ハズレの真意
『クエスト』が開始されて数時間が過ぎた。
あれから、幸仁は幾度となく宝箱を探し徘徊する他の参加者を目にしながらも、余計な戦闘を避けるために隠れながら、以前に探索した部屋全てを回って宝箱を回収していた。
しかし、以前に訪れた部屋のいくつかはもうすでに他の参加者によって調べ尽くされた後で、宝箱を見つけたとしてもその中身は空か、到底役には立たないような日常雑貨や文房具が入れられていることが多かった。
「クソッ、どこにあるんだよ!!」
幸仁は新たな部屋を求めて迷路となっている通路を進む。
いつ他の参加者に襲われるかも分からない神経を尖らせた探索は、時間の経過と共に心身を擦り減らしていく。加えて、未だ見つけることが出来ていない〝指輪〟の存在に、幸仁はじりじりと追い詰められるような感覚を覚えていた。
「――ッ、行き止まり! 扉だ!」
焦りで注意が散漫になるのを必死で抑えながら、幸仁は素早く周囲の安全を確認した。それから扉へと近づいて、耳をそばだてて物音がしないことを確認すると、そっとその扉を押し開いた。
扉の先は、シャワールームだった。タイル張りの壁や床の他に、四つの仕切りが等間隔で並んでいて、その中には天井に備え付けられたシャワーヘッドが幸仁を見下ろしていた。
幸仁は扉に近い仕切りの中へと進むと、壁に備え付けられたコックを緩く開いた。
瞬間、天井に備え付けられたシャワーヘッドからお湯がちょろちょろと流れ始める。幸仁は流れるお湯に手を触れて、その水が皮膚に影響がないことを確認するとコックを硬く閉じた。
「………………」
手の平にへばりついた水滴を見て、幸仁はごくりと喉を鳴らした。
目が覚めてから長い間、幸仁は水も食べ物も口にしていない。だというのに、この館に足を踏み入れてからずっと幸仁は動き回っている。
額に汗が浮かび、激しく口が渇く。乾燥してパリパリに張り付いた唇が、水が欲しいと叫んでいる。
少しぐらい、この水を飲んでもいいか。そんな考えが一瞬頭を過ぎって、幸仁は慌てて首を横に振った。
(馬鹿か。こんな、飲めるかどうか分からないものを飲めるはずがない。コレを飲むぐらいなら、まだ我慢したほうがマシだ)
日本では高い水質が蛇口を捻れば簡単に流れるが、飲み水に適さない水を生活水として使用している国はある。この場所の水がどんなものか分からない以上、その水を口に運ぶような容易な真似は決して出来なかった。
とはいえ、身体が水分を欲しているのは事実だ。
今の幸仁には、排水溝に流れていく水が掛け替えのない宝石のように見えた。
「……あのペットボトルの水、飲んでおけば良かったな」
あの時は毒物が混ぜられている可能性を考慮して飲まなかったが、この館の探索をさらに進めて分かったことがある。
それは、この館に存在している食料や水の類は数が限られているということ。もっと言えば、食料や水の類は特定の部屋の中にしか置いていない可能性がある。
これまで、多くの部屋を探索してきた幸仁だったが、キッチン部屋はあの時一回きりしか目にしていない。キッチン部屋以外の部屋には食料や水が存在していないことを考えると、あながち間違っていないのだろう。
おそらく、食料や水が限られているのも、参加者同士で争いを生み出す仕掛けなのだ。序盤はまだ体力に余裕があるから大丈夫だが、こうしてステージも中盤になってくると水や食料を口にしていないと徐々に体力が奪われてくる。
どこまでも意地の悪い。どこまでも性格の腐った奴の考えるゲームだ、と幸仁は心の中で唾を吐く。
それから意識を再びシャワールームへと戻して、幸仁は目的の宝箱を探し始めた。
「…………」
シャワールームに物を隠すような場所はない。幸仁は一つ一つ区切りの中を覗き込んで、やがて扉から一番離れた区切りを覗き込んだ時にようやくソレを見つけた。
「また、大きくなってるな」
幸仁は言葉を吐き出し露骨に眉根を寄せた。
シャワールームの排水溝の上に置かれたそれは、幸仁が探し求めていた宝箱だった。
しかし、その大きさは数時間前に見つけた宝箱に比べてやや大きい。ほんの少し前までは手のひらサイズだったのに、気が付けば見つかる宝箱の大きさは500ミリリットルのペットボトルほどの大きさに変わって、今やちょっとした冊子ならすっぽりと中に納まるほどの大きさに変わってる。
―――まさか、時間経過と共に宝箱が大きくなっているのか?
見つけた宝箱を見つめながら幸仁は思案する。
『クエスト』が始まってから数時間。時間経過と共に宝箱が大きくなっているのは間違いない。もしかすれば、迷路の奥へと足を進めているからなのではと幸仁は一瞬考えたが、それはないだろうとすぐに結論を下した。
幸仁は確かに奥に進んでいるが、頭の中に書き起こしている地図上で見れば同じ位置にあるとしか思えない部屋でも宝箱の大きさが変わっていた。だとすれば、この宝箱の大きさが変わっているのは『クエスト』が開始されてから時間が進んでいるからだと考えるのが妥当だろう。
「それに……」
言葉を口に出して、幸仁は言葉を噤む。
幸仁の胸の中で、宝箱を見つける度に大きくなる違和感。時間経過と共に大きくなる宝箱に入れられた、〝ハズレ〟扱いである道具たち。
幸仁は一度、頭の中でこれまでに見つけた道具を思い返した。
……まず、最初に見つけたのは殺傷力があるとも思えない玩具のような大きさをしたカッターナイフだった。次に見つけたのは万年筆。それから、ガラス灰皿、ハサミ、プラスドライバー、アイスピック、果物ナイフと続いている。
どれも、以前の世界ではありふれた道具だ。百円均一にでも行けば簡単に手に入るような日常的な道具ばかりだった。
しかし、それら道具は使い方を間違えれば人を傷つけることが出来る道具でもあった。
さらに言えば、それらの道具は宝箱の外観が大きくなるに従って、徐々に人を傷つけることが容易になる道具へとグレードアップしているような気がした。
「ふぅ……」
止めどない不安と思考の濁流に、幸仁は制止を掛ける。
それから、意識を切り替えるようにぎゅっと一度瞳を固く閉じると、ゆっくりと宝箱の蓋に手を掛けた。
「――――ハズレ、か」
いつの間にか止めていた息を吐き出して、幸仁は宝箱の中に転がるソレを見た。
宝箱に入っていた物。それは、刃渡り十五センチほどのサバイバルナイフだった。鞘も何もない、ただ抜き身の刃が無造作に箱の中に転がされていて、シャワールームの蛍光灯を鈍く反射している。
幸仁はナイフを手に持ち、その重みが本物であることを確認する。
そうして、幸仁はようやく自らの中に渦巻く違和感の正体に気が付いた。
「…………やっぱり、そうだ。間違いない。この宝箱の〝ハズレ〟は、他の参加者から指輪を奪うための武器なんだ。それが、時間が経てば経つほどより武器らしくなってきている」
言葉と共に幸仁はゆっくりと深い息を吐き出す。
「どうしても、俺たちを争わせたいみたいだな」
〝指輪さがし〟が最終的に参加者同士での争いになるのは間違いない。
けれど、争いを生むには道具が――武器が必要だ。参加者に与えられた能力だけでは、攻撃に使えない能力を持つ参加者では一方的にやられるだけだろう。
だから、この『クエスト』ではその武器を〝ハズレ〟の宝箱の中に仕込んだ。
時間経過と共に加速する、指輪を持たない参加者の焦燥感を利用して。徐々により武器らしくなる宝箱の〝ハズレ〟を見せつけて、この道具を使って他の参加者から指輪を奪え、自分以外の参加者を殺してしまえ、と。
そう、この『クエスト』を考案した奴は言っているのだ。
「…………早く、指輪を見つけないと」
たった数時間が経過しただけだと言うのに、今ではもうサバイバルナイフという一振りで致命傷を負わせることが出来る道具が出てきている。この先、時間が進めば出てくる道具がどんなものになっていくのかなんて、考えなくても分かることだった。
「…………」
未だ指輪を手に入れることが出来ていない焦りで、幸仁の背中にじっとりとした汗が浮かぶ。
幸仁は一度落ち着こうと深呼吸をすると、手に持ったサバイバルナイフを見つめた。
今までは日常生活で使う道具だったから持ち運ぶことに抵抗も無かったけれど、コレを手にして持ち歩くということは、自分もいずれ誰かを傷つけるという覚悟をしなければならない。
それに、これが宝箱の中から出てきたということは、他の参加者もサバイバルナイフと似たような道具を手にし始めていることだろう。
殺し合いの現場で、せっかく手に入れた武器をわざわざ手放す愚者は居ない。
武器を手にした相手に丸腰で挑むのは、勇気ともまた違う蛮勇だ。死にたがりと言葉を言い換えても良い。自らの身を守るためにも、必要最低限の武装はしなくてはならない。
「…………っ」
幸仁は硬くなった唾を飲み込んだ。
じわじわと外堀を固められているのを感じる。
否が応でも殺し合いをするよう仕向けられている。
環境を整え、場を整え、時間を追うごとに焦りを生み出し、館全体が火薬庫にでもなり始めているかのようだ。
――きっと、その爆発は遠くない。
幸仁は、手にしたサバイバルナイフを握り締めながらそう思った。




