終幕
「貰った!」
葉月が勝利を確信して嗤う。
狂気を宿したその瞳が三日月のように細くなる。
しかし、それは幸仁も同じことだった。
「――――ああ、そうだよな。今のお前の能力が回復系統なら、お前の攻撃手段はこの刀だけだ。だったら、俺を殺すために近づかなきゃいけない。それを、待ってたんだ」
ニヤリと、幸仁は口元から血を流しながら嗤った。
それから伸ばされていた腕を動かし、刃を振るった葉月の手に幸仁は右手を重ねる。
「……俺は、ちゃんと教えたぜ? 同じJOKERでも、同じ発動条件になってる能力が与えられているなんてありえないって」
瞬間、幸仁の身体に光が宿った。
宿った光りは幸仁の身体に残る傷を瞬く間に再生していく。
「なっ!?」
その光に驚き、葉月が再び刃を振るう。振るう度に幸仁の身体は傷つき、真っ赤な血が溢れ出したが幸仁の身体を覆う光は瞬く間にその傷を癒し続けた。
――幸仁の身体を覆う光の正体は、〝生きている人の身体の状態を六時間前の状態へ巻き戻す〟能力。
その能力を、誰が使っているのかなんて、考えるまでもなかった。
(……どうやら、賭けには勝ったようだ)
幸仁は心の中でそう呟く。
この館の中へと足を踏み入れて、『クエスト』を受けて館の中を駆けまわり、指輪を巡った殺し合いを経験した幸仁の時間感覚は失って久しいものになっていた。
死の淵に瀕したあの中で、何度意識を失ったのか分からない。気を取り戻したその時に、いったいどれほどの時間が流れていたのかすらも分からないものになっていた。
そんな中、葉月と出会った幸仁が懸念していたものは、自らの持つJOKERの能力――坂上理沙、そして名前も知らないあの男との殺し合いの際に使用した、JOKERの能力のインターバルが果たして終了しているのかどうかということだった。
インターバルが終了しているのかどうかを試すには能力を使うしかない。
しかし、幸仁へと憎悪と殺意を向ける葉月に、無駄に触れるなどといった不審な行動を取れば、それだけで警戒をされてしまう。
どうしたものかと考えていたその時、幸仁の耳には天井からノイズ音が聞こえた。
それは、坂上理沙との殺し合いの中では決して耳にしていない異変だった。
そのノイズに、幸仁が真っ先に考えたことは、このノイズはもうすぐステージ終了のアナウンスが流れる前兆ではないかということ。
同時にそれは、決して短くない時間が館の中では流れている証拠でもあった。
しかし、だからと言ってインターバルが終わった確証はない。
だから幸仁は出来る限り時間を稼いだ。
最後のギリギリまで、たとえインターバルが終わっていなくても、その時間稼ぎの間でインターバルが終わるように、と。
自らが生き残るため、回復能力という力を持つ葉月の能力を奪うために、その決定的な隙を狙い続けていた。
「これで、イーブンだ」
言って、幸仁はズボンのポケットに仕舞い込んでいたサバイバルナイフを取り出し構える。
「今のお前も、傷を癒す力。今の俺も、傷を癒す力。これで戦えばどっちが有利なのか、考えるまでもないだろ?」
「…………くっ」
葉月は悔しさを滲ませて奥歯を噛みしめた。
きっと、その頭の中ではあの瀕死の時に殺しておけば良かったと後悔しているに違いない。
鹿野は、ギリギリと噛みしめた奥歯を鳴らしながら幸仁を睨み付けていたが、やがてその口元に笑みを浮かべた。
「……ふん、確かに広野くんの身体能力が高いのは、クラスでも見てたから知ってるよ。でも、広野くんの武器はそのちっぽけなナイフ。私の武器はこの刀。リーチの差がここまであれば、身体能力の差なんて関係ないよね?」
「どうかな、そう思うなら試してみればいいだろ」
「――ッ、言われなくても!!」
叫び、葉月が手にした刀の刃を振りかざしたその時だ。
「――――『シークレット・リヴァイヴ』、ファーストステージ洋館遭遇戦が開始されてから二十四時間が経過しました。これより、参加者同士でのすべての争いを禁止します。能力の発動、武器の使用、暴力行為、意図的に腕時計を狙う行動、および爆弾の起動は禁止です。これより、『クエスト』の清算に入ります。参加者の皆様はその場でお待ちください」
ジーという機械のノイズが急に大きくなり、かと思えばノイズ混じりのアナウンスが館全体に響いた。
――ピタッ!
と、刃を振りかざした葉月の腕が止まる。
「…………チッ、時間切れか」
葉月は苛立ちを隠すことなく盛大な舌打ちを鳴らした。手に持つ刃を振るって血を飛ばすと、幸仁へと殺意の籠った目を向ける。
対する幸仁は、ようやく終わりを迎えたこの戦いに深いため息を吐き出していた。
目を閉じ、息を吐いて、幸仁は壁に背中を預けると、全身にじんわりと広がっていく安堵と疲労感に身を任せた。
幸仁が葉月から意識を逸らしたのが分かったのだろう。
葉月は、気が抜けた幸仁のその様子に、刀の柄を強く握りしめていた腕をピクリと動かしたものの、争いが禁止されていることを思い出してただただ強く唇を噛みしめていた。
様々な感情が渦巻く時間が流れる。
ほんの少し前まで、至る所で聞かれていた怒号や悲鳴、衝撃や音が途絶えて館の中がシンと静まり返っていた。
「――――?」
ふと、衣擦れの音がして幸仁は閉じていた瞳を開いた。
音がする方向へと目を向けると、葉月がスカートのポケットからいくつかの腕時計を取り出しているのを幸仁は見つける。
「……どうして、それをお前が持ってるんだ。俺たちの――JOKERのクリア条件には必要のないものだろ」
幸仁の言葉に、葉月がちらりとした視線を向けた。
「教える必要なんてない」
言って、葉月は幸仁から視線を逸らした。
幸仁は葉月の言葉に小さな息を吐くと、その手の中にある腕時計を数える。
――葉月の手にあった腕時計は合計で三つ。しかし、JOKERである葉月は腕時計を集める必要がない。
「……そういうことか」
幸仁は、先ほどの戦いの中で、葉月が『確かに、そろそろ時間だ』と言っていたのを思い出し、その腕時計の意味に気が付いた。
六時間ごとに行われる〝死の再現〟。葉月は、そのシステムを使ってステージ終了の残り時間を大まかに把握していたのだ。
他参加者から腕時計を奪い、その参加者に〝死の再現〟が行われる時間で、残り時間を把握する。
つまりは、三人の参加者が葉月の手によって時計代わりとして殺されたことになる。
「クソ野郎だな」
と幸仁は言葉を吐き出した。
その言葉に、葉月がまた笑みを歪める。
「今、この瞬間に生きてる人はみんな纏めてクソ野郎だよ。……もちろん、広野くんもね」
その言葉に、幸仁は何も言い返さなかった。いや、言い返す気力さえもなかった。
幸仁たちの間からまた会話が無くなる。
ノイズ混じりの機械音声が再び館中に響き渡ったのは、それからしばらくしてからだった。
「『クエスト』の清算が終了しました。今現在、生きているみなさま、おめでとうございます。再びお亡くなりになられたみなさま、次回の『シークレット・リヴァイヴ』へのご参加をお待ちしてます。これにて、『シークレット・リヴァイヴ』ファーストステージ、洋館遭遇戦は終了をいたします。生き残りのみなさまの近くに、エントランスホールへ続く扉をご用意いたしました。みなさまは手にした武器の類を全て捨てて、どうぞ、扉の先へとお進みください」
その声が終わると同時に、幸仁はいつの間にか通路の脇に木製の扉が出現していることに気が付いた。
その扉が、今しがたアナウンスで言っていたものなのだろう。
葉月もその扉に気が付いたようで、手に持つ刀を投げ捨てると、幸仁へとちらりとした視線を向けてからその扉へと足を進めた。
「次は、絶対に殺すから」
言って、葉月は扉を押し開き中へと消えていく。
躊躇いなど微塵も見せないその後ろ姿は、あの始まりのホールで扉の先へ行きたくないと言っていた彼女の影はどこにもなかった。
「…………ホントに、変わったんだな」
呟き、幸仁もまた疲労で鉛のように重たくなった身体に鞭を打つと、ナイフを投げ捨て座り込んだ身体を立ち上がらせた。
「…………」
足を進める度に、幸仁は強く思う。
運が良かった。時間に助けられた。葉月が身体の状態を巻き戻す能力を手にしていなければ、あのまま死んでいた。それどころか、葉月が自分に対して強い憎しみを持っていなければ――そして、絶対にこの手で殺すという覚悟をしていなければ、あのまま能力を使われることもなく死んでいた。
様々な要因が重なり、幸仁はこうして生きている。無事に地獄を抜け出し、ひとまずの安寧を手に入れている。
「鹿野……。もし俺があの時、あのホールでお前を見捨てなかったら…………。お前も俺も、今頃どうなってたんだろうな?」
静かに呟かれる言葉は静まり返った館の中に消えていく。
扉の先を幸仁は見つめた。そこは、この館へと足を踏み出した時と同じようにただ暗闇が広がっているだけだった。
「…………まあ、今さら考えるだけ無駄か」
幸仁は息を吐き出す。そしてゆっくりと、幸仁はその扉の先へと足を踏み出した。




