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第30話 暴龍再び

 今日はシグルドの……【グランドチャンピオン】の防衛戦の日であった。私が防衛戦を見るのはこれで2回目だ。前回は何十人もの剣闘士を相手に素手と、そして【龍の力】を用いて、ほぼ虐殺の様相を呈していた。


 あれを見た時の衝撃は未だに忘れていない。あれから私も剣闘士として大分成長したはずだ。【ウォリアー】ランク2人を相手に勝てるぐらいには。


 今の私が改めてシグルドの試合を見る事で、あの時からどれくらいシグルドとのを埋める事が出来たのか……その指標になるのではないかと期待していた。



『お集りの紳士淑女の皆様! 本日は3ヶ月に一度の【グランドチャンピオン】の防衛戦! 大陸に平和をもたらした救国の英雄、【邪龍殺し(ドラゴンスレイヤー)】の生の戦いが拝めるのはこのフォラビア大闘技場だけ! それでは早速の登場……我らが英雄、永世王者、シグルド・フォーゲルだあぁぁぁぁっ!!!』



 ――ワアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!



 熱狂。絶叫。そういった言葉を使うのは容易いが、この大気そのものが振動するような凄まじい轟音は、その熱気と相まって、どんな言葉でも形容しきれない程の凄まじさだ。


 やはりシグルドの影響力は格が違う。単に街の領主だからという迎合だけではない、本物の熱狂がここにはあった。私の試合などは多分に好色まじりの男性客の下品な興奮も加味された物だが、この熱狂は本物・・だ。



 今日の私は貴賓席で観戦しているサイラスのお伴という形で、共に貴賓席での観戦を許されていた。



「相変わらずの熱狂ぶりだな。同じ剣闘士としては羨ましくもあるね」


 サイラスが苦笑している。


「た、確かに凄いですけど……サイラスだってかなりの人気ですよね?」


 あれから私も何度かサイラスの試合を観戦させてもらったが、歓声の大きさでは決して負けていないように思えたが。しかしサイラスはかぶりを振る。


「いや、彼は特別だよ。私達はどれだけ鍛えて人気も獲得しても、所詮はただの剣闘士止まりさ。でもシグルド様は違う。彼は存在そのものが神話みたいな物なんだ。伝説、と言い換えてもいいけど」


「伝説……」


「生きた伝説が目の前にいて、神話の世界の戦いを生で見られるんだ。これは人間であれば抗いがたい欲求だよ」


「…………」


 ロマリオンに与する者の立場からはそうなのだろう。だがその伝説が私の兄弟を、両親を、そしてアルを殺したのだ。


 その時一際大きな歓声と共に、シグルドがアリーナに入場してきた。この貴賓席からでも目立つ堂々たる巨躯。今回は背中に大剣を背負っていた。


「……ッ!」


 私はその大剣の意匠に見覚えがあった。間違いない。あの時……ハイランズでアルと戦った時に使っていた剣だ。アルを刺殺した剣……。スッと自分の中の血の気が引くのを感じた。


 そんな私の心境と関わりなく状況は進行していく。



『さあ、そして防衛戦の相手は……特別にあつらえられた【黒の門】から登場だ! 脅威度【レベル7】の魔物、単眼巨人サイクロプスだあぁぁぁっ!!』



 アリーナの一角に設けられた黒塗りの巨大な門……その門がゆっくりと開かれると、その奥から地響きと共に何か(・・)が身を屈めるようにヌゥッ……と姿を現した。


「……!」


 それは巨大な人間型の魔物だった。体長は優に8メートル程はありそうだ。あのトロールが子供に見えるくらいだ。巨人と言うだけある。単眼巨人の名の通り、その巨大な一つ目が最大の特徴だ。額には一本角が生えている。


 その巨大さだけでも十分脅威だが、このサイクロプスはその巨体に見合った、馬鹿げたサイズの棍棒のような武器を右手に持っていた。あんな物で殴られたら人間など一撃で原型を留めない肉塊へと変わり果てるだろう。



 ……これがレベル7の魔物。【大都市、都市国家規模の危機】というだけある。しかし……



「……何やら随分大人しいですね」


 サイクロプスは門を潜ってアリーナに入ってきて以来、シグルドに襲い掛かるでもなくボー……としている。


「君はあのレベル7の魔物を、軍隊や傭兵が無傷で捕まえられたと思うかい?」


「え……それは……」


 そう言われて気付いた。普段闘技場が『ストック』している魔物は、精々がレベル4までだ。強力な魔物ほど人間に御せる存在ではなくなり『ストック』は困難になる。私も戦ったあのトロール辺りが限界だろう。


 だとするとあのサイクロプスはどうやって……?


 その答えはすぐに出た。シグルドがサイクロプスに向かって大きく息を吸い込むような動作をしたかと思うと――



『རྱུ༌ཨུ༌ནོ༌ས༌ཁེ༌རྦི༌ ནུ༌ཁུ༌རྗུ༌ཨུ༌』



 シグルドの口から奇怪な叫びと共に、何らかの『力』が放たれた! 


 私はこの『力』を知っている。これは……


 『力』を浴びたサイクロプスがその巨大な一つ目を瞬かせる。そして自分に何が起きたか解らないというように自分の手や身体などを見回していたが、やがてアリーナの中央に佇むシグルドの姿に気付いた。


 突如その一つ目が憎しみに歪み、不揃いな牙が突き出た口を大きく開いて、怒りの咆哮を上げた。恐ろしい唸り声に私の人間としての生存本能が縮み上がる。それは私だけでなく、大半の観客達も同様であった。


「い、一体、何が……!?」


「あれはシグルド様の『服従』の力。あれでサイクロプスを従わせてここまで連れて来たんだ。それをたった今解除したって訳さ」


「……!」


 そうだ。聞き覚えがあるはずだ。あれは私のこの身を蝕んでいる呪いの力だ。そしてそれを解除した。……解除できるというのは少なくとも真実だったようだ。


 呪いによって強制的に従わされ、戦いに臨んでその呪いを解除された……。あのサイクロプスは、図らずも私と同じ立場という事になる。




 サイクロプスが怒りの咆哮と共に棍棒を振り上げてシグルドに突進する。凄まじい重量に地響きが連続する。この怪物の前ではシグルドの巨体も赤ん坊のように小さく映る。


 シグルドは既に大剣を抜き放って迎撃態勢となっている。サイクロプスの棍棒が唸りを上げて振り下ろされる。



 次の瞬間、アリーナの床が『爆発』した。そう形容するしかないような凄まじい衝撃と轟音に大気が揺さぶられ、私や他の観客達の耳をつんざく。



 思わず顔を庇っていた腕を下ろした私の視界に映ったのは、大きく抉られたアリーナの床と散乱する大小の石の破片、まき散らされた大量の土であった。


「な……」


 たった一撃で整備された石畳をこんな有様にしてしまうとは……。これがサイクロプスの……レベル7の魔物の力か……!


 だが肝心のシグルドは……? いかにあの男と言えど、こんな一撃をまともに喰らったら一溜まりもないだろう。


「あ……!」


 そう叫んだのは誰だったか。直後に私も気付いた。そして目を瞠る。



 シグルドがいつの間にかサイクロプスの後ろ……その足元付近にいた。あの『着弾』から一瞬であそこまで移動したというのだろうか。シグルドが大剣を振りかぶってサイクロプスの足に斬り付けた。


 サイクロプスが苦痛と怒りの咆哮を上げる。それでシグルドがどこにいるのかをようやく察した怪物は、再び棍棒を今度は横方向から振り下ろしてくる。シグルドは素早く後方へステップしてそれを躱す。


 怒り狂ったサイクロプスは棍棒を何度も左右に振り回しながらシグルドを追撃するが、シグルドはその度に同じように後方へ跳び退って躱す。同様の攻防が何度か繰り返され、シグルドがアリーナに壁際まで追い詰められた。


「……!」


 私は思わず息を呑んだ。もう跳び退って躱す事は出来ない。あの巨大な棍棒の一撃を受けたら、シグルドといえども即死は免れないだろう。


 もしかしてこのままシグルドはここで死ぬのではないか……? 


 サイクロプスが勝ち誇ったような咆哮と共に棍棒を振り下ろしてくる。後ろにも横にも逃げ場はない。終わりだ。私が半ば復讐の終わりを覚悟・・した時だった。



『―― ――』



 シグルドの口から再び何かの『力』が発せられた。位置が遠く声までは聞こえなかったが間違いない。何かの【龍叫シャウト】だ。


 次の瞬間、シグルドの姿が消えた(・・・)。棍棒が誰も居ない空間を虚しく薙ぐ。


「……ッ!?」


 私は思わず自分の目を疑った。シグルドがサイクロプスの後ろに出現・・していた。まただ。最初の時と同じだ。少なくとも私にはシグルドがどうやって一瞬にしてサイクロプスの後ろに回り込んだのか、全く見えなかった。


 サイクロプスは巨体だし、その後ろに回り込むにはそれなりの距離を移動しなければならないはずだ。なのにそれを俯瞰した位置から見下ろしている私が認識出来なかったのだ。あり得ない現象だ。


「あれは……『旋風』の力、か? 私も直に見るのは初めてだな」


「『旋風』……!?」


 まだ異なる種類の力を隠し持っていたのか。一体どれ程の力を操れるというのだ。


「文字通り風のような速さで、予め指定した地点に一瞬で移動する力、らしい。私も伝え聞いただけだが、距離そのものは5、6メートル程らしいものの、『移動先』を空中に指定すれば一瞬だけだが空すら飛べるのだとか」


「…………」


 最早何でもありだ。驚きを通り越して呆れのような感情すら抱いてしまい言葉も出ない。



 サイクロプスが悲痛な声を上げる。もう一方の足も大剣で切り裂かれたのだ。両足を負傷したサイクロプスが堪らず膝を着いた。シグルドが間髪入れずに、今度は上を向いて(・・・・・)大きく息を吸い込む。


「……! 見ろ! 今話した――」


 サイラスが何か言い掛けた時には、シグルドの姿はサイクロプスの頭上・・にあった。いくら膝を着いているとはいえ、元が8メートル程もある巨人だ。その頭上となれば地面から5メートル以上の高さはある。




 ――人が空を飛んだ(・・・・・)のだ。




 私やサイラスは勿論、数万人はいるだろう観客達が例外なく目を瞠って沈黙する。歓声すら忘れる程の、それはあまりにも現実離れした、それこそ神話の一場面を切り取ったかのような光景であったのだ。


 サイクロプスの一つ目も驚愕に歪む。シグルドは重力を利用した落下の勢いも合わせて、逆手に持った両手持ちの剛剣をその巨大な目に全力で突き立てた!



 グワアァァァァァァッ!!!



 凄まじい断末魔の絶叫と共にサイクロプスが崩れ落ちる。いかに巨大な魔物といえども、目から脳を貫いて後頭部まで文字通り串刺しにされては一溜まりもない。


 巨人が地に倒れ伏す地響きが観客席まで軽く振動させる。シグルドは危なげなく着地し、大剣の血糊を払うとゆっくりと剣を収める。




『お……おぉ……グ、【グランドチャンピオン】、防衛戦に勝利……永世闘士は今回もその名を守り通したぁぁぁっ!!! す、凄まじい……まさに凄まじいの一言です! 他に表現のしようがありません! 我々は神話の戦いの目撃者となったぁぁぁぁぁっ!!!!』




 茫然自失から立ち直ったかのような興奮したアナウンスに続いて――



 ――ワアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!



 熱狂の大歓声がアリーナの空気を震わせた。貴賓席にいる私も耳まで割れそうな程の大歓声だ。


 ……改めて私が挑もうとしている存在の強大さを思い知らされた形だ。前の防衛戦の時も感じた事だが、あれから私も相当強くなっているはずなのに、全くその差が縮まっている実感が無い。いや、むしろなまじ強くなった事でシグルドの規格外ぶりを肌で理解出来るようになって、私との間に横たわる絶望的なまでの差を浮き彫りにする。


 私の中の戦士としての本能が警告する。あれは駄目・・だ。あれは人間がどれだけ鍛えた所で手が届くような存在ではない。文字通り存在の段階が違うのだ。


 ヤツと戦えば私は確実に死ぬ。それは避けられない未来だ。これまではそれでも良かった。最初から玉砕覚悟だったのだ。だが今は……?


 私は先の昇格試合の時に感じた違和感を再び感じた。そして隣に座るサイラスの方を向く。今では愛しいと感じるようになったその顔を見ると、余計に胸が締め付けられるような感覚を覚える。


 と、そのサイラスが難しい顔で何かを考え込んでいる様子なのに気付いた。


「サイラス?」


「……カサンドラ、話がある。と言ってもここでは駄目だ。後で君の部屋に窺うよ」


「え……あ、は、はい」


 いつになく真剣な様子のサイラス。一体何の話なのか戸惑うが、ここで聞ける雰囲気ではなさそうだ。周囲の喧騒から私達だけが切り離されているかのようだった…………



****



 部屋に戻った私がまんじりともせずに待っていると、やがて扉がノックされた。


「カサンドラ、私だ。入ってもいいかい?」


「は、はい。どうぞ……」


 扉が開き、深刻な顔をしたサイラスが入ってきた。



「ど、どうしたのですか、サイラス? 急に改まって話があるなどと――」


 言い終わる前に私の身体は、サイラスの逞しい腕と体の中に収められていた。


「きゃっ! サ、サイラス!?」


 サイラスは何も言わずにそのまま私の身体をギュッと抱き締めた。


「ど、どう――」


「頼む、カサンドラ。復讐を諦めてくれ」

「――ッ!?」


 予想だにしていなかった台詞に私は硬直する。……いや、本当に予想していなかったのか?


「君にとってそれが残酷な選択だと解った上で、敢えて頼んでいる。結論から言おう。君がこの先どれだけ鍛えて強くなったとしても、シグルド様に勝つ事は絶対に不可能だ。……そう、絶対に」


「……!」

 それは先程まさに私が出した結論と同じであった。


「そうなれば待っているのは死……或いは死よりも辛い運命だ。私は……私は、君にそんな運命を歩んで欲しくないのだ」


「サ、サイラス……」


「君はもう充分に悲惨な道を歩いてきた。ここで、もう……終わりにする事は出来ないのか? 君は既に剣闘士として大成していると言っていい。もう誰も君が女だからと侮る者はいないだろう。それどころか君は私達に比肩する程の名声すら獲得している。富だってその気になれば……」


「…………」


 いつもどこか超然としているサイラスが、こんなに必死になっている姿を初めて見たかも知れない。それだけ本気で私の事を心配してくれているのだろう。



 私は……どうしたいのだ? アルや両親の死に様を忘れる事は出来ない。それを為した悪鬼の如きシグルドの姿も同様に。だが一方でサイラスの言葉に傾きかけている自分の心も自覚していた。


 アルやお父様、お母様……それにお兄様達だって、私がシグルド相手に玉砕する事を果たして望んでいるのだろうか? ……いや、望んでいるはずがない。


 シグルドに復讐……言い換えれば玉砕したがっているのは、完全に私個人のエゴに過ぎなかった。ただ私が早く楽になりたいが為の言い訳でもあった。



 それに私はエレシエル王家の最後の生き残りなのだ。私が死ねばその血は完全に途絶える。私にはこの血筋を残す義務があった。あのハイランズの脱出行の時、私はそう決意したのではなかったか?


 その「パートナー」となるはずだったアルを失った事で、私はその目的を失念してしまっていたのだ。



 だが……それでは私のこれまでの死闘の日々は何だったのか。あの地獄のガントレット戦は、ゴルロフ達に暴行されかかったのは……。


 私の中に未だ渦を巻く、シグルドに対する強烈な憎しみは? 例え私のエゴに過ぎなくとも……いや、そもそも「復讐」などという行為は、すべからくその者のエゴに過ぎないのでは……?



 色々な思いや感情が頭の中で交錯し、考えがまとまらない。


「わ、私は……」


「……少し結論を急ぎ過ぎてしまったようだね」


 私が混乱している様子を察したサイラスが身体を離す。


「事は君の人生に関わる重大な決断だ。今すぐ答えを出してくれとは言わない。だが……私は君に生きていて欲しいと思っている。それだけは憶えておいてくれ」


「サイラス……」


「今日はこれで失礼するよ。どうかじっくり考えて見て欲しい」


 それだけ告げて、サイラスは私の部屋を後にしていった。私はペタンと力なくベッドに腰掛けた。そして当てのない想念に沈み込んだまま、結局ろくに眠る事も出来ずに次の朝を迎えたのだった……


次回は第31話 【グラディエーター】変幻自在


【グラディエーター】に昇格してから初試合に臨むカサンドラ。

彼女は自らだけでなく周囲の環境自体が変化し始めている事に気付く――

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