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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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再会

 

 王宮に仕える使用人として堂々と歩いていれば、自分達を気に留める者はいなかった。


 クロイドと話し合った結果、未だに王宮魔法使いから逃げているユアン達を探して合流するよりも、先に回収するべき魔具を見つけてからクロイドの嗅覚で二人を探すことにした。


 廊下の陰に潜めては、魔力探知結晶で魔具の居場所を探すということを何度も繰り返していた。しかし、王宮内が広すぎて、もし一人で行動しなければいけなかったならば、すぐに迷子になっていただろう。


 ミレットから提供された王宮内部の地図を頭の中に入れているが、あまりにも広いため、自分が今どのあたりにいるのかさえ分からない。

 だが、クロイドは幼い頃の記憶を辿っているのか、迷わずに歩みを進めていた。


「んー……。やっぱり、こっちの方向なのよねぇ。ねぇ、この先って何があるのか分かる?」


「……確か、奥の方には王族が居住する一角に繋がっていた。その前の部屋ならば、確か執務室……」


 そこでクロイドが黙り込む。


「……献上された物の記録を取っているなら、執務室の可能性もあるが国王が直接、記録書を書くわけではないから……」


 過去の記憶を必死に取り出そうとしているのか、クロイドは片手で頭を押える。


「国王の執務室の前に確か、政務官達が勤める部屋があったはずだ。もしかするとそっちの可能性もあるな」


「……昼間に忍び込むのは無理そうよね。今は魔具が置いてある場所だけでも特定して、行動は夜にしましょう」


 ふっと短い溜息を吐いて、誰も自分達を見ていないことを確認してから、廊下の端にある細い通路の壁に背中を預ける。


「さすがに王宮は他の場所と違って緊張するわね。……先輩達、大丈夫かしら」


 ユアン達が囮となって、王宮魔法使いの目をこちらから逸らしてくれていると考えれば、少しだけ気が楽だ。


「……この廊下はあまり貴族が通らない。仕事をする使用人や政務官、国王の傍に控えている人達が行き来するくらいだった。……今は分からないが」


 廊下に誰か通らないか、クロイドは注意深く観察している。自分達が使用人の格好をしているとは言え、出来るだけ人には会いたくないのだろう。


「クロイドは大丈夫なの?」


「……緊張はしていたが……。先輩達のあの見事な逃げ足の速さを見て、少しだけ気が楽になったな」


「あー……。ふふっ……。そうね、確かに驚く程の速さだったわ。あのブラストって人が余程、苦手なのね」


「俺が王宮にいた頃はさっきの王宮魔法使いは見かけたことが無かったな。でも、知っている王宮魔法使いに息子がいると聞いていたから、もしかすると彼のことだったのかもしれない」


 どこか遠くを眺めながらクロイドは返事をする。その視線に含まれている感情はどのようなものなのか読み取れなかった。


「……あなたは、ここに帰ってきたいと願ったことはあるの?」


 聞いてはいけない質問だろうと思ったが、思わず言葉として出してしまっていた。だが、クロイドは迷わず、すぐに答えを返してくる。


「無い。そもそも俺には王子の資格さえないからな。王宮に戻って、国王になりたいなど、これっぽっちも考えたことがなかった」


「そう……。それなら私は安心して、あなたの相棒でいられるのね」


「……」


 クロイドの言葉を聞いたアイリスが静かに息を吐く。正直に言えば、少し答えを聞くのが怖かった質問でもあったため、彼の答えを聞いて心底安堵してしまう。


「俺の居場所は……魔具調査課で、君の隣だけだ。それ以外はない」


 クロイドは穏やかに、だがはっきりとした声で告げる。

 そのように真っすぐな言葉を告げられるとは思っていなかったので、嬉しさと気恥ずかしさが心の奥に生まれてしまったアイリスは思わず顔をそむけてしまう。


 任務中はしっかりと任務に集中するべきだ。


 それでも、余計なことを考えてはいけないと分かっているのに、彼の言葉が響かないわけがないのだ。

 クロイドが彼の意思で、自分の隣に居たいと願ってくれていることが、これほど嬉しいとは知らずにいたのだから。


「……も、もう、行くわよ。とりあえず、魔具が置いてある場所を突き止めましょう」


「そうだな」


 アイリスは話題を逸らすために、真面目な表情を装いつつ、広い廊下へと視線を向ける。クロイドが廊下に誰も歩いていないことを確認して、二人は細い通路から出た。


「そういえば、ずっと掃除道具を持って移動しているけど、本当に誰からも怪しまれたりしないのね」


「今は昼時だから、それぞれ休憩を取りに行っているのだろう」


 だがその時、隣を歩いていたクロイドがぴたりと急に足を止めたのだ。それがあまりにも不自然に思えたアイリスは引き戻されるように、首を少し後ろへと振り返る。


「どうしたの?」


 数歩だけ前に歩いてしまったアイリスがクロイドの顔を覗き込むように窺った。


「……いや、確か……これは……」


 クロイドは一人でぶつぶつと何かを呟いている。その表情はどこか強張っているように見えた。


「大丈夫? 何か感じたの?」


「──匂いが、したんだ」


「匂い?」


「忘れるはずがない。だって、これは……」




 その時だ。廊下の前方の壁際にある木製の扉が大きく放たれたのだ。


 思わずアイリスは身構えた。誰かが廊下へと出て来るならば、自分達は目立たないようにしなければならない。

 しかし、動けずにいるクロイドの背中を軽くさすると、まるで何かに怯えるように彼の身体がびくりと強く震えたのだ。


 ……誰か、来る。


 前方の扉を開いた人影がこちらの方へと歩みを進めてくる。足音が次第に近づいて来ることに焦りを感じたが、それでもクロイドは動いてはくれなかった。

 いや、正しく言えば、彼は動けずにいたというべきか。両足が床に根を張ったと思える程に、クロイドは微動だにしなかった。


「……なんで……」


 クロイドが小さく呟くのが聞こえたが、すでに近くまで足音が向かって来ていたため、言葉の意味を聞き返すことは出来なかった。


 人影はこちらまで進み、廊下の真ん中で立ち止まっている二人を見て、その歩みを止めた。


「──えっ?」


 幼いと思える程の高い声がした。その声には、何故か驚きが混じっているように思えた。


 アイリスははっきりとその姿を見たわけではないが、こちらへと向かって歩いてくる男が、他の使用人や衛兵とは違う存在なのだと瞬時に認識する。

 服装がまるで違ったから、という理由もあるが視界の端に見えた姿に、どこか既視感らしきものを覚えたからだ。


 すぐに頭を垂れて、壁際に寄ろうとクロイドの背中を優しく押しながら、道を空けた。

 それにも関わらず、その人影は自分達の方へと真っすぐと近付いてくる。


「……待って。ちょっと、待って」


 若い声が壁際へと避けたアイリス達の方へと更に歩み寄って来る。隣のクロイドは若い男が発した声を聞いて、瞬時に青ざめた表情をしていた。


「……顔を、顔を上げて」


 アイリスはその言葉に従うように顔を上げる。今の自分は使用人の身分としてこの王宮にいる。恐らく相手は自分よりも遥かに身分が高い相手だと言われなくても気付いていた。


 だが、顔を上げた視線の先に、思わず喉の奥から出てきそうになった言葉をぐっと我慢しなければならないほど、驚くものがそこにはあった。


 クロイドと同じ顔の少年がそこに立っていたのだ。

 ただ違うとすれば、金髪で碧眼の見た目だけで、アイリスはすぐにこの少年が誰なのかを理解していた。


「……ロディ……?」


 驚いた声で、絞り出すように一つの名前を零す。


「ロディ……? 本当に? だって、君は……」


 目の前の少年は瞳から雫をぽろぽろと零し、クロイドの方へと手を伸ばす。

 青ざめたクロイドはやがて深く溜息を吐き、諦めた表情をした。


「……久しぶりだな、アル」


 クロイドから零された名前はこの国の王子であり、王位継承者であるアルティウス・ソル・フォルモンドの名だった。

   

       

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