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第34話 龍が欲する物は

 試合は今から二週間後と決まった。何せヨーンを除く【グラディエーター】ランク全員出場という豪華な試合なので、各闘士のスケジュール調整に最低でもそれくらいの期間が掛かるとの事であった。




「カサンドラ、試合内容の事は聞いたよ。シグルド様……というよりあの皇女様は、まだ君の『処刑』を諦めていないようだね」


 ある日、試合に備えての瞑想と訓練を終えた私にサイラスが声を掛けてきた。私は濡れた布巾で汗を拭いながら久しぶりに聞いたような気がする彼の声に振り向いた。


「サイラス……!」


「朝の訓練は終わりだろう? 少し話さないか」


「え、ええ……この後、食事を摂らなければならないので、その、食堂で宜しければ……」


 普段自宅で豪華な食事を摂っているだろうサイラスには不似合いな気もしたが、この施設での食事の時間は厳密に決められているので遅れる事は出来ない。サイラスは肩を竦めた。


「はは、いや、構わないよ。私も駆け出しの頃はここの食堂にも随分世話になったしね」


「そ、そうだったんですね……」


 誰にだってスタートラインはある。今は【ヒーロー】ランクとして栄達を極めたサイラスにもそういう時代があったのだ。





 部屋で手早く平服に着替えて、サイラスと共に食堂で卓につく。質素なテーブルが20卓ほど並べられた簡素な部屋だ。朝、昼、夕と1日3回、1時間ずつ食事の時間が定められており、食事が必要な者はその間に自由に出入りして各々食事を摂っていくという形式だ。


 食事は調理場と直接繋がったカウンターに盆に乗せられて置かれ、それを受け取って空いている卓で食べる。


 なので混んでいる時もあれば空いている時もある。今は幸い私達以外に食事している者は誰も居なかったが、いつ何時混雑してくるか解らないので、いつもは例え空いていても可能な限り手早く食べ終えるのが習慣となっていた。


 大所帯の興行師お抱えの剣闘士達の試合や訓練がある日などは、20卓ある席が一瞬で満席になってしまう事も珍しくはなかった。普段から不愛想極まりない調理人達の機嫌が、誰か人でも殺しかねない程に低下するのもこういう時だ。


 尤も、大豆や大麦、根菜を中心とした栄養面のみを重視した実用一辺倒の不味い食事でメニューもほぼ固定となれば、私を含めて誰もゆっくり味わって食べようなどという奇特な者は居なかったが。


 しかし空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、こんな不味い食事でも訓練の後はそれなりに満足して食べれてしまうから不思議な物だ。




「……君にこの『処刑』という名目のレースから降りて欲しかったけど、そうも行かなくなってしまったようだね」


 卓の一つに着いて、私と差し向かいになったサイラスが呟く。


 今までは私がシグルドへの復讐を諦めさえすれば『降りる』事が可能であった。シグルド自身もそれを認めていたのだから。だがクリームヒルトの登場によってそれはほぼ不可能となってしまった。


 シグルドがクリームヒルトを突っぱねればその限りではなかったかも知れないが、私の見た限りどうもシグルドはクリームヒルトに対しては甘いというか、そんな雰囲気を感じる事があった。


「……シグルドにとって、あのクリームヒルトは何なのでしょう? ガレノスでは皇帝に対してさえ傲岸不遜な態度を貫いていたあのシグルドが、彼女にだけは妙に優柔不断というか甘いというか……」


 帝国の武力を恐れている? いや、それなら皇帝に対してだっておもねるような態度になるはずだ。サイラスは肩を竦めながら、あくまで推測だけど、と前置きした上で彼の考えを語った。


「……シグルド様が帝国に召し抱えられた経緯は知っているよね?」 


「え? ええと……確か……あっ! 魔物に襲われていた皇女を助けたって……」


 その皇女とは間違いなくクリームヒルトのはずだ。彼女の口利きで帝国に召し抱えられたような物だから、それに恩義を感じている? ……いや、どうだろう。あのシグルドがそんな殊勝な性格をしているとは思えない。


「恐らくだけど、皇女が魔物に襲われたのは偶然じゃない(・・・・・・)んじゃないかな?」


「……え?」


「外出時には常に精鋭の親衛隊が護衛に付いている皇女が、たまたま(・・・・)親衛隊の手に負えないような強力な魔物に襲われ、そこにたまたま(・・・・)通りかかったシグルド様がその魔物を退治した? 幾らなんでも話が出来すぎてる。恐らく最初から狙っていたんだと私は思うよ」


「え……で、でもそれじゃあ、シグルドはクリームヒルトが強力な魔物に襲われる機会をずっと待っていたという事ですか!?」


 だとすると随分迂遠な上に運任せな計画だ。だがサイラスはかぶりを振って嘆息した。


「……君はこの前、シグルド様の防衛戦を見たばかりのはずだが? あの時、対戦相手のサイクロプスはどうやって(・・・・・)アリーナに現れた?」


「どうやって? …………あっ!!」


 そうだ。『服従』の呪いだ! 私はサイラスの顔をまじまじと見た。


「そ、それじゃあ、まさか……?」


「ああ……恐らくシグルド様が魔物に命じて皇女を襲わせ、そして自分で倒して皇女を救った……。要は自作自演という事だね」


「そ、そんな……それってとんでもない事なんじゃ……!?」


 もしその事がクリームヒルトの耳に入ったらどうなるだろう。彼等の仲を裂く事が出来るのでは……? だがやはりサイラスはかぶりを振った。


「これはあくまで私の推測であって、証拠は一切ない。下手にそんな話が皇女の耳に入ったら、既にシグルド様の虜になっている皇女は激怒して、むしろその噂を流した者を捕えて処刑するだろうね」


「……!」


 そうか。確かにそういう事にもなりかねないか。いや、むしろあのクリームヒルトの性格からして、そうなる可能性の方がずっと高そうだ。危ない所だった。


 サイラスが咳払いする。


「おほん! まあ、つまり何が言いたいかというと、そんな事をして取り入るくらいに、シグルド様はある意味で皇女に執着・・しているんじゃないかなって事さ」


「しゅ、執着、ですか……?」


「そう。シグルド様の最終目的が何かは私にも解らない。だが私の見た所、あの方は『皇族の血筋』というものにかなり拘っているように思えた」


「皇族の血筋……」


「あれ程の強さとカリスマ性があれば、或いは自分で新たな国を興す事さえ可能だっただろう。だが現実にはこの『箱庭』の領主に収まって、その為にああして皇女から無理難題を吹っ掛けられたりして……。そして釘は差しつつも、皇女の要望を取り入れて彼女に迎合すらしている」


「…………」


「シグルド様にとって、自身が『皇族の血筋』に食い込む事が出来る皇女の存在というのは、私達が考えているよりも大きいのかも知れないな」



 サイラスにも、そして勿論私にも本当の所は解らない。だがシグルドがクリームヒルトをかなり大事にしているのは、客観的に見て間違いなさそうだ。


 だがそれは取りも直さず、私の今後の運命がかなり暗澹たる物になる、という事を示してもいる。例え今回の試合を乗り越えられたとしても、またクリームヒルトが無茶な要求をしてくる事は充分考えられる。


 そしてシグルドがそれを完全には拒む事がないのならば、そう遠くない内にクリームヒルトの思惑通りになる事は間違いない。



 私は奥歯を噛み締め、拳を強く握った。


 折角ここまで戦って生き残ってきたのに、あんな下らない女の下らない我が儘の前に、私は為す術が無いのか。


 どれだけ剣闘で強くなったとしても、そんな物は『権力』という理不尽な力の前では無力でしか無いのか。


 私がそんな無力感に苛まれていると、サイラスが私の手を握ってきた。


「サ、サイラス……?」


「カサンドラ、諦めるのはいつでも出来る。まずは君に出来る範囲で精一杯抗ってみるべきじゃないかな。微力ながら私も協力しよう」


「……!」


「まずは目の前の試合を生き延びる事に全力を尽くすんだ。その後の事はその時に考えよう。いいね?」


「は……はい」


 そうだ。確かに諦める事はいつでも出来る。まずは目前に迫った試合を生き延びなければ、その後の事など考えても仕方がない。


 私の目に光が戻ってきたのを見て取ったサイラスが、ホッとしたように息を吐いて卓から立ち上がった。


「さあ、そうと決まれば善は急げだ。午後はまた私の家に来て欲しい。そこで【グラディエーター】ランクの各剣闘士達の特徴や戦い方を教えるよ。その後はそれを想定した上での特訓だ」


「……! は、はい! 宜しくお願いします、サイラス!」


 そう言えば今回は戦う相手が事前に分かっているので、多少は対策も立てられるかも知れない。サイラスの好意には本当に甘えっぱなしだが、生き残る為だと割り切る事にした。 



 気付くと、目の前の食器はいつの間にか空になっていた。私の食事が終わるのとほぼ同時に、訓練を終えた剣闘士達がドヤドヤと食堂に入ってきた。


 丁度良いタイミングだ。私はサイラスと連れ立って食堂を後にするのだった……



次回は第35話 【グラディエーター】ロイヤルランブル戦、開幕!


遂に始まる精鋭闘士8人による地獄のバトルロイヤル……

カサンドラは絶対的不利を覆し、生き残る事が出来るのか――!?

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