小話03前編 私の王子様 ~ロザリオ視点~
前編です。
後編も同時に投稿しています。
神殿の1日は、ほぼ毎日決まっている。
朝5時30分時起床、神に祈りを捧げ、朝食。
日中は、ミサを行い、孤児院の運営や医療行為、または研究に勤しむ。
そして、僅かな自由時間と夕飯と就寝前のミサ。
この国での、神殿とは、神に祈りを捧げる場所であると同時に医療も受け持っている。
私は、王宮では温室を好み薬草をずっと勉強してきた。
今はその知識を活かし、薬草や病気の研究を続けている。
名前がロザリオである通り、母であるカローラは元々信心深い人だったらしい。
母の残した書物は、聖書が多かった。
神殿は、神に殉じる身分となるため、神殿に入るには身分を捨てる必要がある。
魔法使いほどではないけれど、神に使える聖職者も敬われている存在だ。
大神官ともなると、それなりの権力もある。
私の今の身分は、神儀官。王族に連なる元高貴な身分ということで、儀式などでは立ち並んでいる。
これ以上の地位を望む気はないし、研究の方が興味深く日夜研究に勤しんでいる。
私の覚えている母は常に狂っていたけれど、本当は、神に祈りを捧げる修道女になりたかったのかもしれない。
公爵家の令嬢が、なりたいからという理由で修道女になるなんて無理な話だけど。
父上は、神殿のそばの見晴らしのいい丘に母カローラの墓を移してくれた。母にとっては嬉しい事だろう。
私はあの事件から、そんな淡々とした、平和な日々を過ごしている。
※※※
「ロジーおいちゃま!」
そんな声に振り向くと、ぎゅーっと抱きつかれた。
「ヴィー!また逃げてきたのかい?」
困ったように声をかけると、えへへと笑いながら、
「だって。そろそろロジーおいちゃまが、おんちつに来ると思ったんだもの。会いたかったのよ。」
にっこり笑って私にくっついて甘えてくる。
金色の髪と綺麗な緑色の瞳。
そう、この子は私の姪。アレクとリルアーナ嬢の娘だ。
アレクとリルアーナ嬢には、今4歳の長女ヴィクトリア。
2歳で男の子の双子のローゼンとマクロスがいる。
ヴィクトリアは、祖母似でローズ様に面影がとてもよく似ている。
それもあってか、父上もアレクもそれはそれは目にいれても痛くない程溺愛してる。
とはいえ、父上やアレクは日中は政務に忙しく、母であるリルアーナ嬢はどうしても手のかかるやんちゃな2歳の双子につきっきりとなる。
ヴィクトリアは聡い子だが、寂しさもあるのだろう。
私に会うと、嬉しそうに甘えてくる。
仕方ないな。と抱きあげけると、きゃーと大喜びで抱きついてきた。
「ヴィー。ちゃんと母上に温室に来るって伝えてきたかい?」
私が聞くと、目をそらす。
「お母たまは、ロゼとロスのおとおと達に夢中だもの。ヴィーの事なんか心配ちないわ。」
「そんな事ないよ。君の母君は、とても君を愛しているよ。」
私はチラリと温室の外をみる。
きちんと護衛がついてきている。
きっと今頃は、リルアーナ嬢に温室にいる事が報告されているだろう。
「おいで」
ヴィーをお膝に乗せて、持っていた植物の図鑑をみせる。
大人向けで楽しくないだろうに、私の話を嬉しそうに聞いている。
いつの間にか静かになったヴィーをみると、私の膝の上で眠っていた。
「兄上」
そんな声を聞き、振り向くとアレクが温室に来ていた。
26歳になったアレクは、落ち着きが出てきて、自信がついてきたように見える。
それでも笑うと幼い頃の面影が微かに見える。
「ヴィーは寝てしまったんですね。ヴィーは本当に兄上が大好きだから。」
そういって、ヴィーを愛しそうに撫でる。
「不思議な気持ちです。この温室で、兄上と母上に似たヴィーと3人でいるのが。」
そうだな、と頷く。
「兄上。ヴィーを育てて思ったのです。あの事件の時、もっと上手く対応出来なかったのか。どうして母上を守れなかったのかと後悔して生きてきました。でも、僕達は当時、今のヴィー位の小さな小さな子供だったのです。僕達が何も出来なかったのは仕方ない事だったのだと、ようやく心に区切りがつきました。」
アレクの言葉に軽く頷く。
「兄上はまだ囚われていますか?あの事件に。」
心配そうに緑色の瞳が揺れている。
私はその問に返事をしなかった。
そのかわり、質問を返す。
「アレクは今幸せか?」
私の問いに、
「ええ。怖いくらいに幸せです。」
そう笑顔で答えるアレクを見ていると、世俗から離れた神殿まで聞こえてくる噂を思い出した。
王太子殿下の妃様への寵愛は、婚姻後5年以上経った今もなお衰えることはなく、ますます情熱的に愛を注ぎ、仲睦まじい姿をみせているらしい。
例えば夜会では、どのような身分であってもリルアーナ嬢と2曲続けて踊ることは暗黙の了解として禁止となり、意味もなく近づけば王太子殿下の笑顔が怖いらしい。
例えばある夜会で、酔った軟派な伯爵子息が、アレクと家族のみが呼ぶリリィの愛称でつい呼んでしまい、アレクの逆鱗に触れ暫く僻地に飛ばされたとか。
なんとおかしな噂かと思ったが、アレクの様子をみていると、あながち間違ってはいないのかもしれない。
アレクがこれほどまでに執着し、心を寄せる存在があった事に改めて驚く。
ただ、私から見ても、リルアーナ嬢は月あかりのような姫だと思う。
アレクのような、パッと光輝く太陽ではない。
穏やかな朗らかさで、ふんわりと周りが明るくなるのだ。
見掛けは儚いが、楽しい事が大好きな陽気な性格で、そばにいればつい笑顔がこぼれてしまう。
私ですら5年の間に、いつの間にか、アレクや父上と普通の家族のように話すようになっていた。
気付けばあの陰気だった王宮は、笑い声が溢れるようになり、今や、王宮のお茶会に招待されることは、乙女達の憧れなのだという。
これから先は、子供達も集まるようになり、一層賑やかになっていくのだろう。
私がそんな考えに浸っていると、アレクの声がきこえた。
「さて、リリィが心配しているのでヴィーは連れていきますね。兄上の研究の邪魔をさせてしまいすみません。」
そう。私に王族の身分はもうないが、薬草の研究をし、温室を好んでいた事から、温室の自由な出入りを許可されている。週に1度程王家の温室に足を運んでいる。
アレクの言葉に、ヴィーを渡そうとするが、しっかり私の服を握っていて離れない。
「ヴィー。おいで。」
アレクが名前を呼んでも、更に私の服を引っ張って寝ぼけながらもイヤイヤし、私の膝にしっかりくっついてまた深く眠ってしまう。
アレクの視線が痛い。
「どうして、ヴィーは兄上ばっかり!」
髪をガシガシ乱しながら嘆くアレクに苦笑する。
そう。何故か昔からヴィーは私にとても懐いている。
私の雰囲気や冷たく見える目許は子供うけした事などないが、ヴィーだけはロジーおい(じ)ちゃまと私を呼び慕うのだ。
「はぁ。」
ため息をついて、ヴィーを連れて行くのを諦めたアレクが横に座る。
「俺は、ヴィーが初めて呼んだ名前が兄上だったことは生涯忘れませんよ。」
恨みがましい目で見られる。
その時の事を思い出して、苦笑してしまう。
「ロ△×ャラオ!」
はっきりしない発音だったが、確かに私をみて、嬉しそうに手を伸ばし抱きついてきた日が本当に懐かしい。
その言葉が初めての言葉だった事にアレクは絶望し、父上は哀しみ、リルアーナ嬢は楽しそうに笑った。
その後も、一生懸命私を呼ぶが、ロザリオは言いにくいらしく、「ロジーでいいよ。」と伝え今に至る。
ローズ様に似たヴィーが私のことをロジーと呼ぶ。
本当に不思議な気分だ。
膝の上の温かな重みを撫でながら、アレクと何気ない会話をし、穏やかな時間を過ごした。
※※※
そんなある日、私の居住地にアレクが早馬で駆け込んできた。
「兄上!ヴィーを助けてくれ!」
寝ていないのだろう。その顔は青ざめ目の下に隈がある。髪も乱れているが、その目の必死さに私は息を飲んだ。
「毒蛇?!」
とりあえず部屋にいれ、水を飲ます。
ああ。呻くようにアレクが昨日の出来事を話す。
「ヴィーに贈り物が届いたとメイドがヴィーに渡したのだ。その贈り物の中には花束と花束に隠れるように見たこともない毒蛇が隠れていて、ヴィーがそれに咬まれた。」
「何故!何故そんな確認もせず、ヴィーが贈り物を開けるなんて単純なミスが起こったんだ!」
あまりの杜撰さに、怒りを隠しきれなかった。
王宮の警備はどうなっているんだ!
「メイドは長年仕えていて、周りの信頼のあつい古参者だった。」
そして、俺を苦しそうに見つめる。
「そして、元テナン当主が手をつけて愛人としていたらしい。テナン当主にしたらメイドなど手慰め程度の気紛れだっただろうが、その古参メイドは本気だったようだ。子供も孕んでいたが、テナン当主の斬首がショックで流れたのだと。だから、これは復讐なのだと。そう言い残して自殺した。」
アレクが話した内容に、私は大きな衝撃を受けていた。
また?
またこの体に流れる忌まわしきテナン家の血が、愛する者を奪うのか?
私が生まれたせいで祖父の野望は燃え上がり、母は狂わされ、アレクは呪われローズ様は死んだ。
私さえいなければ。
あのローズ様を失った事件からずっとずっと重りのように私の心にあり続けた思い。それでも、敵を取り、神殿で静かな生活を送り、父上やアレク達との穏やかな時間を過ごす。その中で少しずつ溶けていくかと思ったのに。
私のせいで、今度は、ヴィーが殺されるのか?
あの小さな手の温かさ。抱きあげた時の笑顔。私に全幅の信頼と惜しみ無い愛を、あの小さな体いっぱいに与えてくれているのに。
あの日の悪夢はまだ続いている。
「兄上!!」
その声ではっとする。
「兄上がまだ母上の事件に囚われているのはわかっていました。だから、この件も内密にヴィーを治療し兄上には知らせないつもりでした。苦しむ兄上を見たくなかった。しかし、」
アレクが助けを乞う瞳でみてくる。
「まだ裏は取れていませんが、追放したテナン家が関わっているかも知れません。メイドごときが用意できる毒蛇ではないのです。離れた国のまだ生態のはっきりしない毒で、侍医や薬師、爺やでも解毒剤を見つけられませんでした。単純な呪いなら解除できますが、みたこともない体中を蝕む強力な毒は魔法使いでも対処できません。」
アレクは言葉を止める。
「兄上は、薬草に関しては国で右に出るものはいないとの評判です。しかも、毒や病気に関しての研究をしていると聞きました。そのお力をお貸しください。」
アレクが私に訴えてくる。
アレクの緑色の瞳に、私がうつる。
それは、26歳の自分。
はっと気付く。
そうだ、自分はもう違うのだ。
ローズ様が亡くなったあの日。恐ろしいほどに狂った母に怯え、呪われたアレクと倒れるローズ様を見ても何も出来なかった幼子ではない。
いつか国の為になるだろうと、研究を続けてきたのだ。
部屋から必要になりそうな物をかき集めた。
「アレク。急ごう。ヴィーを助けるんだ。」
自分の血を嘆くのは後だ。
今度こそ、今度こそ、守ってみせる。
自分の愛する者を!!
ヴィーは、真っ赤な顔で、息するのがやっとの様子で寝ていた。
熱は、みただけでわかるくらいの高熱。
それなのに、体はガタガタと震えている。
ヴィーから流れる汗を、リルアーナ嬢が必死で拭きながら、手を握っている。
その顔も寝ていないのだろう。やつれ疲れきっていたが、目には母の強い思いがある。
私をみると、立ち上がって、場所を譲ってくれた。
ヴィーの診察をする。
噛まれた箇所が紫色に腫れ上がっている。
とりあえず、熱冷ましと体力をつける薬草を処方し、侍医に薬の説明をしておく。
よく効くはずだ。ほんの一時的とはいえ熱を下げれるだろう。
しかし、ヴィーは幼く体力もない。
結局は毒を消さねば、命はない。
この様子では、今夜がやまかもしれない。
ヴィーの命が消える可能性にぞっと身を凍らせた。
私は、アレクの爺やであるクロスを呼び出した。
クロスは、魔法使いとしての力もさることながら、薬草にも病にも詳しい。知識を求める事に貪欲で、その頭脳は衰えることを知らない。相談出来るのは彼しかいない。
「ロザリオ様。」
「クロス。相談があるんだ。君の意見を聞かせて欲しい。」
私は、1つの考えを示した。
私の研究、それは、有効成分を抽出するという考えに気付いたことだ。
現在薬草は効き目に応じて煎じるか塗布するだけのものだが、僕はその有効成分を抽出することに、成功した。有効成分のみを抽出することにより、効果が大幅にあがった。
また、体についても研究を進めていた。
初めは閃きだった。王族は、幼い頃から毒に慣れるよう段階を踏んで強い毒を摂取させられる。つまり、人間は、毒に対抗出来る何かが体にはあるのだと。
私は研究のため強い毒を摂取し続けており、この国で一番毒に耐性のある人間なのだ。毒を私の血液に混ぜ、魔力と薬草を合わせ新しい特効薬を作りたい。
僕の言葉に、クロスは、
「一考の価値がありますな。ロザリオ様の抽出した薬草成分とロザリオ様の毒に耐えうる血液と、そして私の魔力、それらを混ぜ合わせ今までにない特効薬を作る。」
それに私も頷く。
「ただ、ロザリオ様。あれだけの毒を本当に体にいれられるおつもりですか?ロザリオ様の毒に慣れた体でもどういう影響かあるかわかりません。」
クロスの言葉に、それでも私は頷いた。
自分の苦痛なら耐える、しかし、問題は検証する時間がないことだ。
作り出したものが体に悪いものだった場合、ヴィーに止めをさしてしまう。
私が悩んでいると、
「ヴィクトリア様に投与する前に私にそれを投与下さい。」
クロスが私に申し出る。
私は一瞬言葉を失う。それは、一歩間違えれば死に繋がるのだ。
「ロザリオ様もその身に毒をうけられる。この爺も受けて立ちましょう。せめて、体に害がないことは確認し投与する必要かあるのですから。ロザリオ様。ローズ様の事を今も悔やんでいるのは貴方だけではないのですよ。私もまた、悔み続けているのです。ヴィクトリア様を助けたいのですよ。」
クロスの言葉に息をのむ。
クロスは、もともとはローズ様の師匠だったと聞いている。
2人には2人だけの思い出と深い絆があるのだろう。
私達は、頷きあった。




