25 愛が試される時
「リリィ・・」
俺は、突然謁見の間に現れたリリィをみて、掠れた声を出した。
リリィはにっこりと笑みを向けると、ウインターの隣に並んだ。
リリィに遅れて、アルフィルム侯爵とユリウス殿も現れる。
「申し訳ありません!リリィとは思えない強い力で、止める事が出来ませんでした。」
そう言って2人は頭を下げる。
そして、心配そうにウインターの隣に立つリリィを見つめている。
「リリィに何をするつもりだ?」
俺はウインターに尋ねた。
「勿論、こうするのですよ。」
そう言うとウインターは、ナイフを取り出してリリィにみせる。
「さぁ。このナイフには私の魔力から作った強力な毒が塗ってある。一度体に入れば、絶対に解毒出来ずもがき苦しみ相当の苦痛で死に絶える。ほんの少しの傷でいいですよ。このナイフをアレクサス殿下に刺しなさい。失敗した時は、このナイフを自分の体に刺しなさい。」
「やめろ!」
俺は叫ぶ。
「ああ。いい顔ですねぇ。私は貴方が大嫌いなので、本当に嬉しいですよ。」
「もうテナン伯爵は終わりだ。従う必要はない!何故、そこまで俺の命を狙うんだ!」
俺の問いにウインターは忌々しそうに俺を睨む。
「テナン伯爵に別に従っている訳ではないのですよ。都合が良かったので利用させて貰っただけ。私は、どうしても貴方を殺さないといけないのでね。」
ウインターは、憎々しげに俺を見上げて話しはじめた。
「全く。20年前、テナン伯爵に初めて依頼を受けた時は稼ぎがよくて、簡単な案件だと思ったのに。しばらくこの国で稼ごうとテナン伯爵と手を結んだはいいが、あの忌々しい王妃がまさか魔力を持っていて、更にあれほどの魔法使いだったとはね。
あの15年前の事件の時、私は王妃から呪い返しを受けたのですよ。返された呪いは大したことはなかったが、私の魔力を司る部分に毒として返された。お陰で、魔力を思ったように精製できない体になってしまった。そのため、あの事件の時も城から混乱に乗じて脱出は何とか出来たものの道に行き倒れてしまった。そして、魔力を精製出来なくなった私は最弱の魔法使いとして、事件からは切り離されたが、国から出れず王族に仇なす事も出来ない呪いをかけられてしまった。」
その瞳には、怒りが浮かぶ。
「この最強魔法使いが最弱!!ああ!本当に耐えられない屈辱の日々だった!15年間、この温室の薬草を使い自分の体の毒を消そうとしたが、呪いとして張りつき消すことが出来ない。今は、一時的に薬草で痛みを消し、命を削って必要最低限な魔力を作り出しているが、そう長くは持たない。呪い返しを確実に消すには、呪い返しの元となったアレクサスが死ぬしかない。そうすれば、私の魔力は元通り!!」
ウインターは笑う。
「本当はアレクサスが死んで、ロザリオが王になれば、私にかけられたこの国の呪いを解除してもらおうと思ったが、どうやら、ロザリオは思い通りにならないようだ。」
そういうと、面白くなさそうに兄上を見つめる。
「貴方のその孤独を、舐めるように優しくしてあげれば簡単に操れると思ったのに。本当に面倒な王族達だ。まぁ。それでも、私に本来の魔力が戻れば手間はかかるが何とかなるだろう。」
「ばかにするな!私は、本物の愛を知っている。本当の息子でもないのにローズ様は本当に私を愛し慈しんで下さった。その思い出があるかぎり、嘘で固めた優しさなどに惹かれるものか!」
兄上の言葉に胸が熱くなる。
幼い日の思い出は、兄上の胸の中にも残っていたのだ。
離れていたこの15年もの間も、同じ思い出を胸に歩んできたのだ!
俺達を冷めた目で、ちらりと一瞥すると、
「そういう愛とか大嫌いだね。本当に君達には苛々するよ。そうだ!こういうのはどう?」
そういうと、ウインターはリリィに手招きする。
すると、リリィはうっとりした顔でウインターの手招きに応じる。
すると、ウインターは、リリィの銀の髪に触れ髪に口づける。
そして、俺に見せつけるかのように、リリィの肩を抱く。
それに対し、リリィは嬉しそうに微笑んだ。
俺は顔が強張るのを隠すことが出来なかった。
「アレク様!今のリルアーナ嬢はリルアーナ嬢の意思で動いたり、表情を動かしたりしていません!」
爺やの叫びに、深呼吸し、頷く。
しかし、ウインターはそんな俺を見て、
「あっはっは。やっと楽しくなってきた。今のリルアーナ嬢は確かに自分の意思じゃない。でも、この体は間違いなくリルアーナ嬢のものだ。なんなら今ここで、裸にむいて見せてあげようか?それとも私に弄ばれて悦びの声をあげるところが見たいかな?」
ウインターのあまりの言葉に、俺は怒りが抑えられなかった。
「貴様!」
怒りとともに、ウインターに俺の風が襲いかかる。
しかし、顔をしかめながらもウインターは一払いで風を避ける。
「ちっ!やはり、今の魔力じゃ操りながら壁を作るのでやっとか。もういいよ。リルアーナ嬢と楽しもうかと思ったけど、時間が無さそうだ。あまり時間をかけると、命を削りすぎることになるからね!」
そういうと、リリィから手を離した。
「やっと巡ってきたチャンスだ。私はもう王族に手を出せない。だからずっと待っていたのだ。アレクサスを揺さぶるほど近くに寄れるのに王族には属さない人物。そんな人物が現れるのを、この15年、最弱魔法使いを演じ待ち続けていたのだ!」
ウインターの言葉に、歯噛みする。
リリィは俺の特別で最愛だ。しかし、リリィはまだ婚約者ではない。つまり王族のくくりには属さない。その一瞬の隙を狙われたのか!
「さぁ。リルアーナ嬢。このナイフでアレクサスを刺すんだ!失敗した場合は、このナイフで自分の首を切りなさい!」
ウインターは声高々にリリィに命じた。
「アレクサス殿下。ナイフを避けたらリルアーナ嬢はもがき苦しみながら、君の目の前で死ぬよ?楽しみだねぇ。君はどっちをとるの?自分の命?最愛の人?」
※※※
私は心の中で、もがき、泣き、叫んでいた。
「嫌よ嫌よ嫌!アレクサス殿下に酷いことしないで!」
「ウインターに近づかないで!」
でも、どれだけ強く思おうと私の体は私の思い通りにならない。
自分の体を通して見える事態に憤りと絶望を感じる。
嫌よ!死にたくない。
お母様ともお父様ともユーリとももう会えないの?
今までの思い出が浮かぶ。
でも、
でも、それよりも、
アローが殿下が死ぬのはもっと嫌よ!
誰よりも、自分よりも愛しい人。
貴方を傷つける位なら、自分が死んだ方がいい!
でも、それは最後の手段!
諦めない。絶対諦めないんだからー!
私は思いのまま、力いっぱい自分の体を殴りつけた。
すると、ほんの少し、ほんの少し、囲われた空間にひびが生まれた感触がした。
ほんの、ほんの少しでもいいの!
動いて。動いて私の体。
アレクサス殿下を絶対に死なせやしない!
私の全てをかけて守ってみせる!
私は、私は、アレクサス殿下とともに、手を取り合って生きたいのー!
私はもう一度、力の限り、体を殴りつけた。
※※※
リリィがナイフを自分の首近くに当て、にっこりと笑いながら、俺にゆっくり、ゆっくり近づいてくる。
ナイフがあまりに首に近く、一瞬で刺さる距離のため、周りの者も動く事が出来ない。
俺は、リリィを見つめていた。
出会った猫のリリィを思い出す。
明るくて素直で、ふわふわの毛並とよく動く尻尾に癒された。
王宮で会ったリリィ、ダンスを踊ったリリィ、煌めく輝きを纏い、一瞬で俺の心を鷲掴みにした。
どちらのリリィも愛しくてたまらない。
リリィが笑ってくれるなら、この手をとってくれなくても構わない?
よくそんな綺麗事を思ったものだ。
誰にも渡したくない!
手を取り合い、笑いあい、共に歩いていきたい!
本当に、君のためなら命だって惜しくないんだ。
最後は俺は、君のために死ぬ。
本当に王になるには未熟者で母上にも怒られるだろうけど、君のいない未来は考えられないんだ。
でも、まだだ!
まだ共に歩く未来を諦めたくない!
俺は、リリィと手を取り合って、未来を歩くんだ!
俺は、一瞬も目を離さず、ぎりぎりまで、リリィの隙を狙う。
ほんの一瞬でいいんだ。リリィのナイフがリリィの首から離れてくれれば!
頼む!
俺は、祈った。
そして、リリィが俺の目の前に到達した瞬間。
ほんの僅かに、リリィの手が震え、首からナイフが離れたのを俺は見逃さなかった。
風を操り、リリィの手からナイフをはじき飛ばす。
そして、
力の限りリリィを抱きしめ叫んだ。
「リリィ!愛しているんだ!俺と共に生きてくれ!」
そして、リリィの唇に口付けた。
※※※
私は、閉じ込められた体の中で、ほんの僅かな隙間から必死に腕に指示を出す。
動け!動け!
その強い願いが、一瞬、腕に伝わり、腕が動いた気がした。
その瞬間、
私の手元に風が巻き起こり、ナイフが弾け飛ぶ。
そして、私を力強く抱きしめるアレクサス殿下の温もりを感じる。
「リリィ!愛しているんだ!俺と共に生きてくれ!」
アレクサス殿下の心からの叫びを聞いた瞬間、私の唇に、殿下の唇が落ちてきた。
ああ。
本当に愛しい人。大好き。
そううっとりとその唇を感じた瞬間、私の囚われていた意識が弾け飛ぶのを感じた。
目の前が真っ白になるほどの光に溢れ、体中からキラキラと光が溢れる。
そして、ふっと、意識と体が一致したことを感じる。
ゆっくり、手をアレクサス殿下の頬に当てる。
「だーい好き。私も貴方と共に生きたいの。蛙の貴方もキラキラの王子様の貴方も愛してる。」
私の言葉に、アレクサス殿下の目が見開いた。
※※※
リリィの体を抱きしめ、その唇に口付けた瞬間、目の前が真っ白になるほどの光が俺の体から溢れた。
ああ。俺を縛っていた複雑な呪いが輝く光となり俺の体から出ていくのが分かる。
今、呪いが解けたのだ。
なぜ?茫然としていると、
俺の頬に優しい手があたる。
はっと、手の先をみると、優しく微笑むリリィがいた。
「だーい好き。私も貴方と共に生きたいの。蛙の貴方もキラキラの王子様の貴方も愛してる。」
そんな、リリィの言葉に一瞬呼吸をすることを忘れるほどの衝撃を受ける。
そして、リリィの体からも、俺と同じように、呪いが光となり体から流れているのを感じる。
その光が、リリィの体に絡みつき動かしていたウインターの魔力をも一緒に体の外へ押しだしたのが俺にはみえた。
「リリィ?」
俺の言葉に、リリィが優しく頷き返してくれた。
「リリィ!」
俺は、再び、リリィを強く抱きしめた。
リリィはそんな俺を抱きしめ返してくれた。
「なんだそれは!なんだそれは!」
抱き合う俺達を裂くかのような、絶叫が響いた。
声の方を振り向くと、憤怒の表情で俺達を見つめるウインターがいた。
「そんな事、認めるものか!もう一度だ!もう一度リルアーナに術をかける」
ウインターがそういうと、術を繰り出そうと、視線をリリィに向ける。
俺は、風で壁を作り、リリィを庇うように抱きかかえた。
「ぐわぁぁぁぁっぁ!!」
しかし、覚悟した術による衝撃のかわりに届いたのは、ウインターの叫び声だった。
驚いてウインターをみると、自分の首を掻き毟るように苦しみながら、白目をむき、口から泡を出し恐ろしい形相でもだえ苦しむウインターが見える。
「見るな!」
俺は、リリィが恐ろしい姿をみないように抱え込んだ。
リリィが震えながら俺にしがみついてくる。
どのくらいその苦悶の声が聞こえただろうか。声がとまると、俺は、必死にしがみついていたリリィの手を優しくとり、目を閉じているように囁くと、立ち上がる。
俺とリリィが離れたタイミングで、アルフィルム侯爵とユリウス殿がリリィの元へ駆けつけ、リリィを守るように抱きしめていた。
「ローズ様と母カローラの敵!やっと、やっとこの手で敵がうてた!」
兄上の紫の瞳に暗い炎がみえる。ウインターの後ろには吐き捨てるように呟く兄上の姿。
倒れたウインターの背中には、先程までリリィが握りしめていたナイフが深々と刺さっていて兄上がその後ろにいる。
兄上がウインターを刺したのか!
俺は驚きで動けなかった。
ウインターは防御の壁を作っていたようだが、自身の魔力を含んだナイフは、敵とはみなされず易々と自身の壁を抜けたのだろう。
そして、自分ですら解毒出来ないほどの強力な毒にもがき苦しみ息絶えていた。
「ロザリオ。」
父上がそういうと、兄上の横に静かに歩み寄ると、兄上を抱きしめた。
「今まで本当にすまなかった。ロザリオよ。敵をとったのだな。」
優しく囁く父上の言葉に、兄上の瞳が揺らめいた。
手を顔に当て、呻くように、兄上は静かに頷いた。
「そうか。そうか。よくやった。」
父上は、目に涙を浮かべ、兄上を抱きしめていた。
誰も動く事も、何かを発する事も出来ず、兄上の嗚咽だけが謁見の間に響いていた。




