13 最後の仕上げ
家に帰ると、お父様とお母様がすでに帰っていて、私をみると抱きしめてくれた。
ぎゅーっと両親に抱きしめられると、恥ずかしさと嬉しさと、心からの安心で心がポカポカしてきた。
うん!もう大丈夫!
私が落ち着いた様子なのを確認すると、お父様とお母様はようやく私を離してくれた。
「父上。その後の動きはどうですか?」
ユーリが確認する。
「まぁ。三家は今頃事実確認に動いているだろう。事実と確認されれば、すぐに我が家に謝罪にくるだろう。」
お父様はメイドにお茶の用意を頼むと、ゆっくり座りながら今後の話を始める。
「我が家としては、一切の謝罪は受け入れず、子爵家と男爵家に対しては相当の賠償金と罰を受けてもらう。」
お父様はそこで一度息を吐いた。
「ただし、エドワンズ侯爵家は別だ。最初は謝罪も受け入れない姿勢でいくが、最終的には、アマリリス嬢の分は訴えも取下げ、賠償金と向こうからの謝罪で手打ちとなるだろ。」
お父様の言葉に私達も頷く。
それは、わかっていたことだ。
エドワンズ侯爵家はそれほど手強い。
可能な限りの賠償金と謝罪を引き出し、恩を売り、手打ちとするのが今回のおとしどころだろう。
強硬に訴え犯罪者扱いまですると、いらぬ恨みをかい全力で敵対することとなる。
それは、アルフィルム侯爵家としても避けたいところだ。
罪は全て、子爵家と男爵家が被るのだろう。
それもまた、侯爵家に喧嘩を売った自業自得だ。
ユーリは、はぁっと息を吐いた。
わかっていても、一番の主犯のアマリリス嬢だけが罪を被らないことは悔しいのだ。
それは、私も同じ。
だからこそ、私は、この身を傷つけたのだ。
「世間的には無罪でも、アマリリス嬢には社交界からはしばらく完全に消えてもらうんだから。ユーリ!よろしくね!」
私はユーリににっこり笑いかけた。
ふっふーんだ!私は泥棒猫じゃなくて、美猫なんだからね!
泥棒猫なんていわれて許せるものですか!
翌日の夜、
私はユーリと少し大きな夜会に参加していた。
今回のポイントは、腕!
マリーに、お化粧で隠そうとしたけど隠しきれませんでした・・に見えるように痣を残してもらった。
衣装も、パッと見ただけでは痣はみえないけれど、飲食の瞬間、ダンスの瞬間等腕を動かすと痣がみえるような絶妙なラインのものを選んだ。
うふふふふ。
ニマニマと悪い笑いをする私を、横のユーリはため息と共にみたが、何も言わなかった。
夜会の会場に入ると、一瞬で注目される。
昨日の出来事は、もうすでに社交界中の噂になっているようだ。
目撃した人達は、いい仕事をしてくれている。
だから、もう少し仕上げを行うのが、今回の私の狙いだ!
「もう大丈夫ですの?」
今夜の夜会主宰者で、噂好きの伯爵夫人が早速近づいてきた。
大変だったわね?聞いたわよ?と話しかけてくる。
周りも耳をそばだてているのがわかる。
私は
「ご心配有難うございます。」
お礼をいいながら、ゆっくり儚げに目を伏せた。
「昨日の出来事でしょう?今日は参加されないかと思いましたわ」
少し不審そうな伯爵夫人に、ユーリが答える。
「ええ。本当は今回は参加を取り止めようかとも思ったのですが、まだ僕達は社交デビューしたばかりの若輩の身。突然の不参加で礼儀を欠くのがあまりにも申し訳なくて。」
ユーリがゆっくりと話す。
「それに、リリィが昨日の出来事のせいで、これほど素晴らしい夜会を欠席するのが辛いというもので。ユリウス伯爵家の夜会はそれはお料理も素晴らしく、センスのいい夜会だと評判ですから、僕達はとても楽しみにしていたのです。」
ユーリがそういうと、主宰者の伯爵夫人の瞳が嬉しそうに、また満足そうに輝く。
「まぁそうなの?それほどでもないのだけれども、来ていただけてとても嬉しいわ。歓迎してよ。皆さんにも紹介するわ。是非こちらに来て。」
それほどでもないといいながら、みるからに私達への態度が軟化する。
それを見て、私はさりげなく、お礼のポーズを取った瞬間、チラリと痣を見せる。
周りが息をのんだがわかる。
見るからに儚げで色の白く細い私の腕に、チラリと見えた青黒い痣はそれほどのインパクトだったのでしょう。
昨日、マリーが卒倒しかけたもの。
普通の令嬢であれば、傷など見せたくないだろう。そこを逆手にとり、必死で隠しているけど、隠しきれていない痛々しい様子を演出する。
「お痛わしいわ」
「あの噂は、事実より酷く伝わっているのだと思っていたが、事実だったのか!」
「あの可憐で儚いリルアーナ様に暴行だなんて!なんて酷い所業なのかしら。」
「みろ!必死で隠そうとしていても隠しきれないあの痕。令嬢があんな傷を人前に晒すなんてどれほど辛いことだろう。」
ヒソヒソ話す声を聞きながら、私はうつむき加減にゆっくり伯爵夫人について歩いていった。
その後も私はほとんど話さないが、チラリチラリと、痣をさりげなくさらす。
昨日の話しを切り出されても、話すのはユーリの役目。
被害者である私がぺらぺらと吹聴するのはみっともないもの。
私はただ、心配して下さる方々に、丁寧にお礼を返した。
これで、仕上げは完璧だ!
噂だけを聞いた人の中には、エドワンズ侯爵家に慮って私が何かしたのではないかと悪くいいはじめる人や、令嬢がそんな事をするとは信じられないと思う人も出てくるだろう。
また、エドワンズ侯爵家がそんな風に仕掛けるかも知れない。
だから、痣をみせたのだ。
噂だけより、遥かにインパクトがあって人の記憶に残る。
一気に被害者はこちらだと社交界で認識され、エドワンズ侯爵家としても下手に責任転嫁せず、誠意ある謝罪をこちらに向けることになるだろう。
散々私を引きこもらせたかったアマリリス嬢のことだ。
自分が一番華やかにデビューする予定が、私が注目を浴びてしまい霞んだことが悔しかったのだと思う。
その大好きな社交界から、しばらくは消えていただくわ。
噂が消えるまで2~3年はかかるかしら?
本人が社交界の噂をものともせず出たがっても、さすがにエドワンズ侯爵家が出さないだろう。
※※※
「と、いうわけで、やられた分はきちんとお返ししたのよ!」
ふんっと、胸を張る。
お髭もしっぽもフリフリ上機嫌だ。
そんな私をアローは呆れたようにみていた。
「でもねぇ。第二王子殿下にはちょっとがっかりだわ。」
私がため息と一緒にいうと、
「?!」
アローが何故か驚いて、岩から転げ落ちる。
「大丈夫?」
私が心配そうに聞くと、アローは大丈夫だと手を振る。
「その、、どうしてリリィは第二王子にがっかりなんだ?会ったことないだろう?」
「だって。アマリリス嬢が私のドレスを踏みながら言ってたわ。アマリリス嬢とアレクサス殿下は恋仲で、将来を誓いあった仲なんですって!確かにアマリリス嬢は見た目は可愛いけれど、人を傷つけ貶める事を悦びとする人よ。そんな人を恋人にするなんて王族なのに見る目がないと思って。」
私がそういうと、
「違う!確かにアマリリス嬢は従妹だが、幼い頃に何度か会っただけで、恋仲とかそんなことは全くないから!」
「どうしてアローがそんなこと知ってるのよ。」
不審な目でみると、
「とにかく、そうなんだよ!恋仲でも、何かあるなんてことも絶対にないから!」
そう、いいきるアローに、私はにっこり笑った。
「わかったわ!」
「はっ?!な、何が?」
何故か狼狽えるアローに、私は気づいた事実を告げる。
「やっぱり、アローは人間の姿の時、お城にいるのね!魔法使いだものね。だからそんなに、王宮内部のことに詳しいんでしょ?」
アローは、緊張していた様子を解いてはぁっと息を吐いた。
「まぁ。王宮にいて私より噂とか内部に詳しいアローがそういうのだから信じるわ。私なら恐れ多くて、殿下と恋仲だなんて嘘はつけないけれど、あのアマリリス嬢なら嘘くらいつきそうだわ。または、どうせ婚約者になるのだから、恋人と同じだと考えていたか・・。どちらもあり得るわ」
私がふむふむと納得していると、
「やっぱり、王子殿下や王は違う人間だと思うか?」
そんな不思議な事をアローが聞いてくる。
「同じ人間よ」
私は即答する。
「でも、立場は全く違うわ。王族は敬まれ尊ぶべき存在よ。国を支えるということは、考えられないほどの重圧を受けながらその身の全てを国に捧げなれけば出来ないことだと思うの。私は、その事に心からの敬意を持っているわ。」
私の言葉を黙って聞いていたアローは、そうか。そう呟くとしばらく何かを考えこんでいた。
「それにしても、リリィがこれほどの策師だったとは思わなかったな。」
アローが笑いながら、見上げてきた。
私はしゃがんでアローの目線にあわせた。ふふんと目を細めて
「当然よ。令嬢の社会もなかなか大変なのよ。」
それにねぇ。
「私は呪われているもの。両親はいつか私とユーリに仇なす存在が現れると想定して育ててくれたわ。だから、優しくのびのびとした両親だけど、とても教育には厳しかったわ」
私は両親の教えを思いだす。
「人を見る目を養いなさい。常に先の事を想定し、自分を見失わないようにしなさい。そう、幼い頃から言われ続けてきたわ。」
でもね、とアローにだけは内緒の話を教える。
「でもね、私はいくら特訓しても、どうしても思ったことがすぐ口に出て余計なことを言ってしまうの。だから、とにかくお口を閉じて目を伏せることにしたの。必要以上にお口を開かないこと!これが私の社交界での必殺技なのよ。」
こそっとばらすと、アローはおかしそうに笑った。
「そうだなぁ。リリィは口を開くと見た目とのギャップが凄いからなぁ。」
そう言って私を撫でてくれた。
「リリィのご両親は素敵な人だな。リリィをちゃんと闘えるように育てたんだな。」
私の話をきいたアローが、両親を誉めてくれるので、とても嬉しくてお耳がピクピクしちゃうわ。
アローが、そっと私の頭から手を離し腕を指した。
「痣はこっち?」
「うん。猫になると、毛で痣は見えないけどね」
私が返事すると、
「痛かったな。」
そう優しく、次は腕を撫でてくれた。
優しいアローの言葉に、その時の事を思い出し涙が滲みそうになる。
アローの声音や動きから、心から心配してくれているのがわかる。
「リリィは頑張った。素晴らしい機転だったな」
そういいながら、アローは何度も何度も撫でてくれる。
その言葉が嬉しくて、誇らしくてしっぽがブンブン動く。
アローは不思議。
アローの言葉はとても心に染みてくる。
家族とは違うけれど、心が繋がっているような不思議な感覚がある。
優しく腕やお耳や頬を撫でてくれるアローの手が気持ちよくて、私はゆっくり目を閉じて、アローにされるがまま身を預けていた。




