10 アローの想い
その晩、出歩いたのはたまたまだった。
あまりに綺麗な満月で、風を操りこの体を気ままに風に乗せると、あの林にたどり着いていた。
草花に囲まれ満月をみつめていると、すぐに綺麗な猫がしっぽをフリフリやってきた。
満月の下、銀色の猫の毛並が綺麗に煌めいて輝く。その美しさについ声が漏れた。
「キレイだ」
その声は、猫には通じないはずだった。
ところが、
「キレイ」そう猫も話したのだ!
全く同じタイミングだが、それは自分とは違う女性の声で、本当に驚いた。
俺はつい聞いていた。
「お前も人間なのか?」
俺しかいないと思われた、こんな呪いを受けている人間が他にいたなんて!
それから、満月の夜の逢瀬が始まった。リリィはとても可笑しな猫だった。
感情豊かで明るくて、考えていることがすぐに言葉となりしっぽの動きと相まって堪らなく可笑しい。
夜、呪いの時間にこんなに笑ったのは初めてだったのかも知れない。
リリィと話す時間は本当にあっという間に過ぎるほど楽しかった。
ありのままの自分をさらけ出し、リリィの豊かな感情に引きずられるように俺の気持ちも語った。
リリィは、時に共に怒り、共に笑ってくれる。
そんな満月の夜が俺には、待ち遠しく、愛しい時間になっていた。
それにしても、
話し方から貴族の令嬢だろうとは思っていたが、まさか成人した女性だったとは!
あまりに素直な性格に、てっきり10歳位の子供だろうと思っていたのだ。
兄上の成人の祝賀会の夜。
19時で蛙になってしまう俺はもちろん参加出来なかった。
社交パーティーには参加出来ない自分が惨めで、今まで近づくこともしなかった。
それでも、リリィの話に興味が湧いたのか、初めて人間の姿の時に庭から少し様子をみていた。
盛り上がる華やかな、王宮のパーティーの世界に圧倒される。
その世界から弾きだされた自分は、まるで世間から締め出されたように感じ孤独が深まる。
あの華やかな世界とはまるで違う、蛙になる自分の姿があまりにも醜く矮小に感じ、手を握りしめ、部屋に戻ろうとした。
その時、
「綺麗ねぇ」
小さく呟くような声が近くに聞こえ慌てて茂みに隠れる。
銀色の綺麗な煌めきとともに、ゆっくり女性が近づいてきた。流れるような銀色の髪を風になびかせ、灰色がかったピンクの瞳をキラキラ輝かせている。
リリィだ!
俺には直ぐにわかった。
あの可笑しな猫と同じ色彩を纏い、同じ優しい雰囲気。
庭園の微かな灯りの中、煌めくように歩く様は、正に最初の満月の夜に見とれた猫だった。
いや、今は猫じゃない。
人間のリリィ。
とても綺麗な姿にあの満月の夜以上に見とれた。
そんな人間のリリィに見とれていると、下衆な男が現れ、リリィを茂みに引っ張りこもうとする。
俺は慌てて、リリィの腕をとり、男を睨みつけた。
男がすぐにリリィを諦めたことに安堵し、安全な場所まで、リリィの手をとって歩いた。
庭園の灯りの下、手を繋いで歩く俺とリリィ。
何故か不思議で、ふわふわと気持ちが高まった。
先程までの孤独感がリリィと手を繋いでいるだけで消えていく。
リリィの手が温かくて心が満たされていく。
王宮の会場がみえる位置までリリィを連れていくと、慌てて茂みに戻る。もう蛙になる時間だ。
茂みに潜るとすぐに蛙になる。
リリィをそこからみていると、リリィとよく似た顔の男が現れ仲良く会場に戻っていった。
俺はため息をついて、会場を見上げていた。
人間のリリィを思いだすと、俺も正体を明かせば良かったのだろうか?と、一瞬思ったが首をふる。
もし、俺が第二王子だと知ってもリリィは今のままでいてくれるだろうか?今のように、満月のたびに、何気ない会話を楽しみ、草花の草原を転げまわる。
そんな今の時間が無くなってしまうことが、俺は怖かった。
だから、次の満月の時にもリリィには、下衆な男から助けた男が俺だとは告げなかった。
リリィは猫になっても人間でも分かりやすい色彩だが、俺はそうではない。蛙の俺と人間の俺の同じ色の部分といえば、この緑色の瞳と蛙の皮膚の色だ。そしてこの国では緑色の瞳なんて溢れる位いる。
銀色の髪という珍しい色彩を持つリリィが特別なのだ。
その満月の夜。
リリィととても嬉しい約束をした。
必ず人間に戻って、リリィとダンスを踊ると。
あのきらびやかな世界で、あの美しいリリィの手をとってダンスを踊れたら、、俺は想像するだけで楽しい気分になった。
更に、リリィは、
何があっても俺の味方だと、真っ直ぐ俺をみつめ強い瞳で伝えてくれた。
その飾ることのない、剥き出しの優しさと強さに、俺はもう、自分の気持ちを誤魔化すことは出来なかった。
俺はリリィに惹かれている。
人を「好き」になるなんて、あり得ないはずだった。
だって、蛙だ。
蛙の俺なんて誰が好きになってくれるのか?
俺の秘密を知る父上とも、ぎこちない関係だ。
兄上となんてもう何年も話していない。
魔法使いの俺の先生で、一緒に解く方法を探してくれている魔法使いの爺やだけが唯一心許せる存在だった。
俺が蛙なせいで、国が割れていることも知っている。
しかしどうしても、夜が中心の社交場や公式な場には参加出来ず、なるべく日中もこの呪いを解く方法探しを優先させていて、国政にも携われない。
そんなこの身が本当に情けない。
何より優先すべきは、呪いを解く事なのに、気持ちをごそっと持っていかれた今の状況にため息がでた。
心というのは、本当にままならない。
そんなある日、父上がリリィをお城に呼び出していると聞き驚いた。
どうやら俺が爺やに、祝賀会の時庭で出会った銀色の髪の令嬢の名前を尋ねたことを、父上が耳にしたらしい。
ちなみにリリィの本当の名前はすぐにわかった。
アルフィルムの光輝く双子星、それはその珍しい色彩と美しい双子で有名だったのだ。
それにしても、父上がまさかその話を聞き、リリィに興味を持つなんて!
しかも、リリィが登城し庭園に現れると聞いた俺は庭園に隠れながら向かっていた。
分かってる!
こそこそと間男みたいな、覗き行為とは本当にみっともなく、紳士がすべき姿ではないと!
分かってるいるが、一目人間のリリィに会いたかった。
でもやっぱり覗きをする自分があまりに情けなく、お茶会をしているであろう場所には結局近づかなかった。かわりに、お気に入りの噴水近くの樹木に座り噴水の音を聞いていた。
するとそこへ、泣きながら令嬢が現れ、追いかけるようにリリィが現れた。
慌てて茂みに身を潜める。
リリィが噴水に落ちそうになった時には少し力を使った。
また、ハンガリン公爵がリリィに近づこうとする時も足止めの風を使う。
皆が去っていった、噴水のそばで、俺はもう一度ため息をついた。
本当に自分は何をしているのか?
恋に浮かれて覗きとか、先程の令嬢と同じレベルだ。
俺は立ち上がって、再びため息をついた。
きっと急にいなくなって、爺やが探しているだろう。
早く研究に戻り、呪いを解く方法を探さねば。
呪いを解く方法は必ずあるんだ。
何故なら、この呪いを受けたとき、母がはっきりとそう言ったのだから。
母の力で呪いを変えたのだと母は言った。俺を殺す筈の呪いは強力で、魔法使いの母の力をもってしても、母の命を差し出しても完全に消すことは出来なかった。
蛙への呪いに変えることしか出来なかったと。でも、必ず解ける道を作った。その方法は俺にしか見つけられないのだと。
その方法を見つけ呪いを解くように。愛してる。
それが、母の最後の言葉だ。
それから、もう15年。
俺はまだその解く道を見つけられない。
自分が更に情けなくなる。
でも、諦めるわけにはいかない。
リリィは生まれつきの呪いだといった。
俺と同じ呪いを何故受けているのだろうか?
謎は深まるばかりだ。
それでもリリィがいてくれて良かった。
そう思いながら、部屋へと戻った。




