ゆれるもの
言葉を求められると、なぜか書くときと同じ部分の感覚が冴えてくるのを感じる。言葉を探すための嗅覚のようなものを研ぎ澄ます。先輩もまたそうしている。書くから考えるのだろう。考えるから、書くのだろう。
巧はもう恥ずかしさを忘れて、言葉を掴み取っては投げた。
「先輩は何だかんだ言って優しいし、いろいろ教えてくれるから、好きです。でもそれは猫実さんの好きとは違っていて…」
「それは何?」
先輩はひじをついて、体をかたむけると、長い指で口を押さえた。目線は巧を見て、言葉を待っている。
巧はすぐに答えられずに、口をつぐむ。そうしてしばらく黙りあっていると、先輩は笑って、
「わからなくていいんだよ。」
と言った。
その途端に巧はどうしてか何かをわかった。
「あ、あの、好きって…」
先輩はあごをこちらに向けて反応する。
「好きだっていうことじゃないんです。わからないから、好きだっていうんですよ。多分。」
先輩はそのことについては、何も答えずに、そのかわり、
「じゃあ、君はネコにどうやってそのわからないことを伝えるんだい? 逆にネコはそのわからないことをどうやって君から受け取る?」
とさらに問いかけた。
巧は考えようとして、時間を気にしだす。昼休みはあと何分残っているのだろうか。そのことを気にせずに考えられるのなら、どこまでも考えたかった。机の上には、空の弁当箱と、先輩のパンのビニールが置かれている。
「先輩はどうして、それを知りたいんですか。」
口をついて出たのは単純な疑問だった。
「そうだね。」
深い息とともに、先輩は背中を軽くしならせて、机にもたれかかる。
「それを伝えられたら、もう何もいらないんだ。」
巧はそう言い切られて、何も言えなくなる。先輩のように、言い切れない自分の心がひどくぐちゃぐちゃに、揺れる。
「猫実さんはずっと待ってるんです。そうじゃないと困っている人を見つけられないからって、ずっと待ってるんです。誰も来ない部室で。それって、そういうことですか?」
それはネコに聞きなよ。と先輩は切り捨てたりしなかった。ただ、黙っていた。問いかけた巧は、違うと思っていた二つの気持ちの中に、同じ何かがあると気がついた。どうしてそれを聞いたのか。それは先輩に対して心が揺れるのと、同じものを猫実さんからも感じているからだ。
「僕ができることって何だろうって考えてます。自分の武器って何だろうって…。」
昼休みの終わりのチャイムが鳴った。