どうして
「あの、先輩はどうして一人でいられるんでしょう。」
巧は思ったことをそのまま、言ってみることにした。考えても、それしか考えられないし、会話が思い通りになるわけでもない。
先輩は返答しがたいような優しいほほえみを巧に向けた。巧は、どうしてそう笑ったのか分からないでいる。ただ少し、安心する。
「君と同じ、小説を書いているあいだは、一人にならないと書けないから。」
先輩は頬杖を軽くついて、視線をゆったりと投げかける。
「君は一人でいると、何か都合が悪いのかい?それとも、何か理由があって誰かと一緒にいなきゃいけないの?」
問いかけに対して、巧はすぐに答えを見つける。そうさせているのは、自分だ。誰かの役に立ちたいと思う自分が、猫実さんに憧れる自分が、自分をそうさせるのだ。
「そもそも、私は一人じゃないよ。」
巧の答えを待たずに先輩はいう。少しうなずいて巧を見る。先輩もわかっているのだ。
「書いているときは、なんだか一人じゃない。その世界の中で、私は誰かと関わっているし、読んでくれる人のことも想像するからね。…それに今、君も目の前にいる。」
どういうことか、巧はよく分からなくなってきた。一人なのに、一人じゃない。巧は不可解な顔をして、言葉を選ぶ。先輩との話は、思い通りになることはないが、思いつきでしゃべることはできない。だから、その場で考える。その時間が会話をより濃密にしているのだと思う。
「じゃあ、僕ももう一人ではない…んですかね。でも誰かのためにならないとって思うんです。」
「どうして、誰かのためにならないといけないんだろう。」
先輩は首をかしげる。その目は薄く笑みをたたえている。巧を別のどこかに誘うような目だ。
「初めて会った時から君はそう言ってたよ。」
巧はうなずく。先輩に小説を見せに行った時、いきなり「なぜ書くのか」と聞かれてしまった。それに自分は、誰かのためにと答えたのだろう。
「そうですね、でもまだ分からないんです。書くのに慣れたし、お助け部に入っていろいろなことをしても、まだ同じことを考えています。」