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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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譲歩

 

 一瞬、アルティウスがクロイドに対して何をお願いしていたのか理解が追いつかなかったアイリスはぽかりと口を開けてしまう。

 だが、隣に座っているクロイドの方が、更に複雑な表情を浮かべたまま固まっていた。


「……どういうことだ」


「そのままだよ。明日、半日だけでいいから、君と僕を交代してほしい。……まぁ、簡単にいうと僕のふりをしてほしいってことかな」


 ますます状況が分からなくなってしまう。だが、何故そのような頼みをお願いしてくるのだろうか。


「……お前は何をしようと思っているんだ」


 クロイドの言葉にアルティウスはにこりと笑うと、今度はアイリスの方へと視線を移してくる。


「アイリスさん。明日、僕に街中を案内してくれないかな?」


「……はい?」


「おい、待て」


 珍しく慌てた声色でクロイドが会話へと割りこんでくる。


「それはお前が俺のふりをして街へと遊びに行く、ということなのか?」


「遊びじゃないよ。視察って言ってもらいたいな。……生まれて一度も、僕は自分の足でこの国を歩いたことがないんだ」


 アルティウスの物言いには、どこか寂しさが混じっているように思えた。クロイドも続けようとしていた言葉をぐっと飲み込んでいるようだ。


「国政に携わる者として、この国を見ておきたい。何も知らないのに、色々な政策を出しても意味がないかもしれないことだってあるんだ」


 それが遊びではなく、本気なのだと目を見れば分かった。表情と声色は穏やかなのに、アルティウスの碧色の瞳は刃物のように鋭く細められている。


 ……真剣な表情をしている時のクロイドと同じだわ。


 双子だからという理由で似ているだけではないだろう。もっと、根本的なものが似ているのでは、と密かに思っていた。


「この国は確かに豊かだ。それは立国された時から、その時を生きる人達がどうすれば皆が幸せになれるかと模索し続けている結果でもある。……でも、それはきっと表だけしか見えていない部分もあると思うんだ」


「……」


 アルティウスの言葉にクロイドは口をつぐむ。彼にもアルティウスの言葉に同意する部分が微かにあるようだ。


「明日、僕のふりをして王宮に居てくれるだけでいい。お願いを聞いてくれるなら、君達の任務にも協力するよ」


 にこりと笑いながら、まるで拒否権がないような口ぶりにアイリスは一瞬だけたじろぐ。


 怖いとか、恐ろしいなどの雰囲気ではない。

 穏やかに、和やかに事を運びつつも思い通りに動かそうとする彼の力が見え隠れしていた。


 アイリスはごくりと唾を奥へと飲み込む。今、この状況でうかつに返事をすることは出来ない。


 アルティウスが条件として出しているものをこちらが飲むことは、かなり難しい。

 簡単に言えばこの国の王位継承者である王子を国王の許可無く、外へと連れ出せと言っているようなものだ。


 普通なら護衛をたくさん付けて、外へと出るはずだが、アイリスに街を案内しろと頼んでいる時点で、護衛など付ける気はないと分かっていた。


 ……もし、この人に何かあったら。


 処罰されるのは自分達の方だと分かっているし、王子を外へと連れまわすなど誘拐に捉えかねない。そして、アルティウスの身に何かあれば、この国の大事に関わって来る。


 いくら奇跡狩りのためとは言え、その条件を飲むのは出来ない。


 これは穏便にかわしつつ、魔具を回収するしか方法はないだろうとアイリスが一人で考えていると、隣のクロイドがふっと顔を上げた。


「その申し出は受け入れられない。……お前はこの国の王子だ。いくら、この国のために視察をしたいからといって、軽率な行動をとるべきではない」


「……王子だからこそ、だよ」


 一瞬にして、冷たい空気がその場に張り詰める。クロイドもアルティウスも喧嘩をしているような口調ではないのに、声色は鋭く感じられた。


「ロディ、君が持っているその役目があるように、僕だって与えられたものがある」


「それほど街を視察したいなら、国王に申請すればいい」


「したよ、何度も。だが、全て却下された。……僕はこの国の王子なのに、この国の事を知らない。知りたいんだ。でなければ、僕は何のために今、生きているのかが分からない」


 訴えかけるような瞳がクロイドと重なっていく。


 王子という役目を持つアルティウスと、教団の者として、そしてアイリスの相棒としての存在を持つクロイド。


 どちらもお互いの存在をしっかりと理解している。

 それでも、譲れないのだ。


「アル、お前は……この国の未来の国王になるのはお前しかいない。それは他の誰かがなれるものではない。代わりがいないものだ。……もちろん、俺も含めて」


 そこには惜しむようなものではなく、諭すような声色が含まれていた。


「……分かっているよ。別に今の君を責めたいわけじゃない。跡継ぎが今は僕しかいないから、皆から大切にされるのはちゃんと理解している」


 再び、不穏な空気へと変わって来る。

 兄弟喧嘩なんて可愛げがあるものではない。下手したら、この国を左右するようなことを提案されているのだから、慎重になるのは当たり前だ。


「……今日中にやるべきことは終わらせて、明日、僕は風邪気味ということで部屋に籠ることにする。その間に入れ替わってほしいんだ。半日でいい。駄目なら、数時間でも」


 頼み込むように頭を下げるアルティウスにアイリス達二人は顔を見合わせた。


「……それに君達がこの提案を受けてくれるなら、今、王宮魔法使いに追われている教団の人達を助けてもいいけど」


 まさかそれを引き合いに出してくるとは思っていなかった。確かに王宮魔法使いに追われたままの状態が続けば、足の速い先輩達でも、捕まってしまう可能性はある。


 その前に王宮から抜け出せればいいかもしれないが、それでは任務にはならないだろう。


「……はぁ……」


 クロイドが深い溜息を吐いて、アイリスの方を振り返る。


「アイリス、こいつは俺並みに頑固なんだ」


 クロイドは何かを諦めたような表情をしているが、その表情の裏側には確かに決意したようなものも見えた気がした。


「お前がその気なら、俺達からいくつか条件がある。まず、俺は本当に何もしないまま、部屋に閉じこもっているだけでいいんだな?」


「……! あぁ、今日中に明日の分の用事も政務も終わらせるよ」


 アルティウスの瞳が子どものように輝き、その一方でアイリスは驚いた表情でクロイドの横顔を見た。クロイドは真剣な表情のまま、アルティウスの瞳をじっと見つめながら、更に条件を出していく。


「あと王宮魔法使い達の追っ手を止めてくれ。そして、追われている俺達の先輩をお前の視察の護衛に付ける」


「もちろん、構わないよ」


「それと……俺達は明日のうちには教団に戻るから、人目が無い場所で魔具とこちらが持参した宝石を交換したい。……条件は以上だ」


 どうやらクロイドが大きく譲歩するような形になってしまったらしい。


「……クロイド、本当にそれで大丈夫?」


 アルティウスに聞こえないくらいの小声でアイリスはそっと訊ねる。


「アルの安全を最優先に考えてくれ。俺の方は明日一日くらいなら、何とかしてみせる」


 そう言ってはいるものの、やはりクロイドの顔色は悪いように見えた。だが、彼の決意と考えを否定することが出来ず、アイリスは口を閉ざすしかなかった。

 

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