ルール説明②
「――――――――チッ、なるほど。確かに、爆弾だ」
そう言って、気の弱そうな男が装着していた腕時計を拾い上げたのは、その爆弾を起動したチンピラ風の若い男だった。
若い男は、手に入れた腕時計をズボンのポケットに仕舞い込むと、周囲へと目を向ける。その瞳が、次の標的を探していることにすぐに気が付いて、一斉にその男から人々は距離を取った。
「――んだよ、逃げることねぇじゃねぇか。ルールが本当かどうかを試してやっただけだろ?」
若い男は喉の奥を震わせるように、カカッと嗤った。
「ひどい……」
幸仁の耳に、そんな言葉が入った。その言葉は、隣に座る葉月のものだった。
「……変な気を、おこすなよ。アイツは異常だ。目を付けられれば殺される。黙ってそのまま座ってろ」
幸仁は低く唸るような声で葉月に声を掛けた。
葉月は、幸仁の言葉に小さな頷きを返すと、ぎゅっと耐えるように唇を噛みしめた。
「――――それでは、次のルールです」
ホールの状況が分かっているのか、その喧噪を静まり返らせるように少しだけ大きな音量となった音声が流れた。
若い男はその意図をすぐに察したようで、肩をすくめると壁際へと移動して腰を下ろした。若い男を避けるように人々が移動を始めて、その様子にまた若い男がカカッと喉を鳴らして嗤ったが、それ以上は口を開くことはなかった。
「次に、腕時計についてです。腕時計は『シークレット・リヴァイヴ』の参加表明を示すものです。『シークレット・リヴァイヴ』のゲーム中、六時間に一度、みなさんに死因の再現を行います。腕時計を装着している限り、死因の再現は行われません。ですがもし、参加を辞めたければその時点で腕時計を外してください。その際には、死因が再現されますが『シークレット・リヴァイヴ』から離脱することが出来ます。離脱した際には、もちろん生き返りの権利は与えられませんし、二度とこのゲームには参加出来ません」
その音声に、ホール内が僅かに騒然とする。
直前のルール説明で腕時計を外していた人達が、すぐに腕時計の装着を始めたからだ。
幸仁も、手に持っていた腕時計をすぐさま装着した。自分の死因が何かなんて分からないが、あのような光景を見た後に、自らの死因をまた体験などしたくはなかった。
「――おい、待てよ。待ってくれよ!! 腕時計がない場合はどうするんだ!!」
そんな時、ホール中に響く大きな声が上がった。サラリーマン風の若い男だった。
どうやら腕時計を前の部屋に置いてきたようだ。男は、自分が出てきたであろう壁に走って向かうと、もう戻ることは出来ないその壁を必死で叩きながら声を荒げた。
「そんな大事なこと、最初に言っておけよ!! 俺をあの部屋に戻してくれ!!」
男は何度も壁を叩くが、その壁が開かれることはなかった。
何度か男が壁を叩き、蹴り、体当たりでぶつかった頃。ジーという音と共に機械音声が流れた。
「――――最初に腕時計を装着したまま、部屋を出るように言ったはずです。どうしても欲しいのなら、腕時計を手に入れてはどうでしょうか」
「手に入れるったって、どうすれば――――。っ! ……なるほど、そういうことか」
声を張り上げていた男が、ハッと何かに気が付いた。その言葉の意味に、隣の葉月はまだ気が付いていなかったようだが、幸仁は男と同じくその機械音声が何を言いたいのかすぐに気が付いた。
「…………クソだな」
幸仁は短く呟く。
その言葉が示すことはすなわち、腕時計の略奪行為の承認に他ならない。腕時計がある限り〝死の再現〟から逃れることができ、さらにはその腕時計が一人一つなのだとするならば、誰しもが自分の腕時計を必死に守るだろう。
これから行われる惨劇から逃れようと、幸仁はゆっくりと片膝を付いて立ち上がる。
幸仁がちらりと周囲へと目を向けると、幸仁と同じように警戒心を露わにしながらもゆっくりと行動を開始し始める参加者が幾人かいた。どうやら、その人達も機械音声が言いたいことにすぐに気が付いたようだ。
「……………………」
幸仁は男の行動を見守った。もし、これから行われるその行為が現実のものとなれば、この場が収集のつかないパニックへと再び陥ることが理解できたからだ。
しかし幸仁のその想像は、次に発せられた機械音声によって回避されることになる。
「――この場での略奪行為は禁止します。それに、先程はルールの説明にも沿っていたので何も言いませんでしたが、この場での他のプレイヤーへの殺生及び傷害に連なる行為も禁止です。今はまだルールの説明中です。ルール説明の邪魔を行うプレイヤーは、即座にゲームの参加資格を剥奪します」
その言葉に、何が行われようとしていたのか気が付いていなかった他のプレイヤーも――それは葉月でさえも、ようやくその言葉の意味するところに気が付いたようだった。
「――――チッ!」
誰しもが険しい顔でその男を見つめて隠すことのない警戒心を滲ませる中、男は行動を起こす前に釘を刺されたことに苛立つように小さな舌打ちをすると、ジロリと周囲へと目を向けた。
男のその視線が細められて、獲物を見定める獣のように鋭さを増していく。
気の弱い参加者や力の無い参加者が獲物になりたくないと視線を逸らしていく中、その中でもただ一人、先ほど首輪を爆発させた若い男だけが、ニヤリとした笑みを浮かべて嗤っていた。
「ハッ、つまりさっきの俺の行動も、ルールが本当だって知らせるために黙秘してくれたってわけね。そりゃ、ありがたいことで」
「――――だとしても、ルールを確かめるためだけに人を殺すなんて、どうかしてる……」
幸仁の隣で、若い男の声に反応した葉月が小さな声で言った。
その言葉には幸仁も同意するしかなかった。
死への恐怖と強制される未だ不確かなゲームのルールが、ここに居る全員の疑心暗鬼を生み出している。生き返りの権利、だなんて嘯いているが、自分が本当に死んでいるかどうか分からない現状としては、死なないために生き残るしかない。問題は、各個人に与えられたそれぞれのクリア条件と能力が分からないということだ。
幸仁は静かにそう思考を巡らせてから、ひとまず行動に移すことにした。
隣で難しい顔をしている葉月の肩に、さりげなく右手を置きながら、幸仁は葉月の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「えっ、う、うん。…………ううん、やっぱり、大丈夫じゃない。これって、夢じゃないんだよね? だったら、私たちどうなっちゃうのかな」
「夢か夢じゃないかはさておき、今はルールに従う他ないだろ。従わないと死ぬんだったら、死なないためにも必死で生きるしかない」
幸仁は、そう言って葉月の肩から手を離した。
葉月は考え込むようにしていたが、やがて小さな笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
葉月のその言葉に、幸仁は笑みだけを返した。
「――――ぁ」
葉月が言葉を続けるように、口を開きかける。だが、その言葉はホールに響く機械音声に阻まれて、その言葉が形になることがないまま葉月は口を閉じてしまった。
「――最後のルールです。『シークレット・リヴァイヴ』は、最終ステージを含めて全部で四つのステージとなっています。ステージ中には、〝クエスト〟と呼ばれるものが発生し、みなさんはクエストに対して強制参加となります。クエストを失敗した方は、『シークレット・リヴァイヴ』の参加権を失います。参加権を失った方は、死因の再現がされます。次のステージへの移動は、特定時間の経過または特定参加者人数の脱落です。最初のステージは、洋館遭遇戦です。二十四時間、みなさんには私の用意した洋館の中で過ごしていただきます。最後まで残っていた方は次のステージへ進むことが出来ます。…………以上で、『シークレット・リヴァイヴ』のルール説明を終了いたします。最後に、みなさんの腕時計にこのゲームのクリア条件だけを送付します。この条件を、誰が与えられているのかは不明です。それでは、みなさんのご健闘をお祈りいたします」
機械音声は、ジーという音を残して無音になった後、ブツッという音と共に途切れた。
幸仁は、機械音声の言葉に従うように腕時計の画面に触れて、送付されたというクリア条件を表示した。




