芯
薄暗い、地下部室棟のドアが少し開いて夜桜先輩の顔がちらりと見えた。
「どうぞ、ネコも来てるよ」
テスト期間中は、部活動禁止のはずなのになぁ。
巧は、悪いことをしている罪悪感を感じたが、他の二人に押されて赤信号を渡ってしまった。
「こんにちは」猫実さんが律儀に挨拶をするので、巧もこんにちはと返す。
休み時間のクラスで上がる男子たちの奇声と違い、ちゃんと日本語の挨拶を聞くことができて少しホッとした。
文藝部の部室は、この前に来た時とは違い、机が3つ向き合わせてに並べてあった。とりあえず猫実さんの隣に座ることする。
「今日は何で呼ばれたのでしょうか」
巧は目の前に座る夜桜先輩に尋ねる。
すると、先輩は答えずに猫実さんの方に少しだけ目配せした。猫実さんが返事をするように背筋を正す。阿吽の呼吸だ。
「あのー巧さん、一緒に勉強したいなあと思ったので夜桜先輩に相談したんです。そしたら、部室を使ってもいいとおっしゃってくださったので、、、」
猫実さんらしい単純明快な動機がすとんと脳内に入る。なにげに一緒に勉強したいと思ってくれたことにそこはかとない嬉しさを感じる。テスト勉強で心が折れそうなところだったので頼もしい。
「テスト期間は、ホントは部室使っちゃダメなんだけどね、私とネコが頼んだら特例が出た。」夜桜先輩が、緑の黒髪をいじりながら補足してくれる。
「なるほど、、、」
颯爽と職員室に乗り込み、顧問の金子先生をうろたえさせるという二人の女子高生の豪傑ぶりが頭をよぎった。
「もお、ネコは頑固だかならなあ」
夜桜先輩は、 頬杖をつきながら、後輩が可愛くて仕方がないというふうに猫実さんのほっぺを摘む。
女子たちの戯れに、巧の方が恥ずかしくなってしまい、目をそらす。この二人だけの花園に入り込んではいけないのではないのかと、申し訳ない気分になる。
「そんなこと言われても、そういう性格なんですから仕方ないじゃないですか」からかわれた猫実さんが少しふくれている。
「うーん、そっか、、性格なら仕方ないか。」
「はい」
(何だこの会話は、、、。)
シュールな会話に、巧は苦笑いをする。
二人の間にいつも、巧の知らない呼吸のようなものを感じてしまう。何年も前からの信頼関係のようなものが、出来上がっている。
「まあ、頑固ってことは言い換えれば芯が強いってことですから」
何とか巧も持ち前の語彙で助け舟を出した。
「なるほど、芯が強いかあ」
猫実さんは、まんざらではなさそうである。それから、両手を正面で、にぎにぎとするジェスチャーをする。
空気中に見えない「芯」のようなものを持っているつもりらしい。
「えへへ、芯が強いなんて褒めても何も出ませんからね」
なぜか猫実さんが「芯」をぶんぶん振り回しはじめた。