18 果たされた約束
「本当に綺麗?おかしな所はないかしら?」
私の問いに
「まぁ。リルアーナ様がこれほどまでに出来栄えを気にされるのは初めてですね。でも、今日はいつにもましてとてもお綺麗ですよ。」
マリーは自信満々に答えてくれた。
今日は、アレクサス殿下の20歳の祝賀会。
通常は18時頃からの開始だが、本日は、殿下の体調を考慮し16時開始予定だ。
鳥籠をいただいた後、丁寧なお礼状を認めた私に、アレクサス殿下から手紙と贈り物が届くようになっていた。
その手紙に添えられたお菓子やアクセサリー達は、鳥籠程高価なものではないが、やはり私の好みに合わせたかのようにぴったりで驚いた。
あまり派手なものは好まない私だが、殿下の下さるアクセサリーは、小さくても凝ったデザインで花や自然がモチーフとなっていてとても可愛いものだった。
それに対しまたお礼状を書き、殿下からも更に手紙と贈り物が届く。
まるで文通のような繋がりが畏れ多くもあり、しかし抑えようもなく心高まるやり取りだった。
祝賀会でダンスなんか申し込まれたらどうしよう?!
そんな夢みたいな事も考えてワクワクしてしまう。わかっている。絶対に恋はできないし、婚約者にもなれない。でも、王子様とダンスを踊るなんで、乙女なら一度は夢みることじゃない?
そういって笑う私にユーリは焦り、苦言をいうが、そんなユーリを抑えたのはお父様だった。
「このままでは、リリィは本当に婚約者になってしまいます!」
お父様に食ってかかるユーリに、
「わかっている。いざという時は、何をしてでもリリィを守る。しかし、暫くはこのまま様子をみるんだ」
きっぱりと言い切ったお父様の様子にユーリは言葉を失っていた。
そして、祝賀会の日。
私は、少し前にアレクサス殿下が贈って下さった髪飾りを身につけていた。綺麗に髪を纏めあげ、流れるように垂らした銀の髪に可愛い髪飾りが揺れる。
それは、小さな花を模ったとても可愛いデザインだった。真ん中で美しく真珠が満月のように輝き、私の大切な満月の夜を表しているかのような一番のお気に入りだった。
そしてアローの事を思う。
最近のアローは、疲れ果てているようにみえる。それでも、少し会話をし2人で綺麗な満月を見上げるだけで心が満たされる。アローに私の毛皮を貸してあげると照れたように笑い、そして安心して眠りにつく。そんなアローを眺めながら私もいいしれぬ幸せを感じていた。
「リリィ!行こう!」
私が考えごとをしている間に会場に着いていたようだ。ユーリが私の手を引っ張ってくれる。ユーリと手を繋ぐととても安心する。
にっこり笑って私もユーリに手を添えた。
会場に入ると、あちこちから挨拶される。
王への謁見と暴行事件で一躍私とユーリは時の人だ。知り合いも増え、会話も弾む。
その中でも強い視線を感じ目を向けると、エリザベス様が近づきたい様子でうろうろしている姿が見えた。
その様子があまりにも可笑しくて、また一生懸命な姿が可愛らしくて、嫌がるユーリを連れてエリザベス様に挨拶にいく。
真っ赤になったエリザベス様とユーリの3人で話していると、いよいよ祝賀会が始まり、王と第一王子殿下、更に主役である、第二王子殿下が現れた。
私は、第二王子殿下のアレクサス様を見て驚いた。
その姿は、初めてのパーティーで失礼な男性から助けてくれた人だった。
あの時よりも、きちんと正装をしているが間違いない。
キラキラと光輝く金の髪と、真っ直ぐ前を見つめる緑色の瞳に見とれた。
王の挨拶が終わり、第二王子殿下の挨拶が始まる。
はっきりと会場に響き渡る凛とした声と、輝く姿に会場中が息をのんだ。
そして、私は、アレクサス殿下が発した声を聞いた瞬間、驚愕した。
だって、だって、その声は・・・!
ダンスが始まる。
アレクサス殿下は、真っ直ぐに私に向かって歩いてくる。
周りのレディ達が熱い視線を投げかけても一瞥もせず、ゆっくり私の前に辿りつくと、
「リルアーナ嬢。一曲お願いできますか?」
それは、見とれるほどに素敵な笑顔と仕草で私の前に手を差し出した。
私は、何も答えることが出来ず、ただ引き寄せられるかのように、アレクサス殿下の手に自分の手を重ねた。
そっと手を握られ、ダンスホールにつれて行かれる。
きらきらと光る照明が眩しい。華やかで軽やかな音楽が始まる。
どちらも、何も語らないままダンスが始った。
私は、そっと、声をかけた。
「アロー?」
私がアローの声を間違えるはずなどない。アレクサス殿下の声は、その声は、満月の夜、何度も何度も語り笑いあったアローの声だ。
「そうだよ。リリィ。」
そっと耳元で、アレクサス殿下は、いつもの満月のように私の名前を呼んだ。
私は、ただただ驚いて、アレクサス殿下に手をとられ、ダンスを踊った。
「この日を夢みていた。」
そっと私の手を強く握りしめながら、アレクサス殿下が耳元で語りかける。
「ねぇ、リリィ?約束しただろう?いつか、君にダンスを申し込むと。あの光輝く世界で、リリィとダンスを踊れる日を、俺は夢みてきた。まだ呪いは解けないけれど、それでも、この場所で君の手をとれたことを幸せに思う。」
そういって私を見つめる瞳は、確かにアローの瞳なのに、まるで知らない瞳のように煌めき私を見据えていた。
ダンスが終わると、アレクサス殿下は、庭園を望むバルコニーに私を誘った。
瞳の端に、不安そうに私を見つめるユーリの姿を見つけたけれど、大丈夫!そう目で伝えると、アレクサス殿下に付いていく。
私は、ぐるぐる頭がまわる。
アローがアレクサス殿下?
っていうか、私、とっても失礼な態度とっていたんじゃない?
「アロー。いえ、アレクサス殿下、、」
私がそういった瞬間、アレクサス殿下に強く腕を掴まれた。
「やめてくれ!頼む、リリィ。どうか、俺が王子だとしても態度を変えないでくれ。俺は、アローだ。」
私を泣きそうな瞳で見つめてくるアレクサス殿下に、私は、頷いた。その不安げに揺れる緑色の瞳は、確かに、アローだ。
「偉そうな蛙じゃなくて、本当に偉かったのね。」
呟くように言った私の言葉に、アレクサス殿下は苦笑した。
そして、アレクサス殿下は、ふぅと息をはいた。
ゆっくり私の腕を離すと、次にそっと私の手をとる。
「リリィ。もし今日、リリィが俺のことに気付いたら、伝えようと決めていた。」
そこまでいうと、私の目を真剣な瞳で見つめてくる。
そして、私の手をぎゅっと強く握りしめ、囁くように私に告げた。
「リリィ。君を愛している。」
その言葉に、私は強い衝撃をうけ、何も答えられず固まった。
そんな私を見つめながら、アレクサス殿下は、熱のこもった瞳で私を見つめる。
「リリィ。本当だ。君を心から愛している。俺は王になる。どうか、俺の隣で笑っていてくれないか?君の笑顔を、俺の全てをかけて守ると誓うから。」
じっと見つめられる。
繋がれた手が燃えるように熱い。
「でも、でも私は呪われていて・・・」
「そうだね。そして、俺も呪われている。」
アレクサス殿下の言葉に、はっと気づく。
「だから?呪われた同士だから?」
そう呟く私を
「違う!」
アレクサス殿下は強く否定した。
「呪いなんて、関係ないんだ。俺にとって満月の夜、リリィと過ごす時間はかけがえのない時間なんだ。リリィ。猫の君も、今の人の姿の君もどちらも愛している。俺にはもう、君のいない人生は考えられないんだ。」
アレクサス殿下は更に続ける。
「命をかけて君の呪いを解き、俺の全てで君を襲う悪意から君を守ると誓う。だから、お願いだ。俺と共に人生を歩んでもらえないか?」
思いがけない言葉とあまりの衝撃で固まったままの私を一瞬抱き締め、アレクサス殿下は優しく笑った。
「リリィが、俺のことを友情以上に思っていないことはわかっている。だから、これから考えてくれないか?少しでも俺のことを異性として想ってくれるのならば、俺の全てを君に捧げよう。リリィ、返事はいつまでも待つ。ゆっくり考えて欲しい。」
そういうと、そっと私から離れた。
固まったままの私の手をとり、私をユーリの所まで送ってくれた。
ユーリの元に戻った私に、ユーリが色々話しかけているのがわかる。エリザベス様が心配そうにしてくだっているのも、周りの視線が私に集まって噂されていることにも気付いている。
でも、何も出来なかった。
ただただ、アレクサス殿下の言葉が頭を巡り、アレクサス殿下に触れられた腕や手が熱くてたまらなかった。
アレクサス殿下の瞳が、胸に張り付いて、苦しくて苦しくて息が出来なくなる気がした。
私は、どうやって家にたどり着いたかも覚えていない。
ユーリの言葉が頭にはいってこないなんて生まれて初めてだった。
部屋のベッドで丸くなる。
気付くと、私は猫の姿になっていた。
何故だか、涙がこぼれて止まらなくなった。
すると、
「リリィ?」
そっとお母様が部屋に入ってきた。
「お母様・・!」
涙が止まらない、私を抱き上げ、お母様は私のベッドに座る。
私の毛並をそっと優しく撫でてくれる。
「アレクサス殿下に愛を告げられたの?」
優しく撫でながら語るお母様の言葉に、私は泣きながら頷いた。
「リリィは殿下のことを愛しているの?」
お母様の言葉に、わからないの。と首をふる。
そう。私はわからないのだ。
アローは、私にとってとても大切な存在だ。
満月の夜は今では、私にとってもかけがけいのない大切な夜だ。
でも、もう今までのようには過ごせない。
だって、アローの気持ちを知ってしまった。
なぜ、あんなに無防備にアローに触れられて平気だったのだろう。くっついて2人で寝たことが今更ながら恥ずかしくてたまらない。
今日はただこの手をとられ、一瞬そっと抱き締められただけなのに、思い出すだけで、頭がぼぅとして何も考えられなくなる。
もう、戻れない。笑いあい転げまわった、満月の時間はもう戻ってこないのだ。
それだけじゃない。
ユーリとももう今までと同じ関係ではいられなくなる予感がした。
ずっと2人だけの温かな優しい関係だったのに、ユーリさえいれば良かったのに。ユーリが私の世界の中心で、2人でいるだけで、それだけで幸せだったのに。
そう思うと、悲しくて、どうして?とアローに対して責めたい気持ちが湧いてくる。
それなのに、真剣な緑色の瞳を思い出すと、心が燃えるように熱く胸がどきどきと高なるのだ。
私は自分の気持ちがわからなくて、そして大切な何かを失うことが怖くて泣いていた。
そんな私をお母様は優しく抱き締めながら、撫でてくれた。
「ねぇ。リリィ。確かにあなたは呪われているわ。でも、どうか人を愛すること、人に愛されることを恐れないで。」
「でも、きっと今までと変わってしまう。」
泣きながら訴える私に、
「そうね。今まで世界の中心だったものが変わり、変化するわね。でもね、今まで大切にしていたものが無くなる訳じゃないのよ?貴女は、いつまでも私達の大切な娘だし、ユーリのお姉さんなのよ。何も変わらないわ。ただ、貴女の世界が広がって、大切なものがどんどん増えていくの。それはとても素敵なことよ。」
お母様の言葉がゆっくり私の胸に落ちてくる。
「まだ自分の気持ちがわからないのなら、焦らなくていいのよ。ゆっくり心をみつめていきましょう?貴女にとって、殿下がかけがえのない相手なら、きっといつか気づくわ。この人を失ってはいけないと心が訴えてくるのよ。」
そういいながら優しく撫でてくれるお母様の手が温かくて、ぐるぐる回っていた気持ちが落ち着いて、ゆっくり瞼が落ちてくる。
「リリィ。貴女が愛に悩む日がきてくれて本当に嬉しいわ。そして何を選んでもどの道を進もうとも、私達は貴女の味方よ。愛しいリリィ。」
お母様のそんな声をききながら、私は眠りについた。




