17 明かされた事実(アルフィルム侯爵視点)
申し込んでいた、王への謁見は意外な形で実現した。
「よくきてくれた。頭をあげよ。」
王の言葉に、深く下げていた頭をあげる。
ここは、王の私室。
私の元に不思議な鳥が現れたのが少し前のこと。
鳥は、私の周りに誰もいないタイミングで私の手元に降り立つと、手紙に変化した。
一瞬驚いたが、それは魔法であると気付く。そして、魔法をこのように使用できる権限は、我が国では王にしかない。魔法使いを個人で使役することは固く禁じられているからだ。
手紙には、この鳥についてくるように指示されていた。
鳥?
悩む私の目の前で、手紙は再び鳥の姿になり、私を連れていくかのようにゆっくりと飛びあがった。
それは足を踏み入れたこともない王宮の奥。
私の前を行く鳥をみると、王直属の護衛達が私を奥へと通してくれる。
そして、ある扉の前で鳥が一声鳴くと、扉がゆっくりと開き、明るく広い空間が広がった。
そしてその部屋でくつろぐ王の姿。
私は初めてこの場所が王の私室であることを理解した。
「座りなさい。少し話は長くなる。」
王に促され、ゆっくり王に向かいあう形で座る。
それを待っていたかのようにメイドが現れ、私達にお茶を差し出すと、ゆっくり部屋を出ていった。
「アルフィルム侯爵。そちを見込んでの話となる。今から話すことは家族にも他言無用。この話が漏れれば、国は一気に混乱に陥るだろう。」
「王よ。私は勿論国と王に心より忠誠を誓っております。しかし、それほどの話しをなぜ私に?」
私には全く解せない状況だった。
「リルアーナ嬢がそちの娘だからだ。」
王の言葉に言葉を失う。
リリィ?どうしてここでリリィが出てくるのだ?
「王よ。まさか噂の通り、リリィを殿下の婚約者候補にとお考えなのでしょうか?」
私は核心を王に尋ねた。私室での内緒話だ。本音を隠しまどろっこしく内心を探っても意味はないだろう。
「候補ではない。アレクの正妃にと思っている。」
王の言葉に、やはりと思う。
「王よ。なぜリリィなのでしょうか?また、隠しておりましたがリリィには持病がございます。せっかくのお申し出で大変な栄誉ではございますが、とてもアレクサス殿下の婚約者とはなれないのです。」
「そちが、婚約の話を受けないことはわかっていた。だから人のいる所でこの話は出来なかったのだ。リルアーナ嬢が病持ちだと他の者に伝わり婚約の話が流れてはまずいのだ。」
「王よ。なぜそこまでリリィなのです?リリィには病があり、子は望めません。そのような娘を正妃にはできないのです。」
私は、王に訴えた。
なぜこれほど王がリリィを求めるのかはわからないが、リリィを婚約者、ましてや正妃にすることはどうしても出来ないのだ。
「・・・病とは、呪われた体のことであろう。」
王の言葉に私は戦慄した。なぜ王が呪いのことを知っているのだ?
言葉の出ない私に、ゆっくり王は話し始めた。
「そちに謝罪をしなければならない。リルアーナ嬢に呪いをかけたのは、いまは亡き王妃なのだ」
王のあまりの言葉に私は立ち上がった。
何をどう調べても分からなかった呪われた理由と呪いをかけた人物。それが王妃?!
私は、さすがに怒りを抑えることができず王に詰め寄った。
「なぜ!なぜ生まれてもいないリリィに呪いなどかけたのです!リリィに何の落ち度があったというのです!」
どれほどこの呪いに私達は悩み苦しんだことか!リリィの結婚を諦めきった顔が浮かぶ。
本当なら結婚に夢見る年頃だろうに一切そんな様子を見せず、逆に私達を気遣う娘を、私や妻がどんな気持ちで見つめていたか。これからどれほどの悪意が娘達を襲うのかと夜も眠れず悩み続けた日々、自分を責め何度も泣いていた妻の姿が思い出される。
王は、そんな私を静かに見つめていた。
「わかっている。どれほど謝罪してもたりない。本当に申し訳なかった。」
王に頭を下げられ、我に返る。
「全てを話そう。そちには知る権利がある」
王の話に私は息を飲んだ。
あれは、15年前ー。ロザリオが5歳になろうかという頃、あの忌まわしい事件が起きた。
何度も夢にみて、何度も後悔する。
私は、王妃のように愛せないのなら、どのような理由であれ側妻などとるべきではなかったのだ。例え、本人が愛されなくても構わない、一度の情けでいいのだと言ったとしても。
王妃のようには愛せない、それでも私なりに、側妻カローラとロザリオの事は大切にしていたつもりだった。
しかし、カローラは王妃との違いに耐えられなかった。
だんだんと妬みが強くなり、精神を病んでいった。更に、カローラの生家テナン家がロザリオを王にするため、カローラを使い暗躍するようになっていった。
あの時のアレクの暗殺未遂事件は、流れの魔法使いが関わっていた。カローラが密かに他国の魔法使いを使い、アレクを暗殺しようとしたのだ。その術は、毒を心臓に直接流しこむ恐ろしく強力なものだった。
そう語りながら、王の顔に苦渋が浮かぶ。
王妃には生まれつき不思議な力があった。
そう、世間には公表していないが王妃もまた魔法使いだった。アレクの心臓に毒が入りこんだ瞬間、王妃は自分の力を使い、毒を自分の身にうつし、毒を自分の体に取り込んだ。
私がその場にたどり着いた時、王妃はもう息も絶え絶えだった。
そして私に告げたのだ。
相手の魔法使いはあまりに強力で、毒を消す事が出来なかった。アレクの代わりに毒を受け止めるしか出来なかったと。
しかも、既にアレクの中に入っていた毒の一部は体に残り、アレクの全身を蝕んでいた。
王妃が大切に胸に抱いていたのは、弱った緑色の蛙だった。
王妃の魔力と相手の魔力が混ざりあい毒は変質し、歪な呪いとなり、アレクを蛙に変えていたのだ。
しかもこのままだとゆっくり小さな蛙は、呪いに飲み込まれ、死に向かうだろうと。
王妃は最後に残った命を絞りだすようにして、アレクの呪いを分け、放ったのだ。
どこの誰かもわからない、しかしアレクと深い縁で結ばれているはずの運命の相手にむけて。
そして、いつか2人が出逢い、愛で結ばれた時、その呪いに打ち勝てるように強い祈りを込めて。
王はそこまで話すと息を吐いた。
「そして、呪いが半分になったアレクは夜だけ蛙となる体になり現在に至る。」
王の言葉に私は、頭をかきむしってソファに体を沈めた。
「その身に呪いを受けたはずのアレクの運命の相手をずっと探していた。しかし、アルフィルム侯爵、そちはかなり用心深く慎重に動いていたのだな。さすがは我が国の頭脳と呼ばれるアルフィルム侯爵家よ。我はどうしても見つけることが出来なかった。そのまま、王子達は家督を継げる20歳に近づき、国は王太子問題で揺れていた。ロザリオは優秀だが、後ろにテナン家がいる。あの事件も、精神の狂ったカローラ一人でできることではない。テナン家が糸を引いていたのに、追及しきれず逃がしてしまった。テナン家の当主は優秀であるがゆえに、国を操りたい欲望に満ちている。テナン家を抑えるためにも、アレクを王太子にしたかったが、アレクは半分蛙で、しかも、その心は王になるには足りないものだった。我はもう半分諦めかけていた。アレクの相手はこの国の人間ではなく今世では出会えない運命だったのかもしれない。または、呪いによりもうこの世にいないのかもしれないとまで思っていた。」
王は私を見つめた。
「アレクが20歳を迎えても今のままなら、国が割れいつか内乱が起こる。混乱することはわかっていたが、アレクを降家させロザリオを王太子に据え、テナン家は自分の代で無理にでも心中するか、そう無謀なことも考えていた。しかし、半年ほど前からだろうか。アレクが変わったのだ。」
「半年前?」
私には、思い浮かぶことがあった。ユーリからひそかに報告を受けていた。満月の夜、猫のリリィが出歩いていると。
危なくはないようで、リリィがとてもご機嫌なので様子見としていたが、
「まさかー。2人は出会っていた?」
王が頷く。
「満月の夜。リルアーナ嬢とアレクは出逢い、2人の時間を過ごしていたようだ。」
王は首をすくめた。
「そして、アレクは変わった。元々アレクは素質はあるのだ。国の情勢をよく見極めているし判断力もある。なかったのは、王になる覚悟。」
王は私を見つめる。
「リルアーナ嬢に出逢い、アレクは、王になる覚悟を決めた。あれは、未熟なりに今、覚悟をもって歩きはじめた。そして、リルアーナ嬢を愛している。」
王の言葉は私に衝撃を与えた。
「しかし。」
私の口の中はからからに乾いていた。
「しかし、満月の夜の相手がアレクサス殿下だとはリリィは気付いていません。そして、リリィは呪いのせいで、恋に怯え恋を意識して遠ざけている。今のリリィが恋をしているとは思えません。」
私の言葉に、王は頷いた。
「アレクも、リルアーナ嬢に蛙の自分の本当の身分をあかしていないと言っていた。そして、気持ちもアレクの一方的なものだともわかっているようだ。」
王は私を見つめた。
「もし、この先リルアーナ嬢がアレクを愛することがなく、王妃になることをよしとしない場合は、無理強いしないことを約束しよう。しかし、どうか今暫く、2人を見守り2人の縁が結ばれる時間が欲しいのだ。そちが、リルアーナ嬢が病持ちだと公表すれば、もうリルアーナ嬢はアレクの相手にはなれない。呪いを解く方法は2人の愛する気持ちだけなのだ。」
勝手にリリィに呪いを与え、殿下を愛さないと呪いを解けない?なんて勝手なのだ!勝手にリリィを巻き込んで運命を弄んでいるようにしか思えない!
私は、ぶつけようのない怒りと、どうしようもない運命に手を握りしめる。
「アルフィルム侯爵。本当に、そち達に非は一切なく巻き込んで申し訳ないと思っている。そして、リルアーナ嬢の存在がアレクを生かし、アレクを成長させてくれたことを心から感謝している。リルアーナ嬢との出逢いは奇跡で希望なのだ。」
王の言葉に、それでも、と思わずにはいられない。あの自然で素直な娘を思う。出来るだけ娘には自由な道を歩んで欲しい。
王妃だなんて、リリィには重すぎる。
「リリィは。確かにリリィは、私の自慢の娘であります。しかし、リリィにとても王妃が務まるとは思えません。そのような教育はしていない。」
絞りだした私の言葉に王は、笑った。
「それは、そちがリルアーナ嬢を過小評価しすぎだろう。初めて王に会ってにっこり笑えるほど大胆で強い心。城の中でもリルアーナ嬢と何度か言葉を交わしただけの侍従長やメイドが、すっかりリルアーナ嬢の朗らかさと優しさに心酔している。そして、エドワンズ侯爵家は既にリルアーナ嬢を認めている。」
私は驚いた。エドワンズ侯爵家が?
「リルアーナ嬢は、一言も事件のことを語らず、社交界を味方にしたと。エドワンズ侯爵家としては真摯に謝罪するしか社交界での評判を回復出来ないように追い詰められたのだと、苦笑していたよ。どうやったらあんな見事な娘に育てられたのかと、自分の育て方の間違いを心から悔いていた。我自身もリルアーナ嬢を観察させてもらった。そして心から思う。これほど魅力溢れる娘は他にはいまい。」
王からの言葉に私は驚いた。
確かに、教育は厳しくしたつもりだ。
しかしこれほどの評価をリリィが受けていることに愕然とした。
「何度でも謝罪しよう。その上で重ねてお願いする。アレクも今、リルアーナ嬢に認めて貰おう、愛を得ようと必死に動き出している。もうしばし、アレクに時間を与えてやってくれ。リルアーナ嬢も満月の夜を好んでいるようだと聞いている、まだチャンスはあるのだ。リルアーナ嬢がアレクのことを知り、その愛を返してくれるように力を貸してくれまいか?」
王の言葉に私は、息を吐いた。
「リリィの気持ちはリリィのものです。例え王でも、親でも力ずくで気持ちを向かせることは出来ません。リリィの気持ちを尊重してくださるのであれば、私は暫くの間余計なことは何も語らず2人の心が育つのを待ちましょう。リリィの気持ちが本当にアレクサス殿下に向くのなら、その時は全力でリリィを後押しし力添えを致しましょう。」
私の言葉に、王は、
「感謝する。」
そう深々と頭を下げた。
私達は、それから細かい打ち合わせをした。
リリィが猫になることは王はご存知なかった。
アレクサス殿下はリリィの呪いのことは、王にさえ語らなかったらしい。アレクサス殿下なりに、リリィを守ろうとしている姿には少し好感がもてた。
「アレクにもリルアーナ嬢と呪いの関係や解く方法は話していない。リルアーナ嬢に愛されることが呪いを解く方法だと知り、アレクの今の真っ直ぐな想いが歪むのが怖いのだ。」
王は息をはいた。
「アレクが知っているのは、王妃が亡くなる直前、呪いは解けるのだとアレクだけがそれを見つけられるのだと王妃が話したことだけだ。あれなりに、魔力を流したり、本で学んだ薬草を試したり色々としていたが結局呪いは解くことが出来なかった。やはり王妃が告げたように、2人の愛が鍵なのだろう。王妃が昔言っていた。祈りと呪いは紙一重だと。王妃の最後の強い祈りもまた呪いとなり複雑に絡んでいるのだろう。」
王は、私をみつめた。
「もうひとつ話しておくことがある。王妃が亡くなったあの事件の時の流れの魔法使いはまだ捕まっていない。個人で魔法使いを使役した事が広まれば、今後魔法使いが悪用されるようになっていくだろう。そのため事件の詳細を伏せ密かにではあるが追い続けている。それなのにどこに隠れているのかみつからないのだ。相手は、心の中に入り込み毒を扱うらしい。あれから15年も逃げおおせるほどの相手だ。リルアーナ嬢の近辺に気をつけてくれ。」
王の言葉に強く頷いた。




