図書館
「起立、きおつけ、礼!」
さようなら〜、と教室に気の抜けた声が響く。
小学生の頃は、みんなもっと元気良かったのになあ。
と、巧は高校生らしからぬ感慨にふけっていた。
帰りのチャイムもいつからか聞いてない。新校舎のスピーカーは新しいのだが、ボリュームが低いので巧の耳に届かないのだ。
別に、時計を見れば授業に遅刻することはないし不自由はないのだけれども。
担任の金子先生が手を振る。
バッグを持って、ドアを開けると突然猫実さんが、滑り込んできた。
「巧さん!」
「うわっ!、、、ど、どうしたの急に」
ざわついた教室が少し、静かになるのを感じる。
「巧さっ、夏休み貸し出しの本借りに行こっ!」
猫実さんが、使い込まれた手提げ袋を巧の目の前に掲げた。ど真ん中に三毛猫のワッペンが貼り付けられている。
「何これ?」
「図書バッグです。」
「小学生のとき、ありましたね図書バッグ。」
「あたしは今も使ってますけどね」
猫実さんがぎゅうとバッグ抱きかかえる。気に入ってるのか、大事にされてそうだ。
「おい!そこのお助け部!邪魔だ!」
箒でせっせと掃除しながら金子先生が怒鳴る。巧が猫実さんに袖を引かれてドアの前から退いた。
「とにかく、図書室行きましょう」
猫実さんが少しかかとを浮かして、意気込んだ。とん、という音が聞こえたような気がした。もしくは、巧が勝手に頭の中で補った音だったのかもしれない。
「あのー、そのバッグかわいいですね」
図書室に行く道は、勉強もあるので次第に早足になる。テストは明日で最後だ。長かった長期戦もじきに終わる。今日の夜が最後の正念場だ。
「えへへ、そうですか」
猫実さん歩きながら両手で、空っぽの手提げ袋を広げる。
「猫がついてるのは、『猫実』だから?」
「よく気がつきましたね!、って誰でも気づくか。お母さんが、誰かに間違えられないようにつけてくれたんですよ」
巧はなんとなく、小学生の頃の猫実さんを想像する。
「案外、自分の名前とか気にする人もいるけど、猫実さんは自分の名字を気に入ってるのかな?」
「はい、そうです。最近は猫の可愛さが注目されてきて私たち猫実一族も鼻が高いです。
」
猫実一族ってなんだ、と思ったが突っ込むのはやめておく。
「あの、、、巧さんも私のことネコって呼んでもいいんですよ」
「う、」
その誘いに、途轍もなく引き込まれたがなんとか意思を保った。
「で、でも猫実さんのことは尊敬してるから、いいです。」
「そうですか。」
なんだか、言った直後に冷たすぎたと後悔した。もっとやんわりと断る方法はなかったのか、というか「尊敬してる」ってどういうことだ?
ぎこちなさを感じながらも、別館の図書室の前にたどり着いた。