22 リリィの目覚め
「リリィの目が覚めた?!」
俺がその報告を聞いたのは、リリィが王宮の一室に密かに運び込まれた3日後だった。
特効薬が分かっているとはいえ、実際に使用されたことはない遥か昔の毒であり文献だけを頼りに投与されたが、当初はなかなか調合が上手くいかずリリィは回復しなかった。一見寝ているだけだが、どんどん呼吸が浅くなり一時は危ない時期もあった。しかし、王宮の特効薬は投与を続けるうちに徐々に効果が現れだし、3日目の今日、ようやくリリィは目覚めたのだ。
俺は、深く息を吐き出し、椅子に座りこんだ。
この3日というもの、リリィを失うかも知れないという恐怖は、想像以上に恐ろしく、ほとんど眠ることも出来なかった。
それなのに、婚約者でも何でもない自分は、リリィに近づくことも、その手を握ることも許されない。
ただ、爺やから知らされる、リリィの様子に胸を痛め失う恐怖と戦っていた。
「ウインターの様子はどうだ?」
俺は爺やに尋ねた。
兄上との会話後、再度ウインターを徹底的に調べるように俺は指示していた。
「やはり、魔力は最弱レベルですな。とても、15年前の事件に関わっているとは思えない弱い魔力です。」
爺やはそう答えた。
「ただ、気になったのが、能力が少し変化していました。微かに相手の意識が分かる程度だったのが、微かに相手の意識に入り込めるようになっています。ただ、それでも、あの弱い魔力では、とても誰かの意識を操れるほどではありません。」
俺は爺やの話を聞いて、悩む。
「しかし珍しいな。当初の測定は、最大魔力と開花出来る能力の全てが測定出来るはずだ。それなのに、ここにきて測定とは若干とはいえ違う能力が開花するとは。」
「そうなのです。そこだけ私も気になるのです。ただ、ここ3日の様子も変化はなく、魔力も最弱。これではとてもこちらとしては、責めることは出来ない。穏やかで朗らかな性格、知識も豊富と評判も上々です。だからこそロザリオ様の教育係にまで出世出来たのです。」
俺はため息をついた。
「分かった。とりあえず、そのまま監視は緩めないでくれ。そして、リリィの近辺の警護は更に引き締めるように指示してくれ。」
私の言葉に爺やは頷いた。
「アレク様。目覚めたリルアーナ様は、顔色もよくご飯もきちんと食べられました。もう大丈夫ですよ。」
爺やの言葉に俺は耐えていた、緊張が溶け、涙が零れそうになる。
「アレク様のほうこそ、ここ3日食事もまともにとっていないと侍従達が心配しております。顔色も悪い。まともに寝ていらっしゃらないのでしょう。そんなことでは、この国もましてやリルアーナ様も守れませんよ。」
爺やの言葉に、
「分かっている。本当に俺はまだまだだな。リリィがいなくなると思うだけで、地面が無くなるような真っ暗闇に放り込まれたような恐怖だった。今日は、少し休み食事もしっかりとる。」
俺の言葉に、爺やは
「リルアーナ嬢も、毒の抜けた蛙のぬいぐるみを大切にベッドで抱えていましたよ。」
その爺やの言葉に、俺の頬も耳も赤くなる。
リリィにとって、蛙が大切に思われているのは、まるで俺が大切に思われているようで、少し恥ずかしく嬉しい。
そんな俺の様子を、
「ほっほっ。お若くなんと可愛いらしい姿であられる事か。」
爺やは、そう、笑いながら部屋から出て行った。
※※※
私が目覚めた時、見たことのない景色で驚いた。
けれど、私の手をしっかり握るこの手はよく知っているわ。
「ユーリ?」
私が名前を呼ぶと、少し眠っていたらしい、ユーリが飛び起きた。
「リリィ!」
ユーリの叫び声に、お父様と見たことのない小柄なお爺様が慌てて部屋に入ってくる。
そして、目覚めた私を見ると、お父様が私を抱きしめた。
「お目覚めですか?失礼いたします。」
そして、お爺様は私に近づくと、脈を取り、私の様子を確認する。
「もう、大丈夫なようです。」
そういったお爺様の言葉に、ユーリが珍しく泣いた。
「リリィ!良かった。本当に良かった!」
私を抱きしめ珍しく感情を溢れさせるユーリをみながら、私は記憶を失う直前の事を思い出していた。
「私・・。軽率な事をしてしまったのね。」
そういうと、本当だよ!とユーリに怒られる。
「ねぇ。あのときの蛙のぬいぐるみは?」
私が聞くと、ユーリは、顔をしかめ、
「あんなぬいぐるみいらないだろ!リリィは、蛙も虫も嫌いじゃないか!」
そう私にいう。
「そうなんだけど。」
どうしても、アローに思え不安になってしまう。
そんな私に、お父様が、蛙のぬいぐるみを渡してくれた。
「ぬいぐるみに毒やおかしな術がかかっていないことは、確認済だ。蛙の傷もメイドが縫ってくれたよ。」
お父様の言葉に、私は嬉しくて、蛙のぬいぐるみを抱きしめた。
「良かったわね、お前。」
そういって蛙に話しかけた。
ユーリは、訳がわからないというように、私とお父様をみて、諦めたと言わんばかりに首をふった。
※※※
「ようやくリルアーナ嬢が目覚めたか。」
「ええ。計画通りです。さぁ、仕上げと致しましょうか。今度こそ、あの蛙王子に死を与え、私は自由と力を取り戻し、あなたはこの国最高の権力をもつ。素晴らしいハッピーエンドだ。」
暗闇に、笑い声が響いた。
※※※
「そうか。リルアーナ嬢は無事に目覚めたか。」
ふぅっと息を吐く。
「息子の様子は?」
息子、アレクサスの爺やであるクロスに尋ねる。
「アレク様もようやく落ち着き、食事も睡眠もお取りです。」
その言葉に安堵する。
リルアーナ嬢が倒れてからのアレクは、気丈に振る舞ってはいたが、食事も喉を通らない様子だった。
「運命の相手か・・・」
ポツリと呟く。なんと重い言葉かと思う。
リルアーナ嬢の気持ちがどう傾くかはまだわからないが、アレクにとっては替えのいない正に運命の相手なのだろう。
アレクの中のリルアーナ嬢の大きさを再確認した。リルアーナ嬢を失うような事があれば、アレクはどうなるのだろうか。
自分も、王妃であるローズを失った時の喪失感を思い出す。
ただ、自分にはアレクがいた。ローズが愛した国があった。
ローズが命をかけて守ったアレクを守り生かすため、国を保つため何とか生きてきた。
「今回の件、間違いなく15年前の魔法使いとテナン家が関わっているな。」
「ええ。ただどうしても魔法使いが掴めません。」
「ウインターとかいう魔法使いはどうなのだ?」
私は、クロスに尋ねた。
「ウインターほど怪しい者はいないでしょうな。15年前のあの事件の直後にこの国に現れた魔法使い。しかも調べると、半年前、ハンガリン公爵家の推薦でロザリオ様の教育係となっています。ハンガリン公爵家は、半年前からテナン家と近づき、今は半分操られているような状態です。この件、テナン家が糸を引いていると思われます。しかし、絶対に15年前の事件の犯人にはなり得ない、最弱な魔力なのです。」
クロスは、頭をふった。
「最も怪しいのに最も不可能な者。あまりにもあべこべなのですよ。」
クロスの言葉に、後手に回っている今の状況を苦々しく思う。
怪しい者はさっさと捕縛し処刑してしまいたいが、そうはいかない。
我が国は、司法を備えた国家なのだから。
処刑には、誰の目にも明らかな罪が必要だ。
そうでなければ、この国の秩序は乱れてしまうだろう。
「どちらにしろ、リルアーナ嬢にここまでしたのです。これで終わりではありますまい。最後の仕掛けがなされましょう。」
クロスの言葉に頷く。
「ここで、こちらとしても必ずや決着をつける。テナン家のしっぽを掴み、今度こそ権力も爵位も根こそぎ奪おう。アレクの代にはこの権力の塊の蛆虫は必要ない。今まで調べあげたテナン家の不正の証拠を見直し、15年前の事件ももう一度徹底的に調べ直せ!」
私はクロスに指示を出す。
そして、言葉を濁す。
「ロザリオはどうしている?」
「静かになにかをお考えのようです。」
「・・ロザリオにとってもこれで終わりにしてやりたい。ロザリオもこの15年辛かったことだろう。私は本当に、親としてどちらの息子にも何もしてやれなかった。ローズを失った悲しみと憎しみにとり取り憑かれ、自分の気持ちと混乱する国に必死で息子達を気にかけてやることが出来なかった。」
私は深く後悔している。
「気付いた時には、どちらの息子とも壁が出来、どうしていいのか分からなかった。ローズはきっと怒っているだろうな。ローズはロザリオのこともまた愛していたのだから。本当に、愛情深い妃だった。」
今もローズを想うと、心が震え、癒えることのない悲しみが私を襲う。
私の言葉にクロスは静かに頭を垂れた。




