♡2
飲み込まれるような暗闇に足を踏み入れて、円形ホールから出た先に広がっていたのは、木製の洋風アンティーク家具が並べられた窓のない一室だった。
部屋の中央には木製の小さな四角机が置かれていて、それを囲むようにL字に並べられた二人掛けの革のソファがある。壁際には木製のチェストが一つ置かれていて、その反対には細長い木製机があった。
その机の横には木製の扉があって、そこがこの部屋の出入り口だと幸仁はすぐに気が付いた。
「……また、場所が変わった」
幸仁は小さく呟いた。背後を振り返ってみるが、そこには白い壁が存在しているだけで、出入り口らしきものは見当たらない。試しに幸仁は壁に手を触れてみたが、そこはただ硬い感触を返してくるのみだった。
「やっぱり、戻れないのか」
あの黒い出口はワープホールか何かなのだろうか。
幸仁はそんなことを考えたが、その思考に対する答えは得られない。
現状として分かっていることは、その真偽は不明だけれども、あのホールにいた全員が実はもう既に死んでいて、〝生き返り〟という権利を賭けて拒否権の無い訳の分からないゲームに突然参加することになったということだけだ。
「………………」
幸仁は、直前にまで聞かされていたあの音声の内容を思い出して、言葉もなく拳を握り締めた。
あれは、あまりにも傲慢な言葉だった。
一見すれば〝生き返り〟という権利を賭けた54人の――今や52人になってしまった人間同士のデスゲームを装っているが、その実は命を人質に取った拒否権のない命令だ。
逆らえば殺される。行動を起こさなければ殺される。逆らわなくても、行動を起こしたとしても、あの場に集まった人間は内輪同士で殺し合う。そうなるように仕向けられている。
本当に、〝生き返り〟だなんて権利が与えられるのかも分からないのに。
『シークレット・リヴァイヴ』に強制的に参加させられた人間は、自らの命を人質にとられて、死にたくないのならば必死に生き残れと、必死に手を伸ばすように唆されている。
いったい、このゲームを考えたヤツは何様のつもりなのだろうか。
幸仁は、反吐が出る思いを抱えながらも、ゆっくりと息を吐き出して気持ちを落ち着かせた。
「……とりあえず、生き残らないと」
生き返りとやらが本当かどうかは分からない。けれど、誰だって死にたくはない。死にたくないのならば、必死で生きるしか方法はない。
「………………」
幸仁はもう一度、自分が足を踏み入れた部屋の中を見渡した。
最初に目覚めた部屋と同じ、白い壁紙の部屋。板張りの床には毛並みが整った赤色を基調としたペルシャ絨毯が敷かれている。試しに壁や床を叩いてみるが、板張りのはずなのに返ってきた音は石を叩いたように硬かった。
「…………」
無言で幸仁は上へと目を向ける。すると、漆喰の装飾された天井から小さいながらも荘厳なシャンデリアがぼんやりとオレンジ色の光を灯して、この部屋全体を照らしているのが見えた。
「…………和洋折衷。近代洋風建築か?」
幸仁は、部屋の様子を見て呟いた。
明治から昭和初期に見られた建築技術だ。幸仁は、以前に勉強と称して現代に残るこれら建築物へと、父親に無理やり連れていかれたことを思い出した。
誰よりも完璧な人間を作り上げると、勉強や行儀作法、スポーツや武術に至るまでその全てを無理やり叩き込もうとしてきた今は亡きその存在。父親が死ぬその時まで、暴力と恐怖によって感情を支配されていたその記憶は、幸仁にとって思い出すだけでも吐き気を催すものだった。
「…………嫌なことを思い出しちまった」
呟き、幸仁は喉元に感じる苦みで顔を大きく顰めた。
それから、幸仁はその辛い記憶を無理やりに頭の片隅に追いやると、大きなため息を吐き出して記憶の残骸を吹き飛ばすように首を横に振った。
「……忘れよう。ひとまず今、出来ることをするべきだ」
思考を現状に戻すべく、幸仁はあからさまな声を出した。
それから、幸仁はこれからの行動を考えて、まずは自らの能力を確認することにした。
「俺の能力は、右手で触れた相手のスートと数字、能力をコピーする能力だったよな……」
幸仁は自らの能力を、事前に葉月に対して使用している。
幸仁は自らの腕時計へと目を落として、その盤面に手を触れた。すぐに盤面には青白い光が浮かんで、文字が表示される。
――――♡2。
以前は、JOKERと表示されていたその文字が確かに変化していた。
「確かに、変わってるな」
幸仁は、そこに浮かんだ文字を見て呟いた。
事前に公表されたクリア条件によると、♡2のクリア条件は、腕時計を集めたプレイヤーを殺害することだった。
そのクリア条件を満たすには、最低でも一人は他プレイヤーを殺害する必要があるが、逆を言えば腕時計を集めないクリア条件や殺害したプレイヤーを殺害するといったクリア条件を持つプレイヤーとは敵対しないクリア条件でもある。
これならば、敵対しないクリア条件を持つプレイヤーを探し出して、この画面を見せれば協力を扇げるかもしれない。
そんなことを思いながら、幸仁は自らが手にしたJOKERの能力の高さに思考を巡らせた。
あの音声の言葉が全て真実だと仮定するならば、この『シークレット・リヴァイブ』というゲームはいわゆる参加した人間同士の騙し合いだ。
スートを明かせば、そのスートをクリア条件にした他参加者から狙われる危険性が高くなる。だからスートは絶対に他人に知られてはならない。
それと同時に、自分以外の誰かにクリア条件が知られてしまえば、事前に公表されてしまったクリア条件の一覧から逆説的にスートや数字は知られてしまう。
例を挙げるとするなら、あの気の弱い音の爆弾を爆発させたチンピラ風の若い男だ。
あの男は、他参加者の爆弾を爆発させた挙句、その腕時計を懐に入れていた。あの時、死んだ男のスートや数字を知る手段や暇なんかなかったはず。もし、あの男のあの行動が頭の中に埋め込まれたという爆弾の有無を確かめるためではなく、クリア条件に沿った動きだとすればあの男が与えられたスートと数字は、『♤の2、3、5、6、10、J、Q、K』に絞られる。
ここまで絞り込めば、あの男は♤のスートである可能性が高いのは誰だって分かることだろう。
けれど、所詮は可能性だ。これは状況推論の仮定であって、真実ではない。これを確定させるには、結局のところ本人の口を割る他に方法はないのだ。
しかし、JOKERにはそれが必要ない。
右手で触れてしまえば、その触れた相手のスートと数字、そして能力までも判明してしまう。
相手のクリア条件さえ分かってしまえば、このゲームにおけるその相手の行動がある程度読めるだろう。
「ラッキーだ」
と、幸仁はこれまでの思考に対して言葉を吐き出した。
疑心暗鬼の渦の中にいる他プレイヤーたちの中でも、自分は誰よりも強いアドバンテージを持っていると、そう考えて幸仁は心の中で小さくほくそ笑む。
それから、もう一度腕時計の盤面へと目を落としてホールに置いてきた葉月のことを考えた。
「このスートと数字は、元は鹿野のものなんだよな……」
幸仁の知る限りにおいて、鹿野葉月という少女はコミュニケーションに長けているという特徴はあったとしても、彼女自身はどこにでもいる少女と変わりがなかった。
彼女のクリア条件は確実に誰か一人を殺害しなければならないものだったが、幸仁には彼女がそれを成し得るような人間には到底思えなかった。
――あの時はいち早く一人になるべきだって思ったけど、こうしてアイツのクリア条件をゆっくりと見てみると、俺は鹿野と敵対しないんだよな……? だとしたら、あそこに置き去りにしたのは、さすがに可哀想だったかな。
そんな罪悪感に似た感情が幸仁の胸に浮かんだが、幸仁はそれを首を振って打ち消した。
「いや、あの場で一緒に居たとして。一緒に行動していれば、ゆくゆくは互いのスートや能力を言い合うことになったはずだ」
JOKERの能力はあまりにも強力だ。
生き死にが掛かったこの状況において、他よりもアドバンテージがあると知られれば、確実に利用されるかもしくは依存されることだろう。
分からないことが多すぎる現段階で、自らのスートを明かす必要はない。
幸仁はそう考えて、ゆっくりと息を吐き出した。




