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刺客に恋をした  作者: Aki
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それからのリディアだが、私と少し距離を置くようになった…気がしてならない。


話しかければちゃんと笑顔で答えてくれるし、どこかに行こうと誘えば苦笑しながらも付き合ってくれる。オペラはあまり好きではないと言っていたけれど、先日はリディアの方から誘ってもくれたし。だから無視されるとかそういうことはない。


ただ近づくと少し体を離すし、耳元でコソコソ話をしようと思ってもやんわり拒まれる。密着しすぎってことかしら?と感じるも、今更?と言いたくなる自分もいる。そうよ、今更よ。今まで散々腕を組んだり抱き着いたりしてきたというのに。


「ヴィオ?どうしたのですか?疲れましたか?」

「あ…ううん、大丈夫よ」


馬車に揺られながら、ぼうっと考え事をしていた。怪訝そうに私を見つめるリディアは、何も言わずに外を見る。


「もうすぐ着きますね。見てください、ホアンの地ですよ」


私たちは今、小旅行中である。ホアンの地というところは国の隅にあり、すごい田舎だ。しかしこの地には地下からお湯が沸き出て、地元民たちはこぞってそのお湯に入り汗を流すのだとか!


リディアと「どんなものなのですかねえ」と話していたら見てみたくなってしまい、これまた宰相におねだりした。「他国に嫁ぐことになったらもう二度と見ることもできません」と泣きを入れて。


お湯をバスタブにはるだけとは言え、地下から出るお湯というものは見てみたかった。それに私にはそろそろ婚約と結婚の話が出るだろうから、今のうちに一杯遊んでおきたいとも思ったし、何よりリディアとも一緒にいたかった。


「予想通り、本当に田舎ですねえ。あ、見えてきましたよ、ヴィオ! あそこに泊まります」


リディアも楽しみにしていたのだろうか。いつもより声が大きい。言われて馬車の外に目をやれば、道で立って私達を待っている人たちがいる。出迎えだ。


護衛騎士の手をかりて馬車から降りると、「ようこそおいで下さいました、王女殿下」と出迎えの老人が頭を下げる。彼らの後ろにある建物に泊まることは分かったが、なかなかどうして、みすぼらしく古い建物だ。普通の貴族令嬢ならば「こんな処に泊まるなんて嫌よ!」と言うに違いない。


でも私は元孤児院育ち!あそこはもっと劣悪な環境だったから、この程度どうってことない。出迎えた人たちは「なぜこのような処に王族と貴族が…!何か粗相があってはいけない」という気持ちで一杯なのだろうな。今だって見るからに震えているし。お気の毒だ…。


「とてもいいところですね!わたくし、気に入りましてよ!」


盛大に笑ってあげれば、あからさまにホッとしたような顔つきになる。リディアは複雑そうな顔をして私を見ていたが、「地下から出るお湯という珍しいものを、早速王女殿下に見せて差し上げて下さい」と伝えた。


「温泉ですね!勿論、ご用意しておりますよ。早速入りますか?」と先ほどとは打って変わってニコニコになったご老人は、私やリディア、そして後ろに控えていた侍女達に問う。私が頷くと、満足そうに侍女達と今後の流れやら予定を組み立てる。


「この地は観光地として名が通り始めました。平民や商人ではない、ご身分の高い方がいらして頂くのは初めてなのですよ!至らぬところがありましたら申し訳ございません。しかし心より尽くさせて頂きます」





お世辞にも王族や貴族達が泊まるに相応しいとは言えない部屋に通されると、せわしなく侍女たちが準備を始める。彼女たちはこんな処に王女様がお泊りになるなんて、とブツブツ文句を垂れているが、この世にはもっと酷い場所があってそこで暮らしている人たちもいるということを教えてあげたい。


「王女殿下、全て服を脱いでこちらのガウンを纏って下さい。そして‘温泉’とやらに行くそうです」

「? えっと…。地下から出るお湯をこちらの部屋に運んでは下さらないと?」

「…はい…。どうやらお湯を部屋に運ぶのではなく、こちらからその場所に行くのだとか。わたくし共もあまり把握できておらず…申し訳ございません」


よく分からなかったが全てお任せで、言われた通りに違う場所へ移動し、目の間に広がる大きなお湯にびっくりした。「体を清める」となると、部屋に水が運ばれて布で拭かれるということだったというのに!こんなに沢山のお湯が広い範囲に存在するなんて予想もしていなかった。


「すごいですねえ…。これが地下から出るお湯ですか」


付き添いの侍女たちも唖然としていた。そう言えばリディアはどうしているのだろう?


「リディア様は後で、お一人で入るそうです。王女殿下とご一緒というのは流石にご遠慮致しますと」


考えてみれば当たり前か。王女と一緒だと恐れ多いというのは建前で、実際のところは男だから女と裸の見せ合いはできないと…そんなところだろう。このお湯は今日一日私たちが貸し切っているし、好きな時に入ればいいのだから問題はないでしょうね。


初めて入ったお湯…「温泉」は、とても気持ち良かった!でも侍女がわらわらいるのは嫌だな…。これは一人でのんびり入りたい。



その日はもうリディアと会わないまま寝ることになった。食事の時も会わなかったからどうしたのかと問えば、どうやら温泉のお湯でのぼせて体調が悪くなってしまったらしい。リディアらしくないなと思い、様子を見に行こうと迷った挙句、やめておいた。リディアは男性なのだから、薄着で横たわっている姿を見せるのは抵抗があるだろう。とは言え会いたいな、寂しいなと胸がキュンとなってしまうのだから仕方ない。


「リディアが好き…」


ぽつりとこぼしたセリフは空気の中に消えていく。


他国に嫁ぐことに対しては何とも感じない。私に与えられた役目だから。けれど結婚相手となる人を好きになれるかな…という不安は尽きない。リディアに対してこんな気持ちを抱いているからか、切なさが胸に広がりつつあるのを感じている。




真夜中になり、建物全体がしいんと静まっている。寝付けなかった私は、侍女もいないことだし一人で温泉とやらに向かうことにした。廊下の外には護衛がいるはずだが、お風呂まで付き添われるのは嫌だ。バレないように窓からこっそり出て温泉へ向かう。


いつでも入っていいと宿のご老人が言っていたし、一人でのんびり入りたかったからね。


外に設置された温泉は真っ暗だった。月の光だけが頼りで、しかしそんな光景はすごく神秘的だ。侍女も護衛も付けずに裸でいたら、敵が現れたら一たまりもないな…なんて他人事のように考えていた、その時だった。


キシッ、キシッと足音がして、お湯の中で身を強張らせた。


誰かが来たようだ。私と同じように誰もいないお湯を独占しようとして来たのだろうか。それとも王女の私がいないと探しに来た? じっと動かずに月の光を頼りに湯に入った人物を注視しているとそれは…


「……もしかして…リディア…?」

「!? え…っ! ヴィオ!?」


そう、そこにいたのはリディアだった。体調が悪かったと聞いているが、温泉に浸かって良いのだろうか?


「まさかヴィオがここにいるなんて…!寝ていなかったのですか!?他の者はどうしました!?」

「全員寝ていますよ。護衛も下がらせました。私は一人でのんびり入りたかったので」

「な…なんて無謀な…!せめて入り口前に護衛くらい待機させておくべきです…!ヴィオがいるならば、私は入りませんでしたのに!」


いつになく焦っているリディア。そうだ、ハッと気づいたけれどリディアは男だった!そして私は女…。当たり前だが、私たちはお互いに何も身に付けていない状態、つまり裸だ!これはマズイ…!色々とマズイ!


同じことをリディアも思っているのだろう。温泉の中で固まっているのがよく見える。肩までしっかりと浸かり、身体を私に見せまいとしているのだ。


「…月が…綺麗ね…」

「…………、そう…ですね」


なぜか詰まるリディア。ああもう、会話が続かなくて気まずい。


「リディアも……、誰にも邪魔されたくなくて一人で入りたかったの…?」

「え?…あ…ああ、そうですね…。ええと…そんな、ものでして…」

「………」


何を言っているのだろうか、私は。男であるリディアが私たち女と一緒に裸を見せられるわけがないと言うのに。だからこの時間に入ったのでしょうに。リディアを困らせるつもりはないのに…でもこの状況は流石に私も困った。


その時だ。鼻にツン、とした臭いがした。


これは血のにおいだ。リディアの方から臭う。もしかしてリディアは誰かを殺したのだろうか?それともリディア自身が傷を負ったとか?血を流すためというならば、お湯を使いたいという気持ちはよく分かる。分かるけれど、リディアが怪我をしていないか心配だった。


しかし私がリディアの傍に寄って彼の身体を確かめるわけにはいかない。リディアだって焦るだろう。でも怪我をしていないか心から心配だ。


「……ヴィオ?」


あれこれ考えていたら頭がぼうっとしてきた。目の前がクラクラする。お湯が熱く感じる。


「ヴィオ!!」


リディアの声が聞こえて、彼がこちらに来るのが分かった。が、生憎私の意識はプツッと途切れた。






肌寒さを感じて身を震わせる。目を開ければ、暗闇が目の中に入ってきた。ベッドの中にいることは分かったけれど、何も着ていない。そして部屋を見渡せば、私が泊まっていた部屋ではないことは明白だ。


月明かりに照らされて、窓際に佇む人を見てドキッとした。


「リディア…」


そう、リディアだった。結ばずに垂らした長い髪は濡れている。ドレス姿ではなく、上は白いシャツ一枚、下は黒くて長いズボンを履いていた。そのちぐはぐな恰好は中性的な雰囲気が漂い、美しいという言葉がぴったりだ。


名前を呼ばれたリディアはぴくりと体を小さく反応させ、ゆっくりとベッドに横たわる私を無表情に見つめる。普段見ることのない表情に怯んでしまう。リディアが怒っているのが分かったからだ。


コツ、コツとリディアの足音が部屋に響く。私はベッドから少し起き上がり、毛布で体を覆った。露になった背中に夜の冷たい空気が触れるが、今はそんな事どうでもよかった。


「……具合はどうですか? ヴィオはお湯でのぼせたようですよ」

「……のぼせた…?」

「はい、それで気を失いました。誰も周りにいなかったのですから、私が運ばせて頂きました」


ベッドの横まで来て静かに問うリディアの声は、いつもより低い。


なぜか怒っているリディアと反して、私は大いに慌てる。リディアが怒っている理由が分からない。それにリディアが私をここまで運んだということは…は、裸を見られたということで…!そしてきっとこの人は私の頭や体を拭いてくれたことだろう。恥ずかしい!


「ヴィオ、あなたはもっと警戒心を持つべきです」

「……警戒心…」

「あそこに誰もいなかったらどうします?あなたはお湯の中で死んでいたのかもしれない。それに侍女も護衛も付けずに一人でいるなんて、襲ってくださいと言っているようなものです。私だったから良かったようなものの…。もう少し自覚を持ってください」

「………、ごめんなさい…」

「……はあ…。全く…」


ベッドに腰かけ、溜息をつきながら頭を深く垂れたリディアの姿を見て申し訳なく思った。


そう言えば血の臭いがしたけれど、リディアは怪我をしていないのだろうか。お湯の中で気を失う前の事を思い出し、私はリディアの腕をとった。


「リディア…。あなた、怪我とかしていない?」

「………え?怪我ですか…?」


キョトンとしたリディアから、どうやら私の勘違いだったと分かりホッとした。


「ううん、何でもない。勘違いだったみたいね。血の臭いがしたからてっきり…」


途端にリディアの顔が険しくなった。しまった、これは言わなくてよかったと思ってももう遅い。


「ごめんなさい…!えっと、血の臭いがしたから、怪我したのかなって思っただけなのよ、本当に!それとも返り血かなとか色々想像したけれど…!」

「……なぜそこで返り血になるのです…?」

「………え?」

「女性には女性特有のものがあるでしょう?月に一回の…。女性と血は割と近い関係ですね。それだとは思わずに、怪我とか返り血だと思ったのですか?」

「っ!」


言われてみればそうだ。確かに、女には女の日がある。珍しい事ではない。でもその考えに至らなかった。勿論、リディアが男だと知っている私だから。どうしよう、焦っていらぬことまで口走ってしまった。


「だ、だって…お…お温の中に入っていたのよ!もしそうならば入らないでしょう!?関係ないって証拠じゃない!」

「…だとしても…怪我とか返り血とか、普通はそういう考えにはならないと思いますよ。ご令嬢の発想ではないですね…」

「……それは…」


リディアの方へ体を近づけて腕を伸ばすと、私の手が彼の腰に当たる。しかしカシャン、と硬い何かの音がした。


リディアの冷たい目が私を見る。私もリディアを見ながら無言。そっと彼の腰に手を回し、隠していた「それ」に触れて取り出してみる。


短剣だった。


「………」

「………」


ひやりと悪寒が走る。リディアが隠していた短剣、それに触れた私。いけない物に触れてしまった。


突如体が反転し、私はベッドに沈められる。リディアが上から覆い被さり私を見下ろしていた。その手には先ほどの短剣が握られており、刃が私の喉元に突き立てられている。


「………リディア……」


獲物を逃さないと言わんばかりのリディアの目は、鋭い光を伴って私を射抜く。彼のブロンドの長い髪が、私の顔にかかる。月の光が彼を背後から照らし、顔や体の前側に暗い影が落とされた。


ああやっぱり。リディアは紛れもなく男性で、そして刺客なのだ。私は妙に落ち着いた気持ちで、リディアを見上げた。


男性の下の服 → ズボン だと微妙かなーと思いましたが、ズボン表記にしました。

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