06 満月の夜の約束
「でね!!とっ~てもやらしい目だったの!」
私はしっぽを逆立てながら、先日の出来事を話していた。
王宮でのパーティーの次の満月の夜。
私は、アローに向かって先日の下品な男の話をしていた。
「はぁ。何もなくて良かったが、気をつけろ。社交場はお上品なだけの場所じゃない。お前は、…とても綺麗な令嬢なんだから。」
その言葉に、お髭がピン!と張る!
まるで人間の私を見たことあるかのような言葉にちょっと引っ掛かったが、ずっと人間の私の素晴らしさを語っていたので、ようやく信じたのだろう。人間の私のことは、身分も本当の名前も教えていないのだからアローが知るわけはないが、ようやく信じてもらえたのかとニコニコしてしまう。
でも、誰にもダンスを誘われなかったことを思いだして、しっぽがくるんと下がる。
「でもね、昨日は可愛いく用意出来たと思ったのに、誰もダンスに誘ってくれなかったのよ。はぁ。自信なくしちゃうわ。」
その言葉にアローは、
「それは…きっと切っ掛けとタイミングが、、」
そう何かをいいかけたが、コホンと咳払いして言葉を飲み込んだ。
「まぁ。でも、パーティーは楽しかったのか?」
「うん!いっぱいユーリと踊ったのよ!あっ。ユーリっていうのは私の弟なんだけど、2人で華やかな場所で思い切りダンスが出来て楽しかったわ。その後ユーリとお食事とデザートも食べにいったのだけど、それらもとても美味しかったのよ」
その言葉にアローは不思議な目で私を見つめてきた。
「リリィは姉弟仲がいいんだな。」
その言葉に、
「勿論よ!生まれた時から一番の私の理解者で、ちょっと意地悪な所もあるけど私の自慢の弟なのよ!」
ニコニコと話しながらアローの表情をみる。
「…アローにも兄弟はいるの?」
「…兄がいる。」
その話し方から、仲はあまり良くないのだろうと知る。
世間には仲の良くない兄弟姉妹が大勢いることは知っているが、アローもそうなのか、と少し寂しく思う。
「アローはお兄さん嫌いなの?」
私の言葉に、アローは目を細めて、
「嫌いな訳ではないが、とにかく接点がないんだ。もう何年も言葉も交わしていないし、兄が何を考えているのか分からない。…ただまぁ、多分嫌われているんだろう」
その言葉に少し寂しさを感じた。
私が猫の呪いがあっても今の私でいられるのは、ユーリと両親の存在があるからだ。
何があっても味方でいてくれると信じられる存在だ。
アローには味方はいるのだろうか?
そう思うと、胸がぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。
人と違うということへの哀しみ、これから未来への不安、誰かに恨まれて呪われているという事実と、何よりこれからどうなるのか分からない恐怖。
私はそれでも家族がいると思い耐えてきたけど、アローは1人で耐えてきたのだろうか?
そう思い至ると、話しながら、ぽろぽろ涙が零れた。
突然泣きだした私をみてアローは慌てる。
「リリィ。俺のために泣かなくていい。」
アローは優しく私を撫でた。
「俺は必ずこの呪いを解くから大丈夫だ。…それに、今はリリィがいて、俺のことわかってくれるだろ?今まで誰にも理解されなかった。そんな閉じられていた俺の世界が、1人じゃないというだけで大きく広がった気がする。そして、リリィの明るさが俺の暗い夜を照らすようになった。感謝している。」
優しい目でいわれて、私は更に涙が止まらなくなった。
「私も。私もアローがいてくれたお陰で、呪いも夜も嫌なものだけじゃなくなったわ。他の誰がアローの敵になろうとも、私は必ずアローの味方でいるわ。そして、いつか呪いが解けたら、一緒にダンスを踊ろうね」
私の言葉に、アローは嬉しそうに答えた。
「ああ。約束しよう。人間に戻ったら、リリィ、君に一番にダンスを申し込むよ。俺のパートナーになってくれる?」
うんうん!私は何度も何度も頷いた。
猫と蛙のおかしな約束。
今の姿のままじゃ一緒に踊れないけれど、いつか必ず、あの華やかな場所で素敵な衣装を纏って一緒にダンスを踊ろうね!
私達は、満月の下で約束を交わした。
翌朝、寝不足と昨夜いっぱい泣いて腫れた目で食堂にいくと、ユーリから非難の目を向けられる。
でも、アローのことは、ユーリにだって内緒だ。
大切な満月の時間。夜出れなくなるのは耐えられない!
満月の夜の、偉そうな、でも優しい蛙との逢瀬の時間が、自分の中でかけがえのない時間になっていることが、リリィにはおかしくてたまらなかった。
そんなニマニマとアローのことを考えていると、
「ねぇ。リリィ。隠し事の件なんだけど・・」
とユーリが話しかけてきたが、そんなユーリの言葉を遮るように食堂の扉が開き、お父様が飛び込んできた。
「大変だ!お前達に王宮から召集の案内が届いた!王への謁見が予定されている」
・・・はぁ?
私とユーリは顔をみあわせた。