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目覚め①

 


「おはようございます。みなさま、よく眠れましたか? ゲームの時間です。…………おはようございます。みなさま、よく眠れましたか? ゲームの時間です…………」



 ジーという機械が発するノイズ音とともに、その言葉は広野(ひろの)幸仁(ゆきひと)が目覚めてからずっと定期的な間隔を置いて幾度となく繰り返されていた。


 女性の声をベースとした機械音声だ。金属同士が擦り合わさったかのような耳障りなノイズがときおり音声の中に混じっていてその言葉は若干聞き取りにくい。言葉は天井に埋め込まれたスピーカーから流れているようで、人によっては不快にもなるその声を延々と頭上から降り注がせていた。



 何か、薬でも盛られたのだろうか。ぼんやりとする思考はまるで未だに夢の中にいるようだ。

 どうして自分がこの場所に居るのかも理解することが出来ず、幸仁は現状の把握に努めようと室内に目を向ける。



 一面が白い壁紙。白い天井。室内には窓も扉も存在しておらず、高い天井付近に設置された真っ白な蛍光灯が室内を明るく照らしている。部屋の大きさは六畳ほどとやや狭く、部屋の端には幸仁がつい先程まで横になっていた白を基調とした一人用のベッドが置かれている。

 何もかもが漂白された白い部屋だ。いや、部屋とも呼べない独房のような場所だった。

 この中で唯一、白以外の色を持つ自分自身の存在がとても奇妙に思えて、幸仁は思わず身体を震わせた。




「ここは…………」



 幸仁の口からしゃがれた声が飛び出る。喉の調子から察するに、どうやら長い間ここで眠っていたようだ。

 幸仁は数回ほど咳払いをして喉の調子を整えると、今度は自らの身体を見下ろした。

 白い半そでシャツに、黒の学生ズボン。幸仁が身に着けているのは、幸仁の通う学校の制服だった。



「…………?」



 自分の服装を見下ろしたその拍子に、幸仁は右の手首に何かが嵌められていることに気が付く。



 幅五センチほどの大きさで、全体が真っ黒に色塗られた物だ。腕時計の盤面だと思われるところには液晶ディスプレイが付いていて、そこには♡マークと68という数字が表示されていた。

 その数字は一定間隔ごとに明滅していて、その数の値を僅かに増やしたり減らしたりしている。

 その数値の変動を見て、幸仁はそれが自分の心拍数なのだということにすぐに気が付いた。



「なんだ、これ……。一体、何がどうなって……」



 焦りとも不安とも取れない言葉が幸仁の口から漏れる。

 目覚めたら見知らぬ部屋の中に居た。それだけでも十分パニックになることなのに、部屋には窓も扉もなく、手首には見知らぬ腕時計が嵌められているのだ。あまりにも特異すぎる状況だった。



「俺、なんでこんなところに」



 必死に、幸仁は記憶を掘り起こす。けれど、いくら頭を働かせても幸仁は自分がどうしてここに居るのかが分からなかった。常日頃から酒を飲むのであればこの現状に少しでも手がかりがあったのかもしれないが、幸仁はまだ高校生だ。母親に隠れて多少の酒を嗜むことはあったとしても、記憶が無くなるほど酒に酔うということは今まで一度たりとも経験したことがなかった。



 自分の身に何が起きて、どうしてここに居るのか。



 この部屋で目覚めた幸仁はずっと考え続けていた。

 しかし、いくら考えたところで結論は出ない。

 仕方なく幸仁は、ここから脱出するべくまずは部屋の中を調べることにした。



「……この、腕時計以外の物は無し。ベッドのシーツや枕にも何かが隠されてる様子もない。サイドテーブルの裏とか、ベッドの下とかにも何もない……。壁に隠し扉が付いてる様子もないし、壊せそうにもない、か」



 幸仁は軽く壁を叩いてその強度を確かめた。試しに軽く蹴ってみると、固い感触が返ってくる。すぐに幸仁は壁を壊すことは不可能だと判断して思考を切り替えた。



「手がかりがあるとすれば、この腕時計だけど」



 言いながら、幸仁は腕時計に手を伸ばす。

 そこで、幸仁はそれが腕時計にしては頑丈な作りであることに気が付いた。見た目はスマートウォッチを思わせるものだが、手に触れる感触はまるで鉄鋼のようだ。けれど、重さは100グラムにも満たない軽量さを兼ね備えている。



 バンドも盤面も真っ黒なその腕時計を、幸仁はしげしげと眺めて適当に弄った。そして、幸仁の指が盤面に触れたその時、盤面に表示される文字が切り替わった。



「――――JOKER?」



 幸仁は、その現れた文字を読み上げた。

 表示された文字は数十秒ほど経過すると消えて、今度は別の文字が表示された。



「――――あなたのクリア条件は〝最終ステージにおいて、自分の他1名のプレイヤーがクリア条件を満たしている〟ことです……。なんだ、これ…………?」



 幸仁の眉根に大きく皺が寄った。



 ……まるでゲームのようだ。いや、実質ゲームなのか? クリアという言葉や、プレイヤーという言葉が示している内容はそうとしか思えない。だとしたら俺は学校帰りにでも誰かに誘拐されて、どこかに閉じ込められたということなのか? 俺がクリアするゲームは脱出ゲームということか?



 幸仁の思考が次々と回る。けれど、その思考は次に表示された文字にかき消された。



『JOKERの能力:右手で触れた相手のスート、数字、能力をコピーする。能力の再使用には1時間を要する』



 腕時計の盤面に表示されたその文字は、ただの脱出ゲームにしてはやけに非現実的な内容だった。



「能力?」



 幸仁は小さく呟いた。それから、幸仁は次もまた違う文字が表示されるのではと思いながら、じっと表示された文字を見続ける。


 しかし、腕時計の盤面はそれ以上の文字が続かず、数十秒ほど経過するとその盤面はまた自らの心拍数を知らせる数値へと切り替わった。



 幸仁は眉間に深い皺を刻み込むと、つい今しがたまで表示されていた文字のことを考えた。



 スートや数字、JOKERという単語が示す内容から真っ先に思いつくのはトランプだ。クリア条件という単語と、この状況から仮にこれが脱出ゲームだとして、プレイヤーという単語から想像できる参加者は最大でもスート四種類×13の数字とJOKERを含めた53名か? 最終ステージという単語から考えるに、脱出したプレイヤーはさらに次のステージに進めるというところだろうか。



「問題は、能力か」



 最後に表示された文字。非現実的な言葉。


 幸仁は、もう一度その文字を見ようと腕時計の盤面に触れる。幸仁が触れると盤面の心拍数を知らせる数字はすぐに切り替わり、先程と同じ文字が表示され始めた。


 幸仁はもう一度その文字へと目を通してから、表示される文字が変化していないことを確認すると、ゆっくりと大きな息を吐き出した。



「もしも仮に……。本当に能力があるんだとすれば、ここは異世界とかゲームの中ってことか?」



 現実とは違う世界や、ゲームの世界の中に入りこむファンタジー作品があることを、幸仁はいつだったかクラスメイトの誰かが言っていたことを思い出した。幸仁自身、あまりそういうものに詳しくはないのだが、それでもこの表示された文字から察するにそう考えるのが自然なことのように思えた。



「だとすれば、これは能力を使いながら異世界から脱出するゲームってことか」


 そう、幸仁が言葉を口にしたその時。



 今まで延々と同じ言葉を繰り返し流していたスピーカーの言葉が、微かなノイズ音と共に切り替わった。



「――――全参加者の起床を確認しました。みなさま、おはようございます。早速ですが腕時計を装着されたまま、どうぞお部屋の外にお進みください」



 ノイズ混じりの、女性の機械音声がそう告げる。


 同時に、白い壁の一部が切り取られたかのように薄くなり始めて、室内には黒く塗りつぶされた〝出口〟が出現した。

 幸仁は、唐突に壁が消えて出口が出現するという非現実的なその出現に軽く驚いたが、ここが異世界であるならば、そんな現実ではありえないようなことも簡単に出来るのだろうと無理やりに自分を納得させた。



「……部屋の外、か」



 幸仁は出現した空間へと目を向ける。


 白い壁紙を扉の形に切り抜いたかのような真っ黒に塗りつぶされたその出口は、何か特殊な仕掛けでも施されているのか、室内からその先を見てもどうなっているのか確認することが出来ない。


 試しに、幸仁が室内にあった枕をその黒く塗りつぶされた出口へと放り投げると、枕は暗闇に吸い込まれて消えてしまった。



「…………行ってみるまでその先がどうなっているのか分からない、か」



 幸仁は思案する。その言葉に従い、この部屋を抜け出し先へと進むことは簡単だ。けれど、自分を閉じ込めた相手の考えていることが分からない。どうして、ここに閉じ込めたのか。どうして首輪を嵌められたのか。あの文字の意味は? 能力は? ……何もかもが、まだ分からない。



「でも、ここで考えていてもどうしようもないし……」



 部屋の中を調べた限りで、食料も水もなかった。備え付けられたベッドで眠ることは出来ても、生理現象のためのトイレすらもない部屋だ。この部屋の中で生きていくには、とうてい不可能のように思えた。



「…………行くしかない、か」



 その先に何があるのか分からない。


 幸仁は、ごくりと息を飲み動きだそうとしたところでピタリと動きを止めた。


デスゲームもの大好き!

これからの展開に期待!

面白そう!


そう思っていただいた方は、ぜひブクマと評価のほうをよろしくお願いします!!


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