恥を書く
「やっぱり自分のことを、書きたいです。」
巧は、歯切れが良くない。言ったこと以上の余計な気持ちも含まれてしまっているようで嫌なのだ。巧の迷いまでもが混ざり込んで、言いたいことが伝わってない。
「障害のことを書きたいです。」
巧は言い直した。それでも、何かをはっきり言った気がしない。ただ、今はそれ以外に自分をうまく説明する方法はないのかもしれない。もどかしい、と巧は思う。障害とはなんだ。それは、単に耳が聞こえづらいということなのか。病院でもらう聴力のグラフのことなのか。そうじゃないのはわかっている。ただ、自分の中にあって自分の言葉で言い表せない何かを巧は感じている。小説というものに、それを書き表す力があると信じている。
一度、人に見せてから、どこか吹っ切れたのかもしれない。テスト期間が始まる前にやっとの思いで二作目を書きあげた。
急ピッチだったので、一作目よりも短い。その分、細部にこだわることができるようになった気もする。でも、わからないまま自分の言葉をぶつけた一作目にあった迫力のようなものは少し失われてしまったかもしれない。一作目で出し切れなかった残滓をそこに書き留めたと言った感じだ。手応えは、相変わらずモヤモヤしている。いい小説とは何か、という問いには答えられないが、自分の小説に足りないものがあるのはわかる。それは前進でもあるのだけれども、相変わらず手探りだ。
やはり、小説を書くのにも素材が必要で、体験としての蓄えがないと壮大なものは書けないらしいとわかった。小説は自分の体験で書くものだ。
夜桜先輩の言葉が身にしみてくる。
「なんか、主人公が駅で見知らぬ女の子と出会いますよね。」
猫実さんが、あらすじをおさらいしてくれる。聞いていて、手垢にまみれたようなボーイミーツガールを書いている自分が恥ずかしくなる。
「で、主人公が難聴でして。」
猫実さんがたたみかける。
巧は恥ずかしさと後悔にまみれながら、はい、というしかない。
スクリーンにはカードローンのCMが大画面で流れている。見慣れた女優さんがカードを持ってニコニコしている。
「で、彼が女の子に言いますよね。『俺に何ができるんだ』って。」
「ぐふっ。」
一番恥ずかしいところを突かれて巧は悶絶する。タイムマシーンに乗って過去の自分を止めに行きたい衝動を抑えられない。
「私も、そう思う時があります。読んでて恥ずかしいですけど、、、。」
「うう、申し訳ない」
「いえいえ、そんなことありません。」
猫実さんが胸の前で、手をパタパタさせる。社交辞令的な会話がなんか楽しかった。
猫実さんまでも恥ずかしい思いをさせてしまったようだ。でも、読んでくれただけありがたい。
「あの、また書いたら読んでくれます、、、か。」
まさか、こんなことを言うとは自分でもびっくりした。もうどうせなら、今のうちに恥をかいたほうがいいと思った。
「な、なに言ってるんですか。」
「はい?」
「そんなの当たり前じゃないですか。」
映画を観る前から、巧は泣きそうになった。猫実さんの方を見ようとしたら、ゆっくりとあたりが暗くなってきた。始まる、と思って巧は前に向き直る。猫実さんがどんな表情をしているかはもうわからない。