08 温室と闖入者
うわぁぁぁぁ。
私は、口をあんぐりあけたままぐるりと回りを見渡した。
ユーリも横で感嘆の声をあげている。
私達は謁見の後、侍従長に連れられ温室に来ていた。
まるで鳥篭を模したようなデザインの温室の中は、色とりどりの草花で溢れ、鳥が囀ずっていた。
中は明るく、温かく、空気が澄んでいる。
「ここは、魔法使いの方達が管理しているのですよ」
私達が言葉も発せずにいると、そう教えてくれた。
魔法使い。
その言葉に私とユーリは顔を見合わせた。
この国には今数十人の魔法使いがいるといわれるが、その存在も力も公開されていない。
噂では、その力で国の機密事項に関わり国を表から裏から支えていると聞く。
そんな情報を聞いてしまっていいのかしら?
顔を見合わせる私達の様子をみて、
「温室の管理のことは特に秘密ではありません。城の奥の塔で魔法使いの方の何人かが研究をされていて、その研究に必要な珍しい植物等をここで栽培していることは、城の者なら皆存じていることです。
そこで、1点だけご注意願います。温室の奥に鍵がかかった小部屋がございます。その場所には、どうやら使い方によっては毒になるような植物も栽培されているそうです。奥の小部屋にだけは絶対に立ち入らないように、お願い致します。」
毒!私の顔色が変わる。その様子をみて侍従長が優しく声をかけてくれる。
「それほど恐れなくて大丈夫ですよ。危険な植物は、小部屋で厳重に管理されております。鍵についても、関係者以外は触れないようになっていると聞きますから大丈夫ですよ。」
安心したように、私の目が輝く。
私のくるくる動く表情を可笑しそうに見ながら、
「しばらく温室をお楽しみいただいてから、ここを抜けた庭園にいらして下さい。お茶のご用意をしておきます。」
そう言って温室から下がっていった。
「温室って素晴らしいわね!」
私が興奮した様子でユーリを振りむくと、ユーリは何かを考えていた。
「何を考えているの?」
尋ねながらユーリを覗き込むと、ユーリがはっとした様子で私を見る。
「いや。魔法使いの話が気になって。」
「魔法使い?」
「そう。魔法使いは不思議な力を使う。リリィのこと、父上は呪術者を中心に原因と解く方法を探しているが、魔法使いの知識と力で解くことは出来ないものかと、ちょっと考えていたんだ」
その言葉に、アローの事を思い出した。
そうだ。アローは、魔法使いだ。そのアローが、解く方法はあるのだといっていた。
魔法使いなら解けるの?
期待に胸がわくわくする。
それに、アローは魔法使いだ!
もしかしたら、人間の姿の時は 日中お城にいるのかも知れない!
そう思うととても楽しい期待に胸が膨らむ。
あの偉そうででも少し寂しいがりやの蛙の人間の姿ってどんなのかしら?
やっぱり髪は緑色なのかしら?
アローの人間の姿は分からないけれど、すれ違ったり、どこかで言葉を交わすこともあるのかも知れない。そう想像することはとても楽しいことだった。
「ユーリ!私はお城がとても大好きだわ」
ニコニコと声をかけると、ユーリがしぃと指を唇にあてた。
「不用意な言葉はダメだ。リリィも王太子殿下の婚約者になりたいのだとあらぬ誤解をされるよ」
おっとと。それはよくないわ。婚約ダメダメよ!
慌てて私も口を押さえた。
その後は、二人で温室をゆっくり回ってから庭園に向かった。
庭園では、素敵なティーセットが用意されていて、メイド2人と先程の侍従長が私達を待っていた。
「お待たせしてごめんなさい」
そう言って席につくと、温かいお茶とたっぷりのクリームと果物をふんだんに使った美味しそうなケーキが供された。
「美味しそう!どうも有難う!」
にっこりお礼をいうと、頭をさげながらもメイドや侍従長の頬が緩む。
「王宮の庭園でティータイムだなんて、滅多にないことね。とても贅沢な気分」
私の言葉に
「このティーセットは今は亡き王妃様がご愛用されていたのですよ。昔は、よく庭園でのお茶会も開かれていましたが、王妃様も姫君もいらっしゃらない現在は王宮でのお茶会の機会はほぼございませんので、久しぶりの明るい雰囲気にお庭も喜んでおりますでしょう。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。何かございましたらこちらのメイドにお申し付け下さい。」
そういうと、侍従長は頭を下げて下がっていった。
ユーリと2人その言葉に少ししんみりとしたが、目の前に美味しそうなケーキが切り分けられると、気分は浮いてくる。
「いただきます!」
にっこり笑って、ユーリと2人のお茶会を楽しむ。
美味しいケーキに舌鼓をうっていると、
「はっ。政治的に力もないアルフィルム家が、王家ででしゃばるとはいい度胸だ」
そんな悪意に満ちた声が聞こえてきて、顔を上げる。
2人の男性が少し離れたところから、私達に聞こえるようにそんな言葉をかけてきた。
ユーリが立ち上がり私を庇うように前にたつ。
「僕達は王の勅命によりここにおります。王のなさりようにご不満でも?」
そう静かに問いかけると、いましましげに睨みながら庭園を抜け、王宮に入っていく。
「・・・あれは?」
「ハンガリン公爵家と元公爵家で現伯爵家のテナン家の当主だよ。どうやら、テナン家は第一王子殿下の婚約者にハンガリン公爵家の娘を選び近づいていたようだな。」
「それでどうして私達にあんな事をいうの?」
「多分、第一殿下の婚約者として令嬢を近づけようとしていた矢先に、僕達、というかリリィが王直々の婚約者候補になったから面白くないんだろう。まだどちらの殿下の婚約者候補かはっきりしないが、僕達アルフィルム家は身分は高いが、ここ数代政治に関わるような役職にはついていない。リリィが第一殿下の婚約者候補になっても力の強い後ろ盾とはならないから、テナン伯爵家としては嫌なんだろう。ハンガリン公爵家としても第一王子殿下派の最大派閥として動き、第一王子殿下が王となられた時には王妃の生家として更に力を増す予定が、予想外のリリィの存在で出だしを挫かれ面白くないんだよ。」
つまらなさそうにユーリが話す。
「念のため、父上に早めに報告しておくよ。あの様子じゃ父上にも害を及ぼすようなことをするかも知れないからね。少し父上の所に行くからリリィは待っていて。」
しばらく考えこんでいたかと思うと、そういうなりお茶を飲み干し、立ち上がった。
「すぐに戻ってくるから、リリィはここで待ってて。絶対!動かないでよ」
そういうと、メイドに一言告げ、1人のメイドに案内されながら王宮に入っていった。
私はユーリを見送る。
いつからだろう。幼い頃は遊ぶのも学ぶのもずっと一緒だったはずなのに、いつの間にか私はマナーと刺繍、ユーリは政治と高度な教養、其々学ぶものが異なっていった。
きっとあれだけの出来事でも、ユーリの頭の中には色々な政治的思考が渦巻いたのだろう。
そんな弟を次期侯爵として頼もしく感じる反面、寂しくも感じる。私と一緒がいい!猫になりたいと泣いて駄々をこねていた弟はもういないのだ。
冷めた紅茶を飲むと、小さなため息をついた。
その時、
「・・あれは何かしら?」
私の言葉に残っていたメイドも同じ方向を見る。
近くの茂みに隠れるように、覗いている、ブラウンの瞳と目があった。
茂みからチラッとはみ出ているのは、ドレス??
「くせ者!」
メイドが勇敢にも私の前に立ちはだかり、茂みを指さした。