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序章 全てはここから始まった……

 思えば、『勇者』という存在には憧れていた。


 圧倒的な力を持っていて、民のために戦って、頼もしい仲間に囲まれて……男児なら一度は憧れを抱くであろう、『勇者』という『特別』

 自分も例外では無かった。大人になって凄い力を貰ったら、悪者をなぎ倒して、どんどん倒して、世界を救いたい。世界を救ったら可愛いお姫様と結婚して、ゆくゆくは王様になったりして。

 そんな夢物語。誰しも憧れを抱くだろう。




 ――――今の俺は、誰かに憧れて貰える存在なのか?







 「ふあ、ぁ…………」


 目が覚めた頃、時計の針はとうに昼を過ぎていた。重たい体を起こすより、まだ少し……眠気に勝つか、負けるか。しょうもない戦いは、毎朝開催される。そういえば今日は、昼過ぎから買い出しに行くんだったな……。仕方なく起き上がることにした。

 足取り重く洗面所へ向かい、あちこちに暴れまくった髪を冷えた水に浸ける。暖かな春先でも、寝起きの体には十分過ぎるほどの刺激だ。水滴をまき散らしながら、頭を振って眠気と水分を飛ばした。

 だるそうな顔にも、一喝。くぅ~、これが効くんだよな。乾いたばかりの柔らかなタオルに顔をうずめ、大きなため息をひとつこぼした。


「はあ~~……行くかあ……」


 ――コンコン


 軽く二度、扉を叩く音が聞こえた。来客か? またなんかやらかしたか……? そういえば昨日は店でたらふく食って飲んだ気が……するような、しないような。

 だるい。面倒だ……。しかしまあ、出ないわけにもいかない。重い足を引きずりながら玄関まで向かい、ゆっくりと扉を開いた。


 ――俺はこの時、扉を開けてしまったことを後悔することになる……





「はいはい、どちらさん……」


「わわ、わ~!! あなたなんですか~!? 」



 ――は?


 扉を開けた先にいたのは、小柄な女。駆け上がって来たのか、僅かに頬は紅潮し、肩で息をしている。真っ赤な瞳に長い睫毛。輪郭をまるっと包むようにウェーブした髪、やたら長い襟足。そしてなにより、ぴこぴこと動く、猫のような耳がふたつ……

 一発目から失礼な……。誰だこいつ。いや、……そもそも、人間なのか?



「こんにちは~です! あなたが次の候補なんですね~です! 」



 いやいや……こっちは寝起きだってのに、なんだ? この失礼な女……。まさか、勧誘か?



「すまんが、宗教勧誘はお断りしてんだ。他をあたってくれ。じゃ」


「ままま、待ってくださいです! 勧誘じゃないです! あなたをお迎えにきたです!」



 なんの話オブザイヤー20XX。自警団に目を付けられた感じか……?



「ここで立ち話もあれなので、中に入れてくださいです!」


「…………」



 図々しいやつだな。それはお前のセリフじゃないだろ。まあ良いが……。

俺は仕方無く、得体の知れない女を家に入れた。……やっぱり追い返せばよかった。


 この女が言うには、次期勇者を決める催しに、俺が招待されたらしい。なにを言っているのか……。にわかには信じがたい。

 この国では、『勇者』として選ばれた人間がいる。どんな身分の者でもなることが出来るが、選出の際、精霊になんとか……って、噂を聞いたことがある。

勇者の存在はもちろん知っていた。俺がまだちいせえ時は憧れていたなあ。やっぱり勇者に選ばれるやつは特別で。特別なやつは、ガキの頃からきっと特別なんだろう。そんなことを考えて、夢をあきらめた気がする。

 ……その勇者を決めるってことは、つまり先代の勇者が死んだってことになる。老衰か、はたまた殉職か。そんなこと、一般人の俺には関係ないが。


 それに、俺が招待された……?



「はいです! ホントは、先代勇者と縁のあった人が順番に……なのです! が、あなたも選ばれたです。なにか関係があったですか?」


「いや? ……ないが。招待状見せてくんねえか?」


「どうぞです!」



 受け取った封筒にはやたら丁寧な字で、招待しますという旨のことが書いてあった。

勇者と関係があったとは考えにくいよな……肝心の勇者はもういないし、俺に心当たりもない……。


 面倒だな……。



「すまねぇが、俺は行かない。もうそんな年じゃねえからな」



 そういった瞬間、彼女はひどく驚いたようだった。



「どうしてです? せっかくお呼ばれしてるのに!」


「どうしてもだ。そんな年じゃねえって言ってるだろ」


「勇者に憧れたことは無かったですか? 誰でも持っている夢だけど、誰でも叶えられる夢じゃないです。それを叶えられるかもなんですよ!」


「憧れたことはあったさ。でも、だよ。もうこんなオッサンになっちまった。夢なんてふわっとしたもん追いかけられるほど、俺は浮足だっちゃいねえのさ」



 彼女は、むぅ、と薄紅の頬を膨らませる。駄々をこねる子供みたいに。



「夢を叶えたいと思うのに年齢は関係あるです? 臭いセリフを吐いて、勝手に達観して、そうやって自分の人生に終わりを見つけるです? そんな人生で、あなた満足です?」


「……黙って聞いてりゃボロクソに言うじゃねえか。お前になにがわかるってんだ?」


「ある程度はわかるです。町から少し離れたところに建ってる家に一人で住んでいて、いつもお酒を飲み歩いてるです。家についたら一人で寝て、次の日はお昼くらいまで寝るです。なにか間違ってるですか?」


「…………(図星だった)」


「こんなところで腐ってるより、町に出て、王都に行って、勇者目指すです! 夢を叶えられるのに叶えない人は、見てられないです! 夢は、叶えるためにあるですよ!」



 わかった。もう、……わかった。俺の負けだ。

 確かに、招待の話を聞いた時は少し高揚した。胸が高鳴ったし、ずっと憧れていた『特別』だったから。



「……わかった。しかし条件がある。…………もし勇者に選ばれなかったら、俺はすぐにここへ帰ってくる。お前との縁も切るから、もう俺に構わないと約束してくれ」


「最後までめんどくさいオジサンです……わかったです。じゃあ、勇者になれたら一緒に冒険するですよ!」


「交渉成立だ」



 俺ってホントバカ! この時の俺に助言出来るんだとしたら、ひとつ言ってやりたい。やめとけって。

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