『指輪さがし』
「――――みなさん。『シークレット・リヴァイヴ』が開始されて四名の参加者がゲームから離脱し、残りの参加者は五十名となりました。これより、『クエスト』を始めます」
金属同士が擦れるような不快なノイズ音と、それに混じった女性の機械音声が唐突に周囲に鳴り響いた。
幸仁と恵は、ハッとした表情となって声の出どころを探る。
「あそこか」
声の出どころはすぐに見つかった。
壁際に取り付けられた食器棚。その後ろに、壁に埋め込まれるようにしてスピーカーが隠されていた。
幸仁たちが険しい表情でスピーカーを見つめる中、酷いノイズ混じりの声は淡々と、まるで業務内容を告げるアナウンスのように言葉を続けた。
「ファーストステージ、洋館遭遇戦の『クエスト』は『指輪さがし』です。この館の中に、四十個の指輪を隠しました。これより洋館遭遇戦の終了まで、みなさんには『指輪さがし』をしていただきます。みなさんには『指輪さがし』に参加していただき、最後までこの指輪を一つでも所持していた参加者の方はクエスト成功とさせていただきます」
「ちょっと待って。その指輪ってどういうヤツ――――」
「静かに」
スピーカーの内容に恵が声を出し、すぐさま幸仁は恵の声を遮った。
幸仁はスピーカーの内容を必死で覚えようとしていた。
なにせ、ずっと警戒していた『クエスト』だ。それも、このファーストステージに関係しているものだという。一言一句を聞き逃すまいと、幸仁は神経を尖らせその放送に耳を傾けていた。
そんな幸仁の鬼気迫る表情に、恵もまずはスピーカーの内容を覚えることに意識を切り替えたようだ。
二人は、ジッと食い入るようにスピーカーを見つめてその内容を頭に叩き込む。
「指輪は宝箱の中に入れられており、宝箱はこの館の部屋の中に必ず一つ存在しています。しかし、必ずしも宝箱の中に指輪が入っているとは限らず、もちろん宝箱にはハズレもございます。……それでは、みなさまで楽しいトレジャーハントをお送りください」
スピーカーは、そう告げるとブツリと途切れる音を残して沈黙した。
しばらくの間、幸仁も恵も固く口を噤んだまま眉間に深い皺を刻み込んで、今しがた聞いたばかりのその内容に思考を巡らせていた。
「…………ねえ、これって結局、洋館遭遇戦のクリア条件が変わったってことでいいのよね?」
沈黙を破るように、最初に口を開いたのは恵だった。
「『クエスト』を失敗した人は、『シークレット・リヴァイヴ』の参加権を失うんでしょ? ってことは、このファーストステージの終了時にその〝指輪〟ってやつを持っていない人は死んじゃうってことよね?」
ステージ事に発生するクエストを『シークレット・リヴァイヴ』の参加者は拒否することが出来ない。クエスト失敗はそのまま『シークレット・リヴァイヴ』の参加権を失うことになり、参加権を失った参加者には〝死因の再現〟がされる。それは、この洋館遭遇戦が始まる前に『シークレット・リヴァイヴ』のゲームルールとして事前に参加者全員に伝えられていたことだ。
それが分かっているからだろう。幸仁も難しい顔で恵の言葉に頷きを返した。
「ええ。ただ二十四時間生きているだけで良かった洋館遭遇戦が、『クエスト』という事前に伝えられていたゲームルールが混ざることによって、全く別のクリア条件になりました。最初から、ただ二十四時間この館の中で過ごすだけで次のステージに行けるだなんて、そんな簡単な話じゃなかったんだ。――――おそらくですが、ここからが本当のファーストステージです。俺たちは今から約十八時間、四十個っていう限られた生き残りの枠を掛けて争わなきゃいけない」
「…………最悪ね。これで、誰とも会わないようどこかに引きこもっていた他の参加者も出歩かなくちゃいけなくなった。遭遇率が上がれば、戦闘も必然的に起きてしまうでしょうし……。これからは、こそこそと隠れてやり過ごすことも難しくなったってことね」
恵は眉間に深い皺を刻み込み、吐き捨てるようにその言葉を言った。
その言葉に続けるように、幸仁もまた眉間に深い皺を刻んで口を開く。
「それに、問題はもう一つあります。さっきのスピーカーが、指輪を一人一個しか所持できないと言っていなかったということです」
「それって」
恵が幸仁の言いたいことに気が付き、目を微かに見開いた。
恵に向けて、幸仁は確かな頷きを返す。
「はい。想像している通りです。この『クエスト』は、誰かが指輪を複数所持することによって任意で生き残りの人数を操作することが出来ます」
指輪を複数個所持することで出来ることはそれだけではない。
そもそも、この〝指輪さがし〟は大きく二つの状況に別れる。
一つはこの広大な館の中から〝指輪〟を探すという探索の時間。そしてもう一つが、探索し終えて全ての指輪が参加者の手に渡った煮詰まった状況から始まる、略奪という名の参加者同士の争いの時間。
もし、その探索の時間でたった一人が数個、いや数十個もの指輪を獲得した場合、その人物はこのステージにおいて絶対的な優位と権利を持つことになるのは当然だろう。
指輪を持たない参加者に対して指輪を使って交渉することも、自分で任意の参加者を選び生き残らせることも、はたまた指輪を独占し生き残りの枠を狭め、次ステージに進む人数を極限にまで減らすことだって意のままだ。残り時間の間際が迫れば参加者同士で指輪を巡った戦闘が起こることは必然だろうが、指輪を複数個持っていればその戦闘を回避することだって出来る。
すなわち、指輪を持たないものは指輪を探す、指輪を奪うという二つの選択肢しか取れないのに対して、指輪を複数個持つだけで多くの選択肢が可能になるのだ。
(……『クエスト』一つで、状況が大きく変わった。この『クエスト』で悪手なのは、初動が遅れて指輪争奪戦に一歩でも遅れることだろう。全ての指輪が他参加者の手に渡れば、俺が取れる行動は指輪を奪うことの一つしか出来ない)
しかし、だからと言って指輪を誰が持っているかなんてわかるはずもない。
それは他の参加者も同じことで、指輪を持っていない参加者は出会った瞬間に問答無用で襲い掛かってくるだろう。
手に入れた指輪を守るにも、指輪を手に入れるにも争いは必須だ。
そんな中で、今のコピー能力である〝手に触れた物をイメージ通りの硬度に変えることが出来る能力〟で果たして太刀打ちできるだろうか。
(……いや、無理だな)
〝手に触れた物をイメージ通りの硬度に変えることが出来る能力〟は応用力もあり使い勝手のいい能力であることは間違いない。
けれど、この能力は探索にも逃走にも向いていない。これから、これまで以上の速度で探索をしていくのなら、必要なのは機動力だろう。
(この『クエスト』に向いているのは恵さんの能力だ。恵さんの能力をコピーすれば、逃げるのにも奇襲して襲うのにも役に立つ)
幸仁は、冷静に状況を分析して葉月からコピーした能力を手放すことに決めた。
同時に、幸仁は恵と共闘関係を結んだ今の状況にもついて思考を巡らせた。
(もし、指輪が一つしか見つからず、手に入れることが出来なかった場合……。その時は、確実に俺たちの間で争いの元になる。そうでなくても、最初に手に入れた指輪をどちらが持つのかで揉めるのが目に見えるな。俺も恵さんも、そう易々と死ぬつもりがないのは確かだし……。この『クエスト』は、完全にソロ向きだ。せっかく手を組んだばかりだけど、このまま二人で行動するべきじゃない)
そこまで考えて、幸仁は自らのその考えにまた眉根を寄せた。
(また、鹿野の時と同じように彼女を切り捨てるのか? このまま一緒に行動して、二つ指輪を手に入れれば済む話じゃないのか?)
幸仁は、自分自身に問いかけたその言葉に悩んだ。
心の奥底に燻る罪悪感。あの時は仕方がなかったとはいえ、幸仁は一度顔見知りの少女を切り捨てている。時間が経つごとに幸仁の中で大きくなるその感情は、恵の扱いに対する決断さえも鈍らせていた。
「…………」
しかし、だからと言ってこの状況で恵と共に行動することのメリットは薄い。
状況は刻一刻と移ろい変わっている。
幸仁にとっての絶対は〝生き延びること〟だ。〝死〟という絶対の存在から逃れることだ。
一時の感情で、その決意を失くすわけにはいかない。
「ふぅ……、よしっ」
誰にも聞こえないような小さな言葉を吐き出し、幸仁は決意を固めた。
恵へと視線を向け、そして彼女の能力をコピーしようと企んでいることなどおくびにも出さないまま、いつもと変わらない調子で幸仁は口を開く。
「――とにかく。もう、のんびりとしている時間はないです。すぐに、指輪を探さないと。他の参加者に指輪を取られれば、俺たちは『クエスト』に失敗してしまいます」
幸仁は意識して時間との勝負だということをアピールする。
これまでの会話と同様に、真剣な表情で呟かれる幸仁のその言葉に、恵は一瞬たじろいだ。
「そ、そうね。確かに、その通りね」
「ええ。そしておそらく、この『クエスト』を聞いた他参加者も同じことを考えていることでしょう。今頃きっと、みんな一斉に館の中の部屋という部屋を調べ始めているはずです」
「ッ! だったら、私たちも早く動かないと!!」
幸仁の言葉に背中を押されたのか、恵は慌てて部屋を出ようと動き出した。
――――チャンスだ。
幸仁の目が狡猾に光った。幸仁は咄嗟に反応したかのように、離れていく恵のその腕を素早い動きで制するように右手で掴んだ。
「――待ってください」
「な、何!? 早くしないと、指輪が無くなるでしょ!? 君も、『クエスト』失敗で死にたくはないでしょ!」
幸仁に手を掴まれて、恵は声を荒げた。
その声を聞きながら、幸仁は静かに言葉を吐き出す。
「ここから飛び出す前に、俺たちは決めなければいけません。これから一緒に指輪を探すとして、その指輪が一つしか見つからなかった場合、その取り分はどちらになりますか?」
「――――ッ、それは……」
幸仁の言葉に、恵は唇を噛みしめた。
幸仁は恵が〝生き返りの権利〟を心から欲しているのを知っている。
恵もまた、幸仁が死ぬつもりがないことを知っている。
『クエスト』で見つけた指輪はつまるところ、今を生きる権利と同じだ。他の参加者から奪うことが出来るとはいえ、それが確実に奪えるとは限らない。もし、たった一つしか指輪が見つからず、他の参加者からも奪うことが出来なかった場合、共に行動している幸仁たちはどちらが生き残るかを選ばなくてはならなくなる。
だからこそ、恵は言葉に窮した。
すぐには答えられず、焦りを浮かべた表情のまま恵は幸仁の顔を見つめる。
「――――そんなの、見つけてから決めましょう」
と恵は言った。
その言葉に幸仁は首を横に振る。
「いえ、恵さんの能力を知っているからこそ、俺は怖いんですよ。もしかしたら、恵さんが見つけた指輪を持ち逃げするんじゃないかって、どうしても考えてしまう」
「ッ、そんなこと!」
「ええ、しないと思ってます。ですが、この状況で絶対という言葉は信用できない」
言って、幸仁は恵を見つめた。
「――だから、提案です。この『クエスト』中は、一度別行動にしませんか? 互いに、自分のために自分だけの指輪を見つけ合うんです。そうして最後に生きたままこのステージを抜け出したら、また手を組むんです。……どうでしょうか?」
恵は、幸仁の言葉にじっと考え込んでいた。
悩むように瞳が細かく揺れ動いて、やがて大きなため息を恵は吐き出す。
「…………そうね。今は、クリア条件に拘ってる時じゃないかも。ここで『クエスト』をクリア出来なきゃどうせ死ぬんだし、今は『クエスト』クリアが最優先か。……うん、わかった。私も、広野くんとは敵対したくないし、その提案を受け入れるよ」
恵はそう言葉を吐き出すと、幸仁の目を見つめる。
「ただし、約束。絶対に、生き残ってね。このまま二度と会えないなんて、私、嫌だから」
「ええ、大丈夫です。俺もそう簡単に死ぬつもりはないですよ」
「……そうね。広野くんなら、そう簡単に死なない気がする」
恵はそう言って小さな笑みを浮かべると、幸仁の顔をまた見つめた。
「…………それじゃあ、またあとでね。広野くん」
言って、恵はその場から消えた。
それが、彼女の能力で移動をしたのだということを幸仁はすぐに分かった。わざわざ扉から出ずに消えたということは、この館の下に広がるもう一つの迷路へと移動したのだろう。
この部屋の先に広がる迷路に進まなかったのは、少しでも自分と指輪を取り合う可能性を減らしたかったのかもしれないと、幸仁は恵が消えた場所を見つめて考えた。
「……ええ、またあとで。いろいろとありがとうございます」
と、幸仁は小さな声で呟く。
呟きながら、幸仁はそっと自らの腕時計を撫でた。
そこには、彼女からコピーをした能力がしっかりと表示されていた。




