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第52話 【ヒーロー】対決



『な、な、な……何と……。試合にまさかの乱入者・・・が! ぜ、前代未聞の事態です! こ、これは明らかに反則……失格行為だ! あ、あり得ない事が起きてしまったぁぁっ!!』




 アナウンスの動揺した声に被さるように、観客達の怒声、悲鳴、歓声が沸き起こる。それらをBGMにしながら2人の強者がアリーナで睨み合う。



「サイラス、てめぇ……。こりゃどういう了見だ? 自分が何をしでかしたか解ってんのか?」



 ラウロが火を噴かんばかりの形相でサイラスをねめつける。その手には既に十文字槍が握られ臨戦態勢である。一方のサイラスも長剣を油断なく構えながら肩を竦める。


「お前に言われるまでもなく解ってるさ。お前がカサンドラをどんな目で見てるかは最初から気付いていた。試合にかこつけて必ず彼女を暴行しようとするだろう事もな。生憎だがお前のような下衆にこれ以上彼女を傷つけさせはせん」


「……その女の為に、築き上げてきた全てを失う気かよ?」


「失うのではなく、捨てるのだ。彼女には……それだけの価値がある」


 サイラスは何の躊躇いもなく首肯した。私は思わず息を呑み涙ぐんでいた。


「……サ、サイラス……」


「カサンドラ、怖い思いをさせて済まなかった。今、この下衆にその報いを受けさせるから、少し下がっていてくれ」


「……! あ、は、はい……」


 私は未だに目の前の状況が信じられないながら、半ば条件反射でその言葉に従って身を遠ざけた。


「てめぇ……上等だ」


 サイラスの明確な意思表示を受け、ラウロの顔から表情が消える。その時、青と赤の両方の門が開き、大勢の衛兵がアリーナに雪崩れ込んできた。


 特に試合形式で定められていない限り、剣闘試合において途中乱入は厳禁だ。それを侵せば重罪、場合によってはその場で死罪もあり得る。


 衛兵達は皆槍を構えたり抜剣したりしている。もしサイラスが抵抗すればその場での処刑も辞さない勢いだ。私は思わず主賓席を見上げた。シグルドは厳しい表情で腕を組んでこちらを睥睨している。衛兵の突入はシグルドの指示か。だが……




「――手ぇ出すんじゃねぇっ!!! こいつは俺が殺る!! 俺の獲物だぁっ!!」




 ラウロが巨大な槍を振り回して衛兵達を大喝一声する。


「「「……ッ!!」」」


 その鬼気迫る勢いに衛兵達の足が止まる。2人の【ヒーロー】を囲むような形で散開した衛兵達が、当惑したように主であるシグルドを見上げる。


 果たしてシグルドは、衛兵達に手振りで『散れ』という指示を出した。それはつまり……



『お、お……おぉーー!! ま、ま、まさかの、【ヒーロー】ランク同士の対決が決まってしまったぁぁっ!!! し、信じられない! 皆が夢見た世紀の一戦が、このような形で実現する事になろうとはぁぁぁぁっ!!!!』



 ―ワアァァァァァァァッ!!!!



 アリーナを揺るがすような大歓声が沸き起こる。


 上位の剣闘士程、互いに対戦する機会は少なくなっていく。人気も実力もある剣闘士を損耗する可能性を厭うての事だ。ましてや【ヒーロー】ランクともなると、お互い同士が本気で殺し合う事はまずあり得ず、彼等の相手は専ら下位の剣闘士複数か、先日の試合のような魔物相手が常であった。


 だから剣闘好きの民衆達の間では常にその議論が熱く交わされる事になる。即ち……【ヒーロー】同士が戦ったらどうなるのか、という議論だ。


 サイラス対ラウロなら? サイラス対ハオランなら? もしくはラウロ対ハオランなら? 


 このフォラビアにある殆どの酒場では、それぞれの戦闘スタイルや相性なども考慮に入れての仮想試合の議論が毎回のように白熱して、時にそれぞれのファンによる乱闘にまで発展する事があるのだとか。


 だが基本的に【ヒーロー】同士の試合はまず組まれる事がなく、また市民達にしても夢は夢のままでいて欲しいという思いがあるのか、その試合が組まれない事に不満を抱く者もおらずに今日まで来たのであった。



 ……今日、この時までは。



「へ、へ……。てめぇは前々から気に入らなかったんだよ。いつも取り澄まして、まるで自分が貴族かなにかのように振舞ってやがってよ。折角他の奴等を見下せる強さがあるってのに、紳士だかなんだか知らねぇが虫唾が走るぜ」


「奇遇だな。私もいい加減お前の短慮と野蛮さにはうんざりしていたんだ。いかに剣闘士とは言え、人としての最低限の節度は保つべきというのが私の持論だ。そしてお前にはそれが無かった」


 互いに相手を貶めながら油断なく間合いを図る2人の戦士。私は勿論、周囲を遠巻きに囲む衛兵、そして観客達でさえ、今や歓声を忘れて見入っている。


 皆が固唾を飲んで見守る中、ジリジリと間合いを詰めながら互いの隙を窺う2人。その均衡が崩れたのは、衛兵の1人が掲げていた槍を維持しているのが面倒になって地面に降ろした時だった。


 カツンッという僅かな音……



 それが2人の最精鋭剣闘士の戦闘開始の合図となった。



「――っらあぁぁぁっ!!!」


 先に動いたのはラウロだった。裂帛の気合と共に踏み込み、そしてその手に持つ巨大な槍が消えた……少なくとも私には消えたように見えた。他のギャラリーにとっても同様だろう。


 私と戦った時とは比較にならない程の、ラウロの本気による神速一閃突きだ。


「ふっ!!」


 しかし何とサイラスはその突きを最小限の身体の動きだけで躱した。しかしラウロもさる者、渾身の突きを躱されたというのに微塵も体勢を崩す事無く即座に槍を引き戻し、再びの突き。


「――おおぉぉぉぉっ!!」


 私の目にはまるで槍が分裂したかのように見える程の馬鹿げた速度で連続突きを放つラウロ。サイラスもまた驚異的な身のこなしでその槍を躱し続けるが、流石に完全には躱しきれないらしく、徐々に鎧や兜に掠るようになる。


 ラウロの剛槍をまともに受けたら、一撃で勝負が決まってしまう可能性もある。そんな死の連弾を高速で受けながらも、サイラスは冷静さを崩す事無く、まるで何かを見極めるように攻撃を躱し続ける。そして……


「……!」


 初めてサイラスが前に出た。ラウロの連続突きのほんの僅かな間隙を縫うようにして、流れるような動作で接近。ラウロの重装鎧の隙間を狙って、長剣が死の軌跡を描く。


「……ちっ!」


 ラウロはその図体からは想像もできない程の素早さで後ろに飛び退る。そのまま槍を薙ぎ払ってサイラスを牽制する。サイラスの動きが一旦止まり、両者仕切り直しの状態となる。



「サイラス……てめぇ」


 その顔を憎悪に歪めて唸るラウロ。見ると、奴の鎧の隙間から血が滴っている。サイラスの一撃が届いたのだ!


「どうした、ラウロ? 普段から醜い貌が更にどす黒く染まって見るに堪えない事になっているぞ?」


 サイラスも身体のあちこちに掠り傷を作っていたが、未だ深い傷は受けていない。殊更に取り澄ました顔でラウロを挑発する。


「ぬかせっ!!」


 ラウロは長い柄を回転させながら、目にも留まらぬ勢いで十文字槍を振り回す。ルーベンスの『大車輪』にも劣らぬ……いや、それ以上の速度と勢いで、巨大な十字の穂先が肉眼では見えない程だ!



「おおぉぉりゃあっ!!」



 叫び声と共に、ラウロが槍を高速旋回させたまま突っ込んでくる。あの回転速度を維持したままこれほど動けるとは。それでいて目にも留まらぬ速度で旋回する槍はあらゆる物を巻き込み挽肉に変える死の弾幕だ。


 話には聞いていたが、これがラウロの得意技、通称『挽肉工場フレッシュミート』だ! 


 今までに数えきれない程の魔物や剣闘士達を文字通りズタボロの挽肉に変えてきた恐怖の技だ。アレに巻き込まれたら一溜まりもない。


 遠巻きに囲んでいたはずの衛兵達が悲鳴を上げて逃げ散る。反対に観客席は更なるボルテージに包まれた。


 サイラスだって一旦は逃げて距離を取るしかない……私を含めて誰もがそう思った。


「……ッ!?」


 だがサイラスは逃げずに、それどころか自分から前に出てラウロに向かっていった。自分から『挽肉工場』に飛び込んだのだ! 誰が見ても狂気の沙汰であった。観客席の一部から悲鳴が上がる。私も心臓が止まるような衝撃に、口から悲鳴が迸りかける。


「はっ! 馬鹿がぁっ!!」


 向かってくるサイラスを見て、ラウロがその貌を凶悪に歪める。巨大な十文字槍だけあって『挽肉工場』はラウロの足元、地面スレスレまでをカバーしている。死角はない。……はずだった。


 サイラスはお構いなしに引き絞った長剣を一気に突き出す! 長剣と十文字槍が衝突する。そして……


「いぎゃあっ!?」


 無様な悲鳴を上げて怯んだのは……ラウロの方であった。見るといつの間にか『挽肉工場』の旋回が止まっていた。そこには、両手の指から(・・・・・)血を流して、激痛に呻くラウロの姿があった。


「サ、サイラス……一体……?」


 何が起きたのか解らず、私は思わず呆然と呟いた。サイラスはラウロから視線は外さずに肩を竦めた。


「確かに高速で旋回する穂先・・は脅威だ。だがその回転を生み出す為の力点・・は動かない。そうだろう?」


「……!!」


 つまり槍を旋回させている中心の手元・・を狙ったという事か……。確かに理論上・・・はその通りではあるのだが……あの槍の穂先が見えないくらいの剛速で旋回する凶器の中心部に躊躇いなく飛び込むなど、常人には到底不可能だ。


 私は驚きを通り越して半ば呆れてしまっていた。同じ【ヒーロー】ランクの剣闘士だからこそ可能な離れ業だ。


「うがが……サイラスゥゥ……!!」


「ラウロよ……勝負ありだな。これが同じランクの者との対戦を想定せずに現状に甘んじていたお前と、常にマティアスやシグルド様を目指して修練を積み重ねてきた私との差だ」


「……ッ!!」


「負けを認めて潔く引け。そうすれば命は助かるぞ」


 確かに命は助かる。だがそれは同時にラウロの剣闘士生命の終わりも意味している。それが解っているのだろう。その浅黒い顔に大量の青筋が浮かび、双眸が憤怒に燃え上がる。


「サイラス……てめぇはいつもそうだ。そうやって取り澄まして相手を見下して……。俺はてめぇのそういう所が気に食わなかったんだよぉぉぉっ!!!」


「……!」


 ラウロが取り落としていた槍を再び持ち上げる。だが両手の指を切り裂かれていては満足に握る事も出来ないはずだ。ラウロはまるで腕ごと抱え込むような体勢で槍を強引に握ると、穂先をサイラスに向け自分の身体ごと突進してきた。


 それはあらゆる能動防御を放棄した、文字通り捨て身の攻撃だ。サイラスの目が一瞬驚愕に見開かれるが、身体は反射的に反応し、長剣を閃かせていた。


「――しゃああぁぁぁっ!!!」

「……ちぃっ!」


 2人の身体が交錯しすれ違う。私も衛兵達も観客も……皆が固唾を飲んで見守る中、ラウロの首筋から血が噴水のように噴き出し、その巨体が槍ごとドウッ……と横倒しになる。そして二度と動き出す事は無かった。



 【ヒーロー】ランクの剣闘士、【豪炎槍】のラウロ・メンドゥーサの最後であった。だが……



「ぐっ……!」

「……! サイラス!?」


 サイラスが苦鳴を漏らしてその場に膝を着く。私は慌てて駆け寄る。サイラスの脇腹から血が滲んでいた。ラウロの十文字槍の横刃の部分が、すれ違う際に彼の脇腹を抉っていたのだ!


「サイラス! サイラス!? しっかりして下さい! サイラス!!」


「ふ、ふふ……。流石に軽傷だけで勝たせてくれる程甘くはなかったか……。大丈夫だよ、カサンドラ。それなりに深い傷だが、致命傷ではない……」


「……ああ、サイラス!」


 私はとりあえず胸を撫で下ろしたが、それでも重傷である事に変わりはない。出血が酷いし、すぐに止血しないとそれこそ命に係わってくるだろう。


次回は第53話 終わりの始まり


ラウロを斃したサイラスだが、処刑の危機は変わっていなかった。

だがそこに突如、闘技場の外から物凄い轟音が鳴り響き――

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