14 アローの一歩
ある満月の夜。
俺は慌てていた。
まさか、アマリリスが俺と恋仲なんだとリリィに言うなんて!
アマリリスは俺の5歳下の従妹。
幼い頃に何度か会ってまとわりつかれた記憶はあるが、ここ数年会っていないはずだ。
婚約者候補だったとか初耳なんだけど・・。
伯父上からそんな話をされたことはないし、アマリリスが勝手に言ってるだけだろう?
何より、リリィに誤解され、がっかりとまで言われ、思った以上に心にダメージを受けていた。
とりあえず、恋仲ではないことをリリィが納得してくれて良かった。
それにしても、さっきは第二王子だとばれたかと思い焦った。でも、ばれてないというか思ってもいないリリィの様子に安堵すると同時に寂しさも感じる。
俺の本当の姿を知って欲しい。
本当の姿を知っても、変わらずにいて欲しい。
俺はそう思い胸が焦がれる。そんなことを考えていると、
「私なら恐れ多くて、殿下と恋仲だなんて嘘はつけないけれど・・.」
そんなリリィの声が聞こえて、胸が痛む。
やはりリリィも王族は違う人間だと思うのだろうか?
王族には一歩ひいてしまうのだろうか?
そう思うと聞かずにはいられなかった。
「やっぱり、王子殿下や王は違う人間だと思うか?」
俺のそんな問いかけに、
リリィは同じ人間だと答えてくれた。そして、国を支えるために重圧を一身に受け止め、その身を捧げる王族を心から敬うと言ってくれた。
・・俺はそんなリリィの言葉に言葉を失った。
俺は初めて、王族とは何かを突き付けられた気がした。
リリィのまっすぐな気持ちに俺は答えられる王族だろうか?
今まで、俺はこの呪いのせいにして逃げていなかっただろうか?
社交はもちろん、父上の仕事を手伝うこともせず、俺は呪いを言い訳にして逃げていたんじゃないだろうか?
それだけじゃない、家族である、兄上や父上に対してすら俺は逃げていたんじゃないだろうか?
俺は初めて今までの自分を恥じた。
5歳も下のリリィは、初めての社交界と初めての悪意に立ち向かった。
確かに、変化する時間に違いはあっても同じ呪いをその身に受けていてこの違いはなんだ!
俺は、今の俺では、リリィを守ることも出来ない。
今の俺がリリィに焦がれても、リリィに何もしてやれない。
今初めて俺は自分を見つめ直し、歩き出すことを決めた。
こんな俺だけどまだ間に合うだろうか?
父上は俺を見捨てずにいてくれるだろうか?
そんな恐れと今更の気持ちが俺を襲う。
いや、それでも、俺は一歩を踏み出そう。
いつか、リリィのそばで、リリィのまっすぐな気持ちを受け止められるように。
願わくば、リリィの隣に立つ男が俺であるように。
俺がリリィに触れると、気持ちよさそうに目を閉じ、髭をそよそよさせながらリリィはされるがままだ。この無防備なリリィにこうやって触れられるのが俺だけだといいのに。
今は蛙の俺だから、これほど無防備なのだろう。いつか人間の姿になって人間のリリィに触れる権利を得たい。
俺は心からそう思った。
リリィと別れ、俺は王宮に戻った。
ふわりと風を操って、ベランダに到着する。
窓も風の力であけ、部屋の中に入る。
豪華なベッドに蛙のまま体を沈めた。
リリィと出会ってから、驚くほど、夜も気持ちか落ち着くようになった。
同じ呪いというだけでなく、リリィには自分でも驚くほど、離れがたい何かを、結びつきを感じる。
または、そう思いたいだけなのか?
自問自答しながら、眠りについた。
「おはようございます。昨夜もお楽しみだったようで。」
そう嫌らしい笑みを浮かべて爺やにからかわれた。
ふんと鼻を鳴らして俺は席についた。
爺やは、もとは母の師匠だった人だ。
俺の母は世間には内緒にしていたが、俺と同じ魔法使いだった。力も俺より強かったらしく小さな頃から力をコントロールするため秘かに爺やを師匠とし習っていたらしい。
俺を産み、俺にも力があることがわかると、密かに爺やを呼び寄せ俺への指導を依頼したらしい。
爺やとは産まれた時からの付き合いだ。
俺の呪いのことも、もちろん知っている。
今のところ、俺の呪いを知るのは、父上と爺やだけだ。
兄上も呪いのことは知っているはずだが、蛙になることまで知っているかはわからない。
ここ何年も、兄上とは話していない。
幼い頃は、双子のように一緒に遊んでいたのに。
あの出来事から、俺達兄弟の関係は止まり、離れてしまっている。
父上とはたまに夕飯を一緒にしているが父上は俺に何もいわない。そんな父上とは壁があるようにずっと感じていた。
でも、俺は、昨日思ったのだ。
壁を作っていたのは、きっと俺だったのだ。
俺の弱く逃げる心が壁となり、父上はそれを感じとり、距離となったのだ。
兄上は、もう今では、何を考えているのかさっぱりわからない。
どう近づけばいいかもわからない。
俺はまず父上と話しをすることにした。
今までのことを謝罪し、今後治世のことを学ぶ機会を与えて欲しいとお願いするつもりだ。
今更と言われても、少しでも俺は、取り戻したい。
王族としての役目を全うしたい。
今、国は揉めている。
このまま兄上が王になればきっと国はまとまらない。
兄上の能力が不足という意味ではない。どうしても兄上には側妻様の行いが悪評となり足を引っ張られるだろう。それに、兄上の後ろ盾である、テナン伯爵家は野心が強すぎる。
あの時の事件だって、絶対にテナン家が裏にいたはずなのだ。それなのに実の娘である側妻様一人に罪をなすりつけ切り捨てた。今も、慎重に、しかし確実に時間をかけ王宮内の権力を握りにきている。
兄上が王になれば、俺の派閥や世論を押さえるには、どうしてもテナン家が必要となり兄上がどれだけ優秀でも、テナン家を切ることはできず、必ずテナン家は権力を握り本性をだしてくるだろう。
俺はそのことに気づいていながらみない振りをしていたのだ。
兄上が王になればいいと、心のどこかで兄上に全てを被せ逃げようとしていたのだ。
なんて情けない。
蛙の姿が醜いのではない!俺の心が醜いのだ!
国のためなら、俺は王になろう。
それが王族なのだから。
そのためにも、今の俺ではあまりに未熟すぎる。
頭を下げて教えを請い、やれることをやろう。
俺があまりにも使えなければ、周りの貴族は兄上を認め、兄上が王になるだろう。
その時は、兄上のためにこの国を離れよう。
俺は覚悟を決めた。
「爺や。俺は父上と話したい。一度、時間を設けてもらえるようにお願いしてもらえないか?」
俺の言葉に、爺はほう。と少し目を細めた。
「アレク様は少し雰囲気がかわりましたかな。」
そう行って俺の目を覗きこんできた。
「少しはお覚悟が決まったいい瞳をしていますよ。まだ、お尻に卵の殻がくっついていますがな。」
俺をひよっこ以下だと爺やは評す。
本当のことに俺は怒ることも出来ない。
「ふむ。いいでしょう。王には私から話をしましょう。」
そういうと、扉をあけて出ていった。
夜、父上と話をした。
リリィのとのことは誰にも話してはいなかったが、満月の夜、俺が出歩いていることは、やはり爺やを通して父上にはバレていた。
勿論リリィの呪いのことは話してはいないが、満月の夜、リリィに会いに行っていることは話した。
ただし、リリィは蛙の俺は知っているが、俺が第二王子だと話していないことも説明した。
父上は俺の話を全て聞いてくれた。
俺の決意をまだまだ甘いな。と評したが、嬉しそうに笑ってくれた。
こんなに本音を語ったのはいつ以来だろうか。
父上と笑えたのはいつ以来だっただろうか。
父上の答えは一つだった。
「ぎりぎりだな。やってみろ」
俺は強く頷いた。




