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刺客に恋をした  作者: Aki
1/6

3話程度で完結予定です。お付き合い頂けたら嬉しいです。


外国からいらしたリディア・マクナイト侯爵令嬢を見た時、あ、これは男だなってピンっと来た。




***


ヴァイオレット・スウィングラー、ウィンチェット国の王の末の子で、唯一の娘。


身体が弱く、十五歳になるまで療養で田舎の屋敷で育った、世間知らずのお姫様。愛人の子だった故に、王がその存在を隠していた。それが私の肩書。


でもこれは全て嘘だ。そもそもウィンチェット国王に娘はいない。生れて来た七人の子供は全員男で、そのうち五人は既にお亡くなりになっている。病気とか戦、理由は様々だが、そんなわけで王の実子で残っているのはあと二人だ。



生き残った一人は王太子だが、可哀想なセオドア王太子は長いこと病気を患っており、最早歩く事も叶わない。だからもう一人のアーレント王子は完全にスペアと言っていい存在だが、この王子は気弱な性格で王の器ではない。


故に王は焦った。二人の王子がもし駄目になった時の為に、あれこれ手を打つことにしたのだ。



田舎の孤児院で育った身寄りのない子供 ―つまり私― を強引に連れて来て、「お前は今日からこの国の王女だ。全ての教養を急いで身につけよ。いずれ他国に嫁ぐ時のために」と命令してきたのにはそういう背景があった。



もしセオドア王太子がお亡くなりになり、気弱なアーレント王子が王になった時、他国に攻め込まれないようにしたい…王はその為に、私を王女に仕立て上げて、「婚姻」で国の守りを強化しようと目論んだ。





私の本当の名は「ヴァイオレット・スウィングラー」なんて大層な名ではない。もっと短く、ありふれた名前だ。


しかし十三歳の時に王宮に連れて来られた時にその名は捨てた。私はそれからみっちり二年間、厳しい王女教育を仕込まれた。




王女なんてものは全く楽しくない。寝る処と食事を与えられるのだけは有り難いが、それ以外は窮屈で退屈で常に見張られて、まるで綺麗な牢獄にいる感覚だ。勉強は嫌いではなかったが、一々試され、一々他人に披露しなければならないのもこれまた面倒だ。


王女となった私に周りの者達は頭を下げる。しかし「王女」だから親切にしてくれるのであって、あの孤児院にいた頃の私のままだったならば、確実に見下す対象だろう。話してみて分かったが、彼等はプライドも高く身分の低い者たちを蔑み排除する傾向があった。広く白く美しい王宮は、孤児院並みに冷たく嫌な場所だ。


血の繋がりもない私を王女にするなんて大胆すぎる計画は、王と息子の王子達それと信頼できる宰相ら数名しか知らない。だから私に対して不信感を持つ者はいなかった。





孤児院での暮らしは過酷で、女たちはたびたび男たちの遊び道具になることがあった。だからこそ私は常に男装をしていたが、なぜか宰相らには女だとバレてしまった。

 

本男の格好をしていた私のことをよく女だと気づいたと、その時は本当に感心したものだ。宰相らにとっては、女の私が男の格好をしていたという事実は実に都合が良かったのだろう。王女が孤児であったなどということは絶対にバレてはいけないのだから。




王は国の為に色々と手を打っているようだけれど、正直に言えば私にとってこの国がどうなろうとも関係ない。


孤児院で虐待されて怯える毎日を送っていた私は、この国の名前すら知らなかった。どうせこの国が滅びてもすぐに新しい国ができるだろう。王が変わっても、庶民の生活が劇的に変わるかと問われればそうでもないのだから。結局、王や貴族達は自分達の身が一番可愛いんだ。






さてさてそんな私は十六歳になった夜会で、あるご令嬢と知り合った。



リディア・マクナイト侯爵令嬢、十七歳。輝くブロンドの髪、茶色の瞳、すらりと伸びた手足、そして美しい顔立ち。これこそ「ご令嬢」と呼ぶに相応しい隣の国の女性。王族に頭を下げるその仕草も美しく、この時はセオドア王太子もアーレント王子も目を丸くさせていた。


けれど私には分かった。


(あれ……。このご令嬢……‘男の人’だな……)


その会場で気付いたのは私だけだと胸を張って言える。リディア嬢の作法も振る舞いも全て完璧だったし、第一あの美しさだから誰も彼女が男だとは思わないだろう。


何故私が分かったかって言えば、例の孤児院でのかつての経験故だ。私も同じように男装していたからね。孤児院にいる女は力も弱いし大して役に立たない。できるのはせいぜい身体を使って男を悦ばせるだけ、それでも使えなかったら捨ててしまえ…という風習があったから、私は十三歳まで必死で女であることを隠していた。


私以外にも男装をして女であることを隠している子が数名いたし、彼女達も女とバレないように必死だった。


だからかな?「何となく」という感覚でしかないけれど、リディア嬢が男性だというのはすぐに分かった。


侯爵令嬢に化けてこの国の夜会に乗り込んで来るなんて、目的は暗殺か偵察、情報集め…そこら辺でしょうね。スカートの中に武器を隠している可能性も考えられるけれど、いきなり襲って来ることはしないと思う。



しかし堂々と女装して乗り込んで来るあたり、只者ではなさそうだ。


このリディアと名乗った男の目的が何なのか一体分からないけれど、良からぬことなのは想像に難くない。王かそれとも二人の王子の暗殺か?それとも私の出自を疑って調査に入ったとか?私じゃなくても、王宮の現状を把握しておきたいという他国の思惑なのかもしれない。


でもそんなものはどうでも良かった。さっきも言ったが、私はこの国が存続しようが滅びようが別にどちらでもいい。愛国心なんてものは持ち合わせていないし、十六歳になるまで碌なことがなかった人生だ。生まれ変わったら、是非別の世界で別の国で楽しみたい。


とは言え、私は完全にリディアを放っておく事はしなかった。彼女いや彼は私の興味対象となったのだから。


「わたくし、ヴァイオレットと申します。マクナイト侯爵令嬢…仲良くして下さると嬉しいですわ」

「…!存じ上げております。王女殿下」


私のところに挨拶に来る貴族達がようやくいなくなると、優雅な早足でリディアに近づきニッコリ笑った。勿論私が近付いて来るなんて予想もしていなかったリディアは驚いていた。ドレスを両手で持ち上げ、深く頭を下げた。


「先程、マクナイト侯爵令嬢を見た時びっくりしましたのよ!なんて綺麗なご令嬢かしらって!それに、わたくしと歳も近いでしょう?もし良かったら、本当に仲良くして下さらない?」


王女の「仲良くして下さい」は「仲良くしなさいよね」と言っているのと等しい。分かっていてそれを利用させてもらった。このリディアという男、色々と面白そうだし。


密偵か刺客ってところなんでしょうけれど、それを暴くのも楽しそうかも。この国の行く末なんてどうでもいいけれど、目の前の美しい女装の男の秘密を暴くのはアリね。後々考えれば、なかなか自分もいい性格をしているわ…と反省もしたが、この時の私は本当に久しぶりにウキウキした。孤児院の院長の目を盗んでパンを食べていた時のようにワクワクとゾクゾクが止まらない。







「ヴィオ!どちらに行くのですか!」

「こっち、こっち!リディアもいらっしゃい!」


それから約半年後。私達は王から与えられた小さな離宮で、よくおしゃべりしたり遊んだりしている。


この離宮はかつての王妃が王宮とは別に、静かに暮らしたいと願ったことで建設されたとか。その王妃が亡くなると誰も使わなくなり、あとは朽ちるだけだが勿体ないと使用人がぽつりと洩らし、それを聞き逃さなかった私は時々離宮を使わせてほしいと宰相に頼み込んだ。私を王女にする計画に多少なりとも罪悪感を覚えていた宰相は、割とあっさり許可を下さり、こうして気分転換に使わせてもらっているということだ。


リディアが男だということを抜きにすれば、私の一番のお友達はリディアになったと言える。


「ヴィオ」と呼んでくれるようになったのはつい最近だけれど、「そんな風には呼べませんわ!」と強く断っていた最初の頃のリディアに比べたら大進歩というもの!


「お友達がいなくて寂しいの。だからまた来てね」


その文句を使って私の元に来るようにお願い(命令)をすると、困ったような顔をする。が、「分かりました」と言って笑顔になってくれるから、演技だったとしても嬉しくなる。


そう、リディアは女として演技をしていたということは分かっている。私と仲がいいフリをするのも、私から王宮の情報を手に入れたいが為だろう。それでも良かった。リディアが傍にいてくれるならば。リディアだけが私と対等に会話をしてくれて、遠慮なんてしないから。リディアにとっては迷惑でしょうけれど。


リディアはきっと「刺客」だと思う。


普段手袋をしているから分からないが、手を繋いだ時に手のひらがゴツゴツして硬かったのを覚えている。故に、剣を握っていると思う。


加えてここ半年の間で、貴族達が何者かに殺されるという事件が起きていた。殺された貴族達の事を私は全く知らない。ただ聞いた話によると、以前から良からぬ噂が多かった者達だそうで。


リディアか、もしくはリディアの仲間がやったんじゃないかって。そう思ったこともあった。当たり前だがそんな事は確かめようがないし、確かめるつもりもない。薄情と言われるとは思うが、国とか貴族に愛着も尊敬もない私にとって、「ああそう」程度の出来事だった。


リディアが怖くはなかった…というわけではない。殺しをやったのがリディアかもしれないと思った時の夜は震えたよ。


でもリディアと会えばそんな気持ちが吹っ飛び、なぜ私はリディアを恐れていたのだろうかなんて気持ちにすらなった。私の予想以上に、私はリディアに心を許していた証拠だろう。





他愛のない会話は何よりも楽しい時間だった。湖のほとりで、二人で座ってのんびりとする。リディアにぴったりくっついて、リディアを苦笑させた。


「ねえねえ、リディアって、剣とか使える!?」

「な…何ですか、突然」


一瞬怯んだリディアに、少しだけ優越感を覚える。もしかしたらリディアは今、内心で焦っているのかもしれない。でも私は敢えて知らんぷりで話を続ける。


「わたくし、剣とか使えたらいいなって時々思うの!リディアって女性にしては背も高いし、剣とか習ったらすぐに上手くなるのではなくて?」

「……ヴィオの話は本当に突拍子もないですね…。何故いきなりそんな話になるのですか…。第一、あなたには近衛隊がいて、常に守ってくれているでしょう?今だって私達の後ろできちんと護衛してくれているじゃないですか。ヴィオに剣は必要ないですよ」

「あら、でも女性も剣が使えたらかっこいいと思うのよ!わたくし、強い女性に憧れるわ!それにね…」


リディアの耳元でコッソリ。


「護衛の方々って、いつも後ろに立っているから嫌なのよ。そりゃわたくしを守るのが仕事だから当たり前でしょうけれど…。わたくし、背後に誰かに立たれるのが本当に嫌なのよ。だからわたくしが剣を使えるようになれば、あの人達を解雇してやるって思っているの」


孤児院では、背後から誰かに悪戯されたりぶたれたりすることも多かった。だから慣れない。


リディアは私の話を聞いて思いっきり噴き出した。


「ふふふ…何ですか、それは!ヴィオの発想はいつでもよく分からない…!」

「あ…笑ったわね…酷い。わたくしは本気でしてよ!」

「こんな細い腕のお姫様が、どうやって剣を振ると言うのですか」


からかうように、リディアは私の肩から腕を手でもむ。筋肉が付いてませんよ、と言って笑って。


私はむう、と頬を膨らませながら立ち上がって、剣を振る真似をした。


「突いてはらって、また突いて!わたくしだって練習すればできるかもしれないでしょう?」

「無理です。無理。ヴィオには絶対無理。賭けてもいいです」

「まあ酷い!リディアはもうちょっとわたくしの話を真剣に…っ……と……!」

「!? ヴィオ!」


剣を振りまわす真似をしていたら足がもつれた。ドレスが足に絡み、私はそのまま湖の中でドボン!となる。慌ててこちらに来る近衛隊が目の端で見えた。


しかし湖に落ちたのは私だけではなかった。リディアも一緒だった。リディアは落ちそうになった私の腕を引っ張ってくれたのだが、遅かったということだ。二人揃って湖に落ちて濡れてしまった。


「ヴィオ…!大丈夫ですか!?」


湖は浅いから至って問題はない。けれど焦りまくっているリディアが、普段見られない表情をしていたので思わず笑ってしまった。


「あは…あはははは!リディア…!そんな顔して…あはは」

「何が可笑しいんですか!全く…あなたという人はっ!少し気をつけて行動しなさいといつも言っていますよね!?」


二人で湖の中で座りこんでこんな事を言い合う。近衛達がオロオロするのも面白すぎて、私はしばらくその場で笑い転げていた。王女になってからこんな事はしたことがない。いつも決まった事を淡々とこなすだけだもの、こんな予想外の事なんて滅多に起こらない!


「もう…ヴィオは王女らしくないですよ…本当に…。あなたと友達になってから、何度冷や冷やしたことか」

「あら、そんなに?」

「そんなに、です!思った事はすぐに口に出す、ヒールを履いているのに走る、読書をしていたと思ったらソファーの上でごろりと横になって寝ている!もう…頭が痛いです」

「……言われてみると、そうね…。リディアの言う通り、わたくしは王女らしからぬ事をしていたのね…」


普通の王女は確かにそんなことはしないわね。これは反省しないと!王女ではないと知られたら大変だもの!


「はあ…まあ…、そんなヴィオといると、飽きませんけれどね…。これでも私も楽しませてもらっていますよ、王女様。これからも私を楽しませて下さいね」


水に濡れているせいか、リディアはいつも以上に美しく見えた。それに加えて今の台詞はもはや「女性」には思えなかった。リディアが隠している「男」が出て来た瞬間だった。


分かってしまったら、何だか恥ずかしくなったわけで…。ドキドキ高鳴る心臓の音が聞かれてしまいそう…!


「リディアは…とても綺麗ね…」

「は?ああ…それはありがとうございます……」

「……私、リディアが好きよ。私の一番の女友達として…。ううん、それ以上かも」

「………」


この気持ちは駄目だ。蓋をしないと駄目な気持ちだ。リディアが本当は男だとは言え、私はそれを知らないということになっている。それに彼は何かをするために王宮に出入りしている。きっと彼は「刺客」だ。夜の闇に紛れて、剣を振る人物に違いない。私にとっても、良くない人物のはずなのに。


ただの興味対象だったはずなのに。退屈しのぎのつもりだったのに。


でも話せば楽しかった。一緒にいれば心から笑う事ができた。リディアと一緒だったから、私は楽しい時間を過ごすことができた。リディアに惹かれてしまうのは必然だったのかもしれない。


(この気持ちは…女友達に対してよ…。異性としての好きではないのよ…。でも…でも…)


‘愛おしい’


今だけだから。今、この時だけリディアを男としてみたかった。ずるいって分かっていても、愛おしいと思った気持ちは膨れ上がって止めようもなかった。


私はリディアにそっと抱きついて背中に腕を回した。途端に身体を凍らせるリディアだったが、それに気付かないふりをした。


(ああ…背中が広い。華奢に見えるけれど、やっぱり骨格が違うんだ…)


「リディア…私を助けようとしてくれてありがとう。まるで私を守ってくれる騎士みたいだったわ。リディアが男の人だったら、きっと私、絶対好きになっているわ」

「………ヴィオ……」

「好きよ、リディア。私が嫁ぐその日まで、どうか仲良くしてね…」


そう、いずれ私はここからいなくなる。どこかに嫁ぐから。最初からそれが目的で私は王女となったのだから。


だから貴方を想うのは、今この瞬間だけ。立場も違うし、そもそも貴方は本来私の味方ではないしね…。分かっているけれど、今はどうか私の思うままにさせて欲しい。


リディアは何も言わなかった。彼が何を考えているのか、どんな表情をしているのか。彼に抱きついていた私が知る由もない。





女装の刺客(密偵/スパイ)→シュヴァリエ・デオン(デオン・ド・ボーモン)をモデルにさせてもらうという…!笑

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