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利害関係



「いえ、別に。…………それよりも、話を元に戻しましょう。確か、あなたが俺と一緒に行動したいって話でしたよね?」



 その言葉に、女性は肯定を示すように頷いた。

 それを見て、幸仁は言葉を続ける。



「あなたが〝生き返りの権利〟を手にするために、俺を助けたってことはなんとなく分かりました。でも、それにしては中々にリスキーだ。もし、助けた俺が♤だったらどうするつもりだったんですか?」

「あなたが♤なら、あの男に追われてた時点で反撃してたでしょ? それぐらい、あなたなら簡単にやってのけそうだけど」


 と、女性は含みのある笑みを浮かべて幸仁の顔を見つめる。



 その笑みを見て幸仁は、やはりこの女性は自分があの男と出会い、追われていたところを終始どこからか見ていたんだな、と確信した。



(仮にもし俺が♤だったとしても、彼女の能力ならあっという間に逃げることができる。だから彼女はあの状況でも俺を助けることに踏み切ったんだろうな)



 ――彼女が自分を助けた理由はだいたい分かった。けれど、やはりそれだけでは共に行動する理由にはならない。一緒に行動するならば、せめてスートと数字は知るべきだ。


 幸仁はそう思い直すと、もう一度目の前の女性に先ほどの言葉を投げかける。



「…………さっきも言ったように、あなたがいくら自分自身のことを♤じゃないって言ったとしても、俺はその言葉を信用出来ません。それでも♤じゃないっていうなら、俺にスートと数字を見せてくださいよ」


「見せれば、君は納得するわけ?」


「少なくとも、それであなたのクリア条件が分かります。俺と敵対しないスートと数字であれば、このデスゲームの中でも協力出来る可能性はあります」


「……なるほど、確かにそうだ」



 女性は、頷きながら腕を組んだ。

 それからじっと幸仁を見つめたかと思うと、ニヤリとした笑みを浮かべて見せる。



「でも、そこまで言うからには君も自分のスートと数字を明かすってことで良いんだよね? まさか、私だけに見せろなんて言うつもり?」

「もちろん、あなたが見せてくれれば、俺も見せますよ」


 と、幸仁は悩む様子もなくそう言った。



 今、幸仁の腕時計に表示されるのは葉月からコピーをした♡2だ。ここで盤面を見せたとしても、それは幸仁の本来のスートではない。むしろ、このスートと数字を見せることで女性のスートと数字が分かるのであれば、こんなにも美味い話はなかった。



「本当に? 私のスートと数字を見た瞬間に、態度を変えるつもりなんじゃないの? 確かに、私は君と一緒に行動出来ればいいな、とは思ったけど、それは君が私のクリア条件と利害関係が一致していたらの話だからね? 君が私のクリア条件と敵対しているなら、さっきの言葉は無しだから」



 女性が疑うのも無理はない。

 自分のスートと数字を明かす方法は、腕時計の盤面を見せ合うしかないのだ。

 同時に互いの盤面を表示させない限り、どちらか一方が見せた状態でもう片方が盤面を見せないなんてこともあり得る。


 だから幸仁は、自分の言葉が嘘じゃないことを示すように女性に口添えを行った。



「もし、俺が約束を違えれば、あなたは俺のことを卑怯者だと叫んで能力で逃げればいい。あなたの能力は、おそらく〝瞬間移動〟でしょ? 俺が何かをしようとする前に、この場から逃げることだって簡単なはずだ」


「……分かったんだ、私の能力」


「当たり前です。あの状況から、俺を連れて一瞬で居場所を見つける変えたんだ。ということは、あなたの能力は瞬間移動――またはそれに近い能力以外に考えられない」



 女性は、幸仁の言葉に肯定を示すかのように小さな笑みを浮かべた。どうやら、女性にとっては幸仁に能力がバレるという事態も想定していたことらしい。



(――――まあ、そりゃそうか。こんなに分かりやすい能力なんだ。バレることぐらい考えているか)



 本来ならばいざという時まで隠すべきなのがこの能力なのだろうが、それをはっきりと口にするのは、たとえ口にしたところで対策されることがないと女性が踏んでいるからだろう。

 事実、幸仁は女性にそう言われて頭の中で女性に襲われた時のことを考えてみたが、今の能力じゃあ女性から逃げることは不可能に近いという判断しか出来なかった。



「ちなみに、瞬間移動したってことは、あの部屋からここは結構離れてるんですか?」


 と幸仁は女性に問いかけた。



 その答え次第では、瞬間移動の移動範囲が分かるかもしれない。

 そんな考えで問いかけた言葉だったが、その女性も幸仁と同様に頭は回るようだ。ニヤリとした笑みを浮かべて見せると、面白がるように幸仁の顔を覗き込んだ。



「ダメだよ、その質問で私の能力の詳細を知ろうとしちゃ」



 その言葉に、幸仁は表情を変えず心の中で舌打ちをする。

 けれど、女性はそんな幸仁の様子に面白がるような表情になると、言葉を継ぎ足すように声を出した。



「――――と、言いたいところだけど。特別に教えてあげる。君がいた場所は、ここだよ」



 そう言って、女性は指を一つ立てて床を示した。



「…………下、ですか」

「そう。君がいた部屋は、この下。私は君と一緒に、あの部屋から真上に向けて移動してきただけだよ」

「と、いうことは、このホールがあることも事前に分かっていたってことですね」

「まあね。最初にこの館に移動してきて、能力を試していたら真上にこのホールがあるって知ったわけだし」

「そうですか」



 幸仁は女性の言葉に相槌を打つ。

 そうしながらも、心の中ではまた別のことを考えていた。



(……しかし、本当に瞬間移動とはね)



 葉月からコピーをした〝手に触れた物をイメージ通りの硬度に変えることが出来る能力〟も応用力があってなかなかに使い勝手が良い能力だが、〝瞬間移動〟という能力はもっと単純に強力だ。

 逃走、奇襲、直接対面した時の攻防。その全てにおいて、これ以上のない応用と戦略の幅をもたらせてくれるだろう。



 ――今後のためにも、是が非でも欲しい。



 幸仁は、女性の言葉に強くそう思った。



 しかし、今すぐにこの女性の能力をコピーしようにも問題がある。まず、コピーをするには右手で触れなければならない。この状況でいきなり女性に触れようとすればあからさまに怪しまれるだろう。さらに言えば、能力の再使用には一時間という制限が掛かっている。幸仁が葉月に対して能力を使用してから、まだ三十分も経っていない。今この場で、彼女に対してJOKERの能力を使うことは不可能だった。



(でも、だからと言ってこの能力を逃すのは惜しいな。…………幸いにも、この人は俺と一緒に行動したいみたいだし、この人のスートと数字次第ではコピーをする間だけでも一緒に行動しておくのも悪くない。あとは、この人と鹿野からコピーしたスートと数字が敵対しなければいいけど)



 幸仁は、そんなことを考えながら会話を変えるように咳払いをする。



「…………それじゃあ、見せ合いましょうか。互いに、腕時計の盤面を見せるために動きを止める時間は少しだけ。見せるためには腕を出さなきゃいけませんし、その隙に攻撃されたらたまりませんから」

「うん、それでいいよ。それじゃあ、いくよ。――――せーのっ!」



 女性の掛け声に合わせて、幸仁たちは互いに腕時計の盤面に指を触れて腕を差し出す。

 そうして腕を差し出した体勢のまま、幸仁は目を凝らして彼女の腕時計に表示されたそのスートと数字を確認した。




 ――――♢4。




 ♡4でも、♡7でも全く違う予想外のスートに多少面喰いつつも、幸仁は素早くそのスートと数字のクリア条件を思い返した。



(――〝他プレイヤーと一緒に行動した時間が100時間を超える〟、か。だから、この人は俺と一緒に行動をしようとしているのか)



 『シークレット・リヴァイヴ』がどれほど続くか分からないが、100時間という時間はとてつもなく長い。そこで、どうせ行動を共にするのならばより勝算が高いプレイヤーの傍に居ようと考えたのだろう。

 幸仁は、そんなことを考えつつも自分の腕時計が次の表示に切り替わる前に素早く腕を引き戻すと、その盤面が隠れるように右の手首をズボンのポケットに突っ込んだ。



(……それにしても、♢の4か。誰かと一緒に居ることがクリア条件ってことは、この人と一緒に行動しておけば俺の本当のクリア条件――JOKERの〝最終ステージにおいて自分の他1名のプレイヤーがクリア条件を満たしている〟も同時に達成しやすくなるな)



 生き返りに興味はないが、死ぬつもりは毛頭ない。

 そのためにこの女性の能力をコピーしようと幸仁は目論んでいたのだが、予想外に自分のクリア条件と利害関係が一致していたことで、本格的に行動を共にしようかと考え始めていた。



「♢の4、ですか。てっきり俺と同じ♡だと思ってました」


 と幸仁は会話を切り出した。



 女性は、幸仁の盤面を目にしたからか難しい顔となって唇に手を当て考え込んでいたが、幸仁の言葉に意識を戻すと口元に笑みを湛えた。



「まあ、私のあの行動を見ればそう思うよね。……それにしても君は♡の2、か。一応、私のクリア条件とは利害関係は一致しているのかな?」

「まあ、あなたが他の人の腕時計を奪ったりしない限りは、ですけどね」



 幸仁は口元に笑みを浮かべて、女性の言葉にそう答える。

 すると女性は、幸仁の言葉に口元に笑みだけを浮かべて、


「ええ、そうね。もちろん、そんなことはしないけど」


 と幸仁の動きを注視しながらそう言った。



 一見すれば、幸仁のスートと数字をみて女性には動揺した様子が見られない。

 しかし幸仁は、会話をしながらも自分の動きを警戒しているその視線の動きと、その瞳が僅かに不安げに揺れ動いていたのを見逃さなかった。



(…………まあ、そうだよな。♡の中でも数少ない殺害系のクリア条件だ。それを持つプレイヤーがどんな行動に出るのか分からない現状で、全面的に信用するのは無理だろう)



 心の中で、幸仁はそう呟くと小さな息を吐き出して彼女を見つめる。



(けど、だからと言ってこのまま別れるわけにはいかない。俺の、本当のクリア条件とも一致していて、コピーする能力も強力なプレイヤーだ。何としてでも一緒に行動出来るようにしないと)



 女性に見えないよう固く拳を握り、幸仁は決意を固める。

 そうして、一度咳払いをすると幸仁はまた口元に笑みを浮かべて女性を見つめた。



「……とは言っても、俺のクリア条件が殺害であることは間違いないです。そうなると、あなたもいろいろと不安でしょう? 何せ、クリアするためには人を殺すしかないのが確定しているんですから」



 幸仁の言葉に、女性はじっと幸仁を見つめた。



「…………ええ、そうね」


 と女性はゆっくりと頷く。



「正直、私としては微妙なところっていうのが本音かな。よりにもよって、♡の2か……ってのが正直な感想。私が腕時計を持たない限りあなたから襲われることはないとは思うけど、それでも絶対の保証がないし」


「心配されることは分かります。逆に、俺としてはあなたが♢の4で良かったと言うのが正直な感想です。何せ、クリア条件を満たす目的ではあなたに襲われる心配がない。あなたが♢の4なら、最初にあなたが言ってくれた提案を飲むのも悪くないかなと思ってます」



 そう言って幸仁は言葉を区切ると、ついと人差し指を立てて女性を見た。



「そこで、提案が一つ。……一時間、いや数時間ほど俺と行動を共にしませんか? その間に、あなたは俺が本当に信用に足るのかどうか判断すればいい」



 一時間もあればJOKERの能力は再使用可能になる。

 それでも、幸仁が数時間と切り出したのは幸仁としても女性を信用出来るプレイヤーかどうかを見極めるためだった。



「……なるほど。まずは、お試しでってことね。けど、それによるあなたのメリットなんてあるの?」

「もちろん、俺にもありますよ。あの男が、また俺の腕時計を狙いに来ないとは限らない。〝瞬間移動〟の能力があるあなたが数時間でも一緒に居てくれれば、いつでも逃げることが出来る。そうでしょう?」



 幸仁の言葉に、女性は口元に手を当ててジッと考え込んだ。

 どうやら彼女は頭の中で幸仁の提案と自分のクリア条件、そのメリットとデメリットを考えているようだった。


 しばらくの間、女性と幸仁の間に沈黙が落ちる。


 その間、幸仁は女性の様子を伺いながらもエントランスホールで未だに答えの出ない会議を続けている他の参加者をぼんやりと眺めていた。

 女性が幸仁の言葉に答えを出したのは、会議を続けていた他の参加者がようやく重たい腰を挙げてひとまずの行動を起こすためにエントランスホールから出ていった時だった。



「………………まあ、数時間だったらいいか。私のクリア条件、100時間一緒に居たプレイヤーが()()()()()なのか、もしくは()()プレイヤーでもいいのか正直に言ってまだ分からないから。君で、そのあたりのことを試すのも悪くないしね」



 その言葉から察するに、クリア条件を満たすために必要な残時間が腕時計の盤面に表示されているのだろう、と幸仁はそう思った。



「それじゃあ?」


 と、幸仁は言葉の先を促す。



 すると女性は、小さく頷いて笑みを浮かべた。



「ええ、まずは数時間だけお願い。その先も一緒に行動するのかどうかは、またその時に決めさせてもらうわ」


 改めるように、女性はそう言って幸仁の顔を覗き込んだ。



 数時間後、もし女性と共に行動をすることが出来なくなったとしても、JOKERの能力で〝瞬間移動〟の能力をコピーすればいいだけだ。


 そんなことを考えながらも、幸仁は顔に笑顔を張り付けて小さな頷きを返して見せた。



「ええ、こちらこそ。どうぞ、よろしくお願いします」

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