いつだろう
まじまじと見つめてくる猫実さんの視線に耐えられなくて、巧は目をそらしたり無駄に頭をかいたり落ち着かなくなる。
小説を書くときは文章がスラスラ出てくるのに、何か言うときはこうも上手くいかないものなのだ。
「一生懸命生きること、、かな」
言った瞬間はいいが、ボディブローのように恥ずかしさが襲いかかってくる。小学生は自分の方だ。
なのに、猫実さんがものすごく真面目に聞く姿勢に入っていてやめられない。
「あ、あのー小説って自分の体験で書くって先輩が言ってたじゃないですか」
助けを求めるように先輩を見るとスマホをいじっていた。巧は軽く絶望する。
「なんか久しぶりに『小説家になろう』に行ったら便利になってるんだけど…」
今の自分には関係のない話である。というか夜桜先輩の小説って「小説家になろう」で読めるのかよ…。
気を取り直して、巧は猫実さんに向き直る。
「いい小説を書くためには、一生懸命生きることが必要かなぁと思ったんですけど、まあ、ほんとは一生懸命って言っても曖昧ですよね…」
「そうかな」
猫実さんは、反論があるらしい。
「曖昧でも、目指さなくてはいけません。」
「そうですね。」
こういう真面目な会話の方が、冷静になれる。自分の感情を離れて、思考できる。猫実さんと対話を重ねて行くうちに、必ずしも反論が嫌悪とは一致しないのだと理解した。
巧の経験が浅かったからかもしれない。やっと気が付いたのだ、という気がする。
友達が少なくて、本ばかり読んでいたから、フィクション特有の勧善懲悪に少し偏っていたのだかもしれない。
どうして友達が少なかったのかと一段深めると、難聴だったかなのが大きい。自分の体質は、性格にも作用するのだ。
でも、小説を書き始めたのは難聴だったから?猫実さんと会えたのは小説を書いたから?
巧は目の前の、少女の黒い目を見つめた。その瞬間に、なによりも愛おしい気持ちが満ち溢れてきた。
「わかりませんけど」
猫実さんが、耳に前髪をかけながらうつむいた。
「僕が一番、一生懸命になる時って、いつだろう…」
「わたしはっ」
猫実さんが急に顔を上げた。巧の方を向いていた目は少し揺れてどこか別のところを見た。
「あの…きっと誰かを助けるときです。あ、いや、そう決めてます。一生懸命じゃないとダメだって。」
そう言って照れたように、猫実さんが笑った。そうやって笑える人に巧は憧れる。
彼女と同じようになりたいわけじゃない。自分も何か、一途になれるなにかに、情熱を注ぎたくなるのだ。