし、先にもいったけど不確かな情報が多いし、間違ってる可能性はあるわよ」

「ええ、わかっています。……凄い、本当に金庫が開いた! 中の不正書類もばっちり残ってます! ありがとうございます! 助かりました!」

「そう、でも流石に今回は推測混じりだったから、次はもうちょっと余裕があるのにしてほしいわ。推測は好きじゃないの、私」

「それは本当に申し訳ない! ……しかし本当に電話越しに聞いた情報だけで解いちゃうんですね。現代の安楽椅子探偵の名は伊達じゃない。またよろしくおねがいしますね、探偵殿!」

「機会があったらね」


 そうして素っ気なく電話を切ると、息を吐く。


 六桁の数字でデジタルでロックされた金庫、正規の手段の規定回数で開けなければ中身を燃やすという意地の悪い仕様。しかも既に現場にいる人が何度か試してしまい、あと一回のみという状況でこちらに依頼が回ってきた。

 私はあらゆるコネと情報を辿り、その金庫の持ち主が使う四桁と八桁のパスワードを調べ上げた。だが六桁のパスワードなんて情報、どこにもなかった。


 先輩に見せた錠には鍵なんてかかってなかった。ただそういう風に見せかけただけ。開いたのも演技。たとえ失敗して中の資料が燃えても、中身と同価値の資料を提出する用意はあった。それでもその資料自体を提出する事にリスクがあったため、金庫から取り出せたならそれが一番望ましい。


 私自身、情報の正確さを重視する。そのため不正確な情報をこぼしやすい。八桁のパスワードを六桁に削るなんて発想は私にはできない。自分なら六桁のパスワードとなりうる情報を更に集める。この手の択を迫られた時、先輩は何故か唐突に答えになる道を手繰り寄せる。逆に言うと、"私がいつまでも結論を出せなかった時、答えが存在しないか、既に情報の中に答えがある"。


 情報の正確さを何よりも重視する私、正確な情報から正解を手繰る先輩。ただのいたずら好きな少女と振る舞えて、私の足りなかった曖昧さ(ファジー)を埋めてくれる。そんな自身を騙り、語る関係。そんな今の在り方が、とても好ましい。


 ◆


 ひと仕事付いて屋敷の庭へ行くと、先輩が何故か庭を掃除をしていた。


「あれ、先輩。今日はもう終わりでいいって言いましたよね?」

「あんな遊んで終わりだと仕事した気にならん、掃除させろ」

「ええ……クライアントがいいって言ってるんだからそこは従ってくださいよ。というかひと仕事終わって休憩しにきた私の前で仕事しないでください。こっちきて一緒にお茶しましょう?」

「ん、仕事? お前は何の仕事をしているんだ?」

「あれ、先輩に言ってませんでしたっけ? 探偵ですよ、た・ん・て・い」

「……は?」



身内で「探偵」を題材に1時間で小説書こうって催しに参加したものです。

普通に1時間オーバーどころか2時間近くかかってます、ごめん!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ