いざ出発!
「さて、と」
夜桜先輩が、ペンをもう一度ポケットに戻した。
「そろそろ行くか」
「はい!」
猫実さんが、元気よく返事をする。巧は何となく久しぶりに感じる。今まで色々あったからなぁ。試験勉強とか、、、。それぐらいか。まあいい。これからは、小説をたくさん書こう。その前に、この二人としていた約束がある。巧は胸の中にワクワクした気持ちがいっぱいになる。席を立って、文芸部の扉を開けると、湿っぽい地下部室棟の空気が体を包んだ。
電車が走り去る音。見慣れない駅のホームに降りる。猫実さんと、先輩の背中を追いかけて出口へ向かう。地元の駅とは全く人の密度が違う。油断していると人にぶつかってしまいそうだ。猫実さんがこちらを振り返ってついてこれているかを確認してくれる。巧はその度に嬉しくなる。テストが終わって心が晴れわたっている時に友達と一緒に出かけるのはとても楽しい。今日は夜桜先輩も一緒である。
駅を出て、大きな信号を渡るとビルの中に入っていった。大きな吹き抜けの構造でガラス張りの壁から、水色の染まった他のビルや空が見える。大きな布の広告が吊り下がっている。土曜日の昼だからか、人の雰囲気は和やかで、通勤に使われる駅にしてはサラリーマンよりも買い物客が多い。
「人が多いから、先にチケット買ってそれからご飯にしようか。」
「はい。」
どうやら、先輩が頼もしくリードしてくれるようである。巧は二人についてゆく。
なんだか夢みたいだ。普通の高校生はこうしてテスト明けに映画を見にいったりしているのか。
観に行く映画は、高橋景監督の『フォーエバー』である。この間、夜桜先輩の親友のキュウちゃんに招待されて観に行った。つまりこれで二回目になる。
「猫実さん。どうしたらいいんだろう。」
試写会のあと、巧は無力感の行き場を探すように彼女に聞いた。この映画を観てそれを自分の創作活動に還元する。その目標が、的外れに思えてきたのだ。考えが浅かったように思えた。
「ひとつ、提案があります。」
少し考えて猫実さんが言った。
「映画感想文を書く、というのはどうでしょう。」
私にとっても挑戦です。猫実さんはそうやって、はにかんだ。巧にとっては、いきなり小説を書くという現実味のない目標が少しはっきりした。
それから、期末テストに挟まれたものの、巧の頭の中では自分が見た作品の余韻が残っていた。
たった一回見ただけでは、納得できない。きっと猫実さんもそう感じたから今日、自分を誘ってくれたんだろうと思う。
光が差し込むビルの吹き抜けで、猫実さんは夜桜先輩と並んで巧の少し前を歩いている。会話はあまり聞こえないけど、いい日だ。巧にとって、先輩は小説を評価してくれる人で、巧は何とか彼女からいい反応を引き出したいと思っている。いわば「対戦相手」だ。猫実さんにとってもそのはずだが、微笑ましくガールズトークを嗜んで?いる(「ガールズトーク」に対応する動詞って何だ?)。
少し振り返った、ポニーテールの横顔と目が合う。まだ夜桜先輩に、二人で映画感想文を書くことは言ってない。
まあ、この人なら感づいてしまうかもしれないけれど、、、。
前を歩く先輩の髪がからかうように揺れる。