申し出
「始まるから座りなさい」
知らない男の先生が入ってきて、巧たちは注意を受ける。巧はそれに従うわけでもなく、話を始める。
「あの、僕難聴で、耳が聞こえづらいんです。前の席で聞きたいのですが良いですか。」
先生は、どうすれば良いのかわからない目で、巧たちを見た。それから、座席の様子にをうかがった。ちょうど一番前の席が、二人ぶん開いている。
「じゃあ、そこに座って。君たちは何部?」
「お助け部です。」
猫実さんが答えた。そして、二人でやっと席につく。
ずっと気構えていたが、猫実さんの言う通り、つまるところは先生が口頭で連絡事項を説明するだけだった。内容も、手元のプリントを見れば、申し分なく理解できた。
巧はいっそう、もやもやした気分を抱えて、説明を聞いていた。しかし、考えてみれば、何も言わずにもやもやするよりも、ずいぶんましな気分でいる。隣に猫実さんがいてくれたから、孤独ではなかった。こうしてほしいと伝えやすい雰囲気だった。聞こえづらいことを正確に伝えるだけでも、巧にとっては一つの障害と言える。相手がそもそも理解てしてくれない時もあるし、間違って伝わってしまう時もある。
会が終わり、生徒たちがばらけていく。巧たちも席を立って教室の外に出る。あれこれ考えていたせいで、説明の内容が頭の中でもやもやしている。せっかく前にしてもらったのに、申し訳ない気持ちになる。
「あの、お助け部は教室を借りて、ブースを作るのですか。」
「うーん。多分、そうじゃないと文化祭の時は何もできませんから。」
猫実さんは、考え込みながらうなずく。巧も考えてみるが、はっきりしない。
お悩み相談室を構えてもいいが、どんな人が来るのかわからない。しかも、普段の様子を振り返ってみれば文化祭の間、寂しく二人だけで教室でたたずんでいる状況が簡単に想像できる。
いい案が見つけられないまま、巧たちは廊下をとぼとぼと歩く。すると、二人の肩にとん、と手が置かれた。
「よっ。」
振り返ると、夜桜先輩がいた。
「あ、先輩。そっか、部長会だから。」
猫実さんが、しゃきんとして挨拶をする。一番前の席にいたから気がつかなかったのだろう。
今日の昼休みに先輩と話したことが、思い出されて、巧はどうすればいいのかわからない。
「お助け部は、教室使うのかい。」
「何をするかは決まってないんですけど…、使うと思います。」
「だったら、うちと一緒の教室にしない? 文藝部一人で使うのも寒々しいし。」
「なるほど!」
猫実さんは、その申し出に顔を輝かせる。
「場所は適当なところ選んでおくよ。ついでに文集売るの手伝ってもらったりするかも。」
「はい、ぜひ。仕事ができるのは大歓迎です。」
「はい。」
巧も、うなずく。猫実さんの、その気持ちはよくわかる。お助け部に入ってから、忙しくなると思っていたのだが、逆に自分たちから仕事を探さなくてはいけないことの方が多い。こうして素直に頼まれるのは気持ちが良かった。