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第29話 【ウォリアー】変革の予感

 ギャビンが一旦離れるのと同時に、再びエグバートの投網攻撃。私を捕らえる事を目的とした、広範囲に広げるような投げ方だ。


 盾で受けたりは不可能なので、また後退を余儀なくされる。私が下がった隙を付いて再びギャビンが接近してくる。どうやらエグバートが隙を作って、それをギャビンがヒット&アウェイで突くというのが基本戦法のようだ。だが今度は私もそれを予期していた。


 飛び退りながらもギャビンに向かって剣を突き出す。この試合始まって以来初めて剣を使った。


「む……!」


 ギャビンが左手の剣で私の攻撃を払いつつ、右手の剣で私の胴体の真ん中を狙って突きを放ってくる。私は小盾を素早く薙ぎ払ってギャビンの突きを妨害する。


 お互いに両手の武器を駆使して一時的に膠着する。そこにエグバートが短槍を構えて突っ込んできた。



「……!」


 やはりそうきたか。この時点で私の中で戦術が固まる。



 私はエグバートの攻撃に対処する事無く回り込んで、まるでギャビンを盾にするような位置取りを心掛ける。エグバートが舌打ちする。私の推測は正しかったようだ。


 ギャビンも舌打ちしながら牽制の斬撃を繰り出しつつ、私から距離を取ろうとするがそうはさせない。私は戦場を俯瞰して常にエグバートと私の間にギャビンがいるという位置取りをキープしつつ、ギャビンに密着し続ける。



 これでエグバートの投網を封じる事が出来た。



 サイラス達との5日間の特訓では、私はひたすらに立ち回りの訓練を積まされた。多対一の戦いでは、とにかく一度に相手にする人数を減らす事が重要で、それには立ち回りが物を言うと繰り返し教えられた。


 「『面』ではなく、『線』を意識するんだ」という言葉を何十回聞かされた事か。ターゲットとなる1人を狙いながらも、常にもう1人の動向を視界の片隅に認識し、私・敵1・敵2、という『直線』を形作るように立ち回る……。


 私はこの5日間、サイラスとラウロの2人の【ヒーロー】ランク相手に、その立ち回りの技術を磨き続けてきたのだ。デービス兄弟が如何に【ウォリアー】ランク最上位といえども、サイラス達を相手に訓練してきた私にとっては、決して対処できない挙動ではなかった。


「ちぃっ!」


 私を引き離せないと悟ったギャビンが方針転換してきた。どうやら単独で私を討つつもりのようだ。よし、上手くいった!


 後はエグバートが回り込んでくる前に何としても決着を付ける。このチャンスは逃せない。


 ギャビンが袈裟斬りに剣を振り下ろしてくる。これが完全な一対一であれば、堅実に盾で対処しつつ戦っていく所だが、生憎今は状況がそれを許さない。


 ここはリスクを承知で賭けに出るしかない。


 私は剣と盾で頭上と前面を庇いながら、地面を蹴ってギャビンに頭からタックルを仕掛けた!


「何……!?」


 斬撃は中途半端な所で止められ、ギャビンの目が驚愕に見開かれる。てっきり私が盾で払うなりして堅実に戦うと思っていたらしく、飛び込んできた私に対して踏ん張る体勢が取れていなかった。


 結果タックルを喰らったギャビンは、私共々もつれ合うようにして地面に転がる。


「ギャビンッ!?」


 エグバートの狼狽した声。私は敢えてギャビンと密着して組んず解れつとなる。これによってエグバートは私だけに狙いを定めて槍を突き出す事は出来なくなる。


 自分から男性に対して密着して絡み合うなど平時であれば考えられない事だが、この状況では生存本能が遥かに優先され、羞恥心など微塵も感じている余裕はなかった。


「くそ、離れろっ!」


 激昂したギャビンが剣を手放して殴りつけてくる。倒れていて且つ密着した状態では大した力が出せる訳でもないが、それでも男の拳で側頭部を殴られた衝撃は大きく一瞬視界に火花が散る。


「……ッ!」


 だがここで意識が飛んだりしたら敗北確定だ。奥歯を噛み締めて耐え抜くと、意地でも離すまいと握り締めていた剣をギャビンの脇腹に突き立てた!



「ぐがあぁぁっ!?」



 文字通り血を吐くようなギャビンの呻き。噴き出す血潮に観客席が沸き立つ。


 私は間髪入れずギャビンの身体を蹴って、その勢いを利用して自分の身体を後方へ引き離す。今まで私の身体があった場所にエグバートの槍が突き立てられるのはほぼ同時であった。


 非常に際どいタイミングだった。後1秒でも身体を離すのが遅れていたら、エグバートの槍が私の背中に突き立っていただろう。


 その感慨に耽る余裕もなく、私は急いで身体を起こして立ち上がる。



「ギャビン! ……おのれぇぇぇ! 許さん!」



 怒りに燃えるエグバートが、素早く投網を叩きつけてくる。弟を刺された怒りと焦りからか、最初よりも心なしか動きが単調になっている気がした。


 私は冷静さを失う事無く、飛び退って網を回避する。そして網が地面に叩きつけられた瞬間を狙って、逆に前に向かって踏み込む。


「……!」


 エグバートは咄嗟に投網を手放して、短槍を両手持ちに切り替えて迎撃の突きを放ってくる。突き出された槍の穂先にシールドバッシュを当てようとすると、エグバートは器用に槍を引っ込めた。


 そして私の盾が空振りした隙を突いて、再度槍が迫る。……が、私も盾が空振りする事を読んでいた。序盤の打ち合いでギャビンに同じようにシールドバッシュをスカされた経験が役立った。


 迫って来る槍の軌道を冷静に見極め……下半身を踏ん張ったまま上体のみを捻るようにして横に逸らし、私の正中線に向かって突き出された槍をすんでの所で回避した。


「何ぃ!?」


 エグバートが驚愕の叫びを上げる暇もあればこそ、捻って逸らしていた上半身を戻す勢いも利用して、剣を外側に向かって水平に薙ぎ払う。踏ん張ったままだった下半身が、その勢いと剣の重みを支えた。


 一方エグバートは必中を期した突きが躱され、すぐには勢いを殺す事が出来ない。それでも何とか横に逸れようとしたが、私の薙ぎ払いがその身体に届く方が早かった。


「……! ……ッ!!」


 丁度胸の辺りを横一文字に切り裂かれたエグバートが、声にならない呻きを漏らす。その傷口から血が派手に噴き出す。再び観客席が沸く。



 堪らず倒れ込んだエグバートに剣を突き付ける。勝負……あった!



 危うい場面もあったが、それでも呪いの力を使う事もなく2対1の戦いを乗り切る事が出来たのだ。如何な私でも自身の成長という物を実感せずにはいられなかった。


 そもそも呪いの力の事自体忘れていた。それに頼ろうという発想が起きなかった。私は戦いの技術だけでなく、精神面でも自身に何らかの変化が起き始めている事を予感していた。



 観客の反応は相変わらず殺せコールをする者達と、その観客達に対してブーイングする者達とで二分されていた。


 デービス兄弟は【ウォリアー】ランクとしては最上位と言って良い剣闘士だが、人気に関してもかなり高く固定のファンが一定数存在するようだ。……因みにブーイングしている者達には主に女性が多かった。


 果たして主賓席の方を見上げると、シグルドからの判定は……横向き。私の判断に任せるという事だ。エグバートが皮肉げに口の端を吊り上げる。


「へ、へ……まさか本当に俺達2人を相手に勝っちまうとはな。……殺れよ。どの道俺達の剣闘士としての名声は地に墜ちた」


 そうなのだろうか? 彼には自分達の助命を求めてくれている観客達もいるのが見えないのだろうか。


「…………」


 私は黙って剣を振り上げる。エグバートが目を瞑る。そして私が剣を振り下ろした先は……エグバートの顔の横であった。地面に剣が突き立てられる音だけが響く。


「……何のつもりだ?」


 エグバートが目を見開く。


「死んだらそれこそ地に墜ちたまま汚名は永遠に残り続けるわ。でも生きてさえいれば自分達の努力次第で名誉挽回する事は出来る」


「……!」


「あなたもギャビンも致命傷ではない。療養すれば傷は治るはずよ。後はあなた達次第……。そうでしょう?」


「……認めるよ。俺達の完敗だ。色んな意味でな」


 エグバートの身体から緊張が抜ける。それを見て取った私は剣を引いた。




『お、お、おぉぉぉぉぉぉっ!!! な、何と、【隷姫】カサンドラ、デービス兄弟相手に完勝だぁぁぁっ!! つ、遂に……遂に、剣闘史上類を見ない、女性【グラディエーター】の誕生だぁぁぁっ!!!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァッ!!!!!



 観客が総立ちとなる。オッズはデービス兄弟の方が高かったものの、私に賭けている者もそれなりにいたようで、怒号だけでなく歓声も混じっている。それらの轟音をBGMに、私はアリーナを後にした。






「見事な試合だった、カサンドラ」


 控室に戻る最中の廊下で私を待っている者が1人……サイラスだ。


「サイラス……ありがとうございます。これもあなた達の特訓のお陰です」


 サイラスが試合を見守ってくれていた……。その事実だけで私の胸は一杯になった。サイラスは優雅に一礼する。


「どう致しまして。……しかし良かったのかい? 以前にも止めを刺さなかった事であんな目に遭ったというのに……」


 その危惧に関しては勿論常に私の念頭にあった。だが戦ってみて、そして言葉を交わしてみて、彼等はゴルロフとは違うという結論に至ったのだ。固定のファンがいたのには理由があるのだ。


「私は自分の目を信じます。もし以前のような不測の事態に陥るようなら、それは私の目が節穴だったというだけ。その責任は自分で払います。……が、そうはならない事を確信しています」


「…………」


 サイラスはしばらく私の目をじっと見つめてきたが、やがてふっと笑って視線を外した。


「やれやれ、君には敵わないな。君がきちんと考えた上での判断なら、私がこれ以上何か言うのも無粋というものだ。君の意思を尊重するよ」


「ありがとうございます、サイラス」


「いいさ。さあ、足を止めてしまって悪かったね。あんな過酷な試合の後だ。今日の所は自分の部屋に戻ってゆっくりと身体を休めるといい。また後日顔を出すよ」


 そう言うとサイラスは踵を返して立ち去って行った。実際に肉体的、精神的にヘトヘトだったのは事実なので、サイラスの好意にありがたく甘えさせてもらう事にした。



 こうして私は無事に上から三番目の階級である【グラディエーター】ランクへと昇格を果たしたのであった。シグルドの元に辿り着くまで後一歩だ。遂にここまで来た。


 だがあの怪物シグルドに戦いを挑むからには、己の身を捨てて相打ちを覚悟しなければならない。何の犠牲も無しにあの怪物を倒す事など不可能だろう。


 今まではその事に何の疑問も恐怖も抱かなかった。だが今は……?


 死ねばアルの元へ行ける。そう思って捨て身の戦いを挑む事が出来たのだ。だが死ねばもう二度とサイラスには会えなくなる。その事を考えるだけでも胸が張り裂けそうになった。



 私は……死にたくなくなっている?



 自身の中に生じた微かな違和感は、いつまでも私の胸の内に燻り続けるのであった…… 


次回は第30話 暴龍再び


再びシグルドの『防衛戦』の日がやって来た。カサンドラは成長した今の自分ならシグルド攻略の糸口を掴めるかも知れないと観戦に臨むが――

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