助ける練習などいらない
結局、ラジオについてのいい案は浮かばず、猫実さんが直接、放送部の番さんに聞いてみることになった。今の部活紹介のような内容でも、なんとか放送できそうであるし、知名度を上げる点では申し分ない。すでにお助けカフェは存在感を帯びてきており、立ち止まってものめずらしそうに眺める生徒も増えてきた。ここで自分たちのことを示せば、一気に親しみやすくなるだろう。
「うーん。これで一気に有名になっちゃったらどうしよう。」
猫実さんは帰り道、困ったような嬉しい顔をして言った。
「むしろ、入部したいって思う人もいるかもしれないですね。」
巧は、気になっていることをさりげなく持ちかけてみた。
「そうかな?」
猫実さんは意外そうに首をかしげる。どうやら、考えの中になかったようだった。これから、お助け部に新しい部員が必要だとか、二人だけで大変ではないか、そして他の人が入部したら、猫実さんとの関係はどうなるのか。考えていた巧は、気にしすぎていたことを痛感する。巧のぼんやりとした不安をよそに、猫実さんは今、二人でできることを考えていたに違いない。
「なんだか、内容が新入生にする部活紹介みたいだったので…。」
というと、猫実さんは、はっとして考え込む。地面の模様を見つめるように少しゆっくりと歩き始めた。
「確かにそれは問題かな…どうでしょう。本当は相談に来る人を呼ぶつもりだったのに。そう聞こえましたか?」
「はい。部活紹介がメインだし、お助け部に入ってよかったこととかはこれから入る人向けの話ですよね。」
「ああ、たしかに…。」
猫実さんは難しい顔をして考え込む。
「いや、でもこれぐらいしか話すことないし…。だって自分がお助け部に入ってよかったってすごくいい話じゃないですか。あれ、気に入ってるんですよ、わたし。」
猫実さんはあごの下に指をさして、巧を見た。巧は当然、こそばゆい気持ちになる。「そ、そうですか。」と照れたようにどうでもいい反応をして、足がもつれる。
「あ、大丈夫ですか。」
「大丈夫です。」
転びはしなかったが、よろめいた。猫実さんは巧を支えるように手を広げた。軽く背中のあたりに手がふれる。猫実さんのまっすぐな優しさを感じとる。ふだん、人に声をかけることすらままならない巧は、そうやってすぐに手を差し伸べられる優しさがほしい。迷わずに立ち止まって「大丈夫?」と声をかけられる優しさがあれば、自分も変われるだろうかと、思う。
「これで転んだらまた怪我しますよ。」
手を痛めている自分をまだ思いやってくれているようだ。
「そうですね。ありがとうございます。」
いえ、と軽く返事をして、猫実さんはまた歩き出す。巧に触れていた猫実さんの手の感触が離れる。
「あの…。」
巧は、考えたことを声に出してみる。
「お助け部って、人を助ける練習ってないんですか。」
「えっ。」
猫実さんはまた不思議そうに首をかしげる。
「さっきみたいに、転びそうな人にすぐ手を差し出すこととかできるようになりたいな、と思って。」
「ええ…?」
猫実さんはけげんな顔をして笑う。
「お助け体操第一、人を支えるポーズ!
とかやるんですか?」
猫実さんはその場で、いちに、とさっき巧を支えた動きを繰り返しはじめた。巧も立ち止まって通学路で体操を始める猫実さんを見る。右足を前に出すと同時に両手を柔らかく受け止めるように差し出す。足を引いてまた戻り、また足を出してポーズをとる。
それが意外なほど型にはまっていて、笑いがこみ上げてくる。
猫実さんも笑いながら動作をやめる。「おかしいですって。」二人の笑い声のあいだを人が通り過ぎる。
「違うんですよね。練習した憶えはないんですよ。」
猫実さんは歩く。巧もそれに続く。
「悩みや困っていることは人それぞれですし。きりがないです。」
「そうですね。」
「むしろ練習なんてしたらだめです。」
猫実さんはしきりに首を振る。口に手を当てながらまた考え込む。
「それはたぶん、助ける前から困っている人はこうだ、と決めつけることになってしまうから。」
「たしかに。」
巧ははっとさせられる。深い地点から出される言葉に我にかえる。猫実さんにとって、どうでもいい会話などないのかもしれない。話すこと一つ一つに、猫実さんの考えが宿っている。
「あなた困ってますね…はい助けてあげます…じゃだめなんです。」
猫実さんはもう一段、眉間のしわを深くさせて眼光を強める。
「それってなんか、上から目線ですし…。」
「はい…そうです…。」
猫実さんはポニーテールを揺らしてうなずく。
「むしろ困っていることを、持ってきてほしいんです。言葉に出なくてもいいからとにかく持ってきて…。そうじゃないと何も始まらないです。」
猫実さんの言葉はいつも単純なところに帰着する。単純なことを単純なまま言っても伝わらないから、自分たちは考えている。困っている人はもうそこにいるのに…。猫実さんさんは小さな体から、隠すことなくもどかしさを発散させる。