STAGE 0-3 二度目も三度目も変わらねぇ
テスト版ともいえる無料ダウンロードで配布したα版の掴みは上々、マスターアップ前からの期待値は半端無い!
このまま行けば成功間違いなし! なんだが、俺様は少々細かくてな。
このこだわりは役立たずな部下共の多くには理解できないらしく、どこかで手を抜かれていると思っている。
つまり俺様は一部を除き、部下共を信用していない。
俺様は最高! 他のスタッフは俺様の奴隷! 奴隷は俺様の言うことさえ聴いていればいい!
だと言うのに、いちいち口答えする奴が居るのは何故だ?
他のクリエイターの下で働いていただか何だか知らないが、物知り顔でいちいち口を挟んでくる。
最初のうちは鬱陶しいだけだったが、あまりに偉そうだったので作品中の一つのイベントを丸々作らせてみた。
そしたらまぁ出来ないわ出来ないわ、手直しどころか1から作り直す羽目になった。
それ以来そいつはおとなしくなり、ただ俺様の機嫌の悪い時に蹴られる、という役割が与えられた。
ただ黙って俺様についてきてさえいれば何の心配も無く、成功も金も手に入ると言うのに何故それができないのか。
今日も特に理由もなく蹴り飛ばしてきたので、これから気分良くわずかに残った作業の続きを開始できるっと……
どんっ、ざくっ
……腰に鈍痛……まだ電源の入ってないグレアパネルのモニター越しに見えたのは……さっきの役立たず? 何でナイフなんか……血? え?
やべ……意識が……手足が冷たく……なんだこれ……おい……おまえ……せつめいし……ろ……
あ? ……役立たずが……何か……叫びながら……飛び出していく……はぁ……くそ……あいつ……クビ……
てか……仕上げ……電源……電源……っと……はぁ……おれさま……のげー……む……
………
……
…
「……あー……あれが原因なのか?」
俺様は今、仕事場で刺された後に意識を失ったことを思い出していた。
普通に考えれば殺された……ってことなんだろうか。
そうなると異世界転移なのか転生なのか? はたまた死ぬ前に未練に思ってた世界に魂が囚われた? どちらなのか、正直良く分からない。
……良く分からないんだが。
「…………」「「…………」」
血まみれになったベッドから別の部屋に移され、清潔なベッドに寝かされた俺の前では土下座している二人の人物が……。
一人は俺を殺す寸前だったギルド長ニルドル、そしてもう一人はその娘ニニンの二人。
ああ、クソ門番なら任務を放棄出来ないとか言ってさっさと逃げて行った。
俺も今現在、追加のダメージのせいでしばらく動けないから、あのクソ門番、今頃せっせと証拠隠滅を図っているんだろうなぁ。
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまったが、それが自分達に向けられているものだと思ったのか、ニニンの体がビクッと跳ねる。
「あ、あのあのっ! ……どうしたら許して頂けるでしょうか……」
二人が下手に出るのも無理はない。
ならず者をまとめ上げる側面を持つギルドの長が、むしろならず者の如く、人一人を殺しかけていたのだから、その醜聞が本部に知れればどんな処分が下されるか知れたものでは無い。
ここは“始まりの村”と呼ばれるような、駆け出しが送り込まれる(と言う設定の)辺境ではあるが、その分手当ても厚かったりする。
なんせある程度の自治が認められているので、極々小さな国と言い換えられる程である。
「そうだなぁ……ニニンちゃんが俺様の言う事を日がな一日何でも聞く……」
ガバァ!
「……ってのは冗談だ、殺されたくないからな」
ギルド長ニルドルが『もうコロス!』とばかりに飛び起きたのを見て意見を引っ込める。
「お父さん!」
娘に怒鳴られ、しおしおと縮こまって座るが、その目は『殺す殺す殺す……』と呪詛の様に殺気が渦巻いているのが見て取れる。
正直おっかないなんてもんじゃない……。
で、ニニンの方を見る。
先程俺様が殺されかけた時『止めないと嫌いになるからねっっ!』って大砲でニルドルのハートを砕き、俺様を救ってくれた命の恩人だ。
……いや本当に命の恩人だと思う、あれは殆ど死んでた。
その後死にかけている俺に、ギルド所有の貴重な回復薬で文字通り命を救ってくれたのだ。
ちなみにこの子はうちのトップデザイナーの肝入りで、特に入念に造り込まれたキャラである。
ふむ……確かに……可愛いな。
俺様もちょくちょく口を挟んだが、それ以上の仕上がりになっている。
もう後4年もすればもっと色々育って……(ゾクッ)……急な寒気に、見たくないけどニルドルの方を……ってぎゃー!
目から『ぶっころぶっころ……』とレベルの上がった殺意が漏れ出て来てるぅー!?
慌てて二人から目を離して、現実的なことを考える……怖いからじゃないからな! 明確な死期が予測できるだけなんだからねっ!
……とはいえ二人から何を融通して貰えば一番良いのか。
ふむ……。
……。
……。
……よし。
「ここはギルドだよな?」
「そうです」
「他所からやってきた人間はここで寝泊まり出来るんだよな?」
「暫くの間はそうですね」
「新人には装備も貸し与えらるよな?」
「その通りです」
「では俺様にはそれらの期限を適用外とした上で費用もただにする、ってのはどうだ?」
ニニンがニルドルを見やると、ニルドルの目からは若干殺気が薄れるも、嫌そうな顔で眉間にしわを寄せて考え込む。
新人には装備が貸し与えられるが、ただと言うわけにはいかない。
いずれ任務報酬から天引きされていくことになる。
また、寝泊まりや食事についても同じことが言えるのだが、俺様はこれ等全てをケチろうって魂胆なわけよ。
新人育成の助成金も出ているため新人相手には安価ではあるのだが、普通に利用すると普通の宿並みには金が掛かる。
……実はここら辺は裏設定なんだが、彼らの反応を見る限りその設定は生きているように見える。
で、今ニルドルはきっと色々なものを天秤にかけているのだろう、凄い顔で物凄く悩んでいる。
ここはもう一押しする必要がありそうだな。
「1週間に最低一つは任務を受けてやる……それでどうだ?」
「お父さん!」
「ううむ……仕方が無い、それで手を打とう」
「おい……手を打とうってのは俺様のセリフだからな?」
ぎっ! と睨むも、ギロンヌ! と睨み返され、ふいっと目を逸らす。
「お父さん……?」
「う……あー……まぁ……なんだ……すまんかった」
「お、おう……じゃ、よろしくな」
差し出された手を握ると、ぎぅううぅうう、折れそうな位力込めてきやがった。
「分かっているとは思うが、娘に手を出すんじゃねえぞ」
「わ、分かってる分かってる、手なんて出さん」
目と目で通じ……合いたくないなー……いや、信じてもらわんと早々に詰みそうだな。
それなんてクソg……俺様はそんなもん作らねえわ! おっと思考が脱線した。
気を取り直してニルドルの目をじっと見る……すっげー嫌だなー。
「……良いだろう。
ただし娘に手を出したら今度は何があろうとぶっ殺す」
「うっ……お、俺様ももう少し育ってる方が好みだからな」
「……本当だろうな?」
こえー……超こえー……。
裏設定のはずなのに現実になってしまったなら、こうも殺気じみて凄まれるものなのか……?
「……誓って」
「……よし」
どうやら交渉成立の様だ。
ニニンは『もう少し育ってる方が』の部分で表情が抜け落ちている。
……後で味方になってくれなかったりしたら怖いので、フォローはしておこう。
………
……
…
困った……実に困った。
ニニンに誤解を解いてもらおうと話しかけようとするたび、ニルドルの気配、いや殺気が感じられて近づけない。
飯時位は話しかける隙があるだろう……等とのんきに考えていた時代が俺様にもありました。
「はーい、お代わり自由ですよー」
「…………」「…………」
ニニンを前に、俺様と熊公が仲良く隣の席に座る。
何の拷問だこれは?
しかも俺様、熊公の右側と来た。
何かあっても一瞬でくびり殺されてしまうな。
「あー、俺様まだちょっと右腕が痛いから左で食べるつもりだけど、腕が当たりそうだから場所変わってもらえるか?」
「おう、難儀だな、構わんぞ。
俺も右腕が振りかぶれる方が好ましいからな」
「……いや、やっぱり右手は何とか使えそうだから忘れてくれ」
「そうかい」
「もう、お父さんてば。
何で振りかぶる必要があるのよ?」
「色々とな……」
「…………」
覚えてろ……熊公!
………
……
…
熊公のせいで楽しい食卓とは行かなかったがそこそこ美味かった。
ここでニニンは良い嫁さんになるとか思ったら熊公が飛んでくるだろうから心にしまう。
さて、飯も済んで風呂も入ったし、後は寝るだけだな。
この町は火山帯の近くと言う立地のお陰で温泉が湧く。
まぁぶっちゃけ、日本人である俺様の作るゲームに、風呂に入る習慣が無い理由が無い。
トイレや下水だって整備されてるぞ。
もっと大きな都市になればウォシュレットもな! ……魔法で実現してると言うちっとばかし苦しい言い訳だが。
それにしても俺様の本体は生きてるのだろうか?
本体って言い方もおかしいんだけど、今の俺様の状況が分からない。
魂がゲームの中に閉じ込められた状態なのか、それとも俺様の作った世界の中に転生しちまったのか、さっぱりだ。
もっと気掛かりな事もあるんだけど……まぁそれはおいおい考えていくとしよう。
今日は2度も死に掛けたし、命の磨り減る思いをずっと感じてたからとことん疲れた。
ちゃっちゃと寝……る前にトイレトイレ。
ガチャ
「ん?」「あ、カルマさん」
俺は自分の事を、付けられ損ねたキラキラな方を名乗った。
そもそも“かまる”にしたって、他人にそう呼ばせた事は無いから慣れないしな。
「ニニンもトイレか?」
「ち、違いますぅ! 見回りですぅ!」
「っつっても、今俺様しか利用して無いだろうが?」
「それでも戸締りはきちんと確認するんですよ?」
「そういうもんか……ん? 何抱えてるんだ?」
「え? あ……」
ニニンはしまった、と言う顔をして抱えてたものを後ろに隠す。
ぬいぐるみだな。
あれは猫? ……と言う事はタマか。
「ふっふっふ、流石に夜の身回りは怖いと見える。
タマを抱きしめながら見回りとは微笑ましいな」
「やだも……え?」
「……え?」
「な、何でタマの名前知ってるのぉ!?」
なんとっ!? あっ! これやべえ! 死亡フラグだ!!!
「あいや、違くて……」
「どぉしてぇ!?」
「ニニンッッ!! どぉおおしたあぁぁあああ!!!」
ギャー!!! 死神が!!! 重戦車を模した死神があああ!!!
「いやっ! 俺っ様の! 故郷では! 猫にはタマって名前を付けるのが一般てぎゃぼらべっっ!!!」
……あーこれ死んだかも……もう既に感覚がな…………