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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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潜入

 

 アイリスは今、自分の目に映しているものが現実なのか受け止められずにいた。


「相変わらず、広くて高い建物だな……」


 そう言って、自分の身体の10倍以上の高さがある建物を見て、口をぽっかりと開けているのは先輩のレイクだ。


 自分達の目の前にあるのは王宮の建物の一部だ。白い壁はどこまでも続き、見上げても一番上を見つけることは出来ない程の高さを誇っている。そしてその建物は荘厳という言葉が合う程に静かに堂々と佇んでいた。


 アイリス達は王宮内にある魔具を回収するために、使用人の姿に扮して王宮の門の内側へと入っていた。

 名目は短期間の雇用ということにしてあるが、実際に働いているように見せつつ、どこかに保管されているはずの魔具を捜索しなければならない。


「教団の建物にも匹敵する大きさよねぇ~」


 腕を組みながらユアンは何度も頷く。確か、ユアンとレイクは王宮に潜入するのは二度目だと言っていたが、やはり溜息がつい出てしまう程に王宮の建物は広く、壁は高いらしい。


「それにしても、ミレットという情報課の奴はすごいな。確かお前達の知り合いなんだろう?」


 レイクが歩きつつ、アイリス達へと少し首だけを振り返って、訊ねてくる。


「あ、はい。私の同期です。前も貴族の屋敷に忍び込む手筈を整えてくれたりしたんですよ」


「は~。凄いわねぇ。それにしてもこの手形も本物なのよね? よく入手出来たわねぇ~。でも、この精巧さだと、盗賊が手にしたら王宮に入り放題にならない?」


「あ、それについてはご心配なく。ミレットの信用できる伝手からの入手なんで多分、他の人の手には渡らないと思います」


 今、自分達が首に下げている「手形」は手に収まる程に小さなもので、銅で作られており、細かく名前と職種が彫られている。


 王宮の人間は皆がこの手形を所有しているらしいが、身分によっては顔だけで王宮内に入れる人間もいるとミレットが毒を吐くように言っていた。


 王宮の門の内側に入る時もこの手形を見せたら不審がられることなく簡単に中に入ることが出来た。

 どのようにして、この手形を作ってもらったのかは知らないがミレットにはまた貸しが出来てしまっただろう。


「これからすぐに魔具を捜索しても構わないんでしょうか」


 王宮内部へと続く道を歩きつつ、クロイドが先頭を歩く先輩二人に訊ねる。


「今は昼間だけれど、これだけ広くて人が多い場所だもの。王宮内を歩く使用人を一人ひとり、注意深く目に留める人はあまりいないでしょうね」


 それぞれが一応、掃除の最中だと見えるように、腰や手にはたきや窓ふき用の布を持っている。


「そうだな。魔力さえ使わなければ王宮魔法使いが駆けつけて来ることは無いだろうし」


 石畳の道からやっと王宮の中へと入っていく。周りには衛兵が立っているが使用人の格好をしている四人を怪しむ者はいない。


「とりあえず、宝物庫に侵入するしかないわね。魔法が使えれば速攻で鍵のかかった扉が開けられるけど、ここでは使えないし、王宮魔法使いが鍵開け封じの魔法をかけているだろうし」


「くっそー……」


「じゃあ、鍵を持っている人か、もしくは鍵を開ける権限を持っている人間と接触するしかないですね」


 クロイドが横をすり抜けていく他の使用人に聞かれないように声量を下げる。


「そうだな。そうなると……管理責任者か王族かなー……」


「もしくは無理にでも魔法を使って扉をこじ開けて、秒速でやることやって、即行で逃げるという選択肢もあるわ」


「ちなみに以前、ここに侵入した時にこの方法をやったが追いかけて来た王宮魔法使いが、かなり恐ろしかったのを今でも覚えている」


 しみじみと遠い目をしながらユアンの隣でレイクが首を縦に何度も振る。忘れられないくらいに余程、苦い思い出らしい。


「とりあえず、鍵を持っていそうな人を探すか鍵が保管されている管理室を探しましょうか」


「あのー……」


 アイリスがそっと手を挙げる。


「なぁに? アイリスちゃん」


「一応、魔力探知結晶で探してみたんですけれど……」


 周りを気にしつつ、アイリスは魔力探知結晶を振り子のように持つ。それは前方へと揺れ動いていた。


「おっ! それが魔力探知結晶ってやつか」


「はい。……魔力探知結晶で魔具の在りかを探してみたんですけど、こっちの方向を指していて」


「え? でも、宝物庫はこっちの廊下が続いている先にあるけれど……」


 今、四人は二手に分かれる廊下の分岐点にいた。ユアンは魔力探知結晶が指す方向とは逆の右の廊下を指している。


「……普通、献上品はすぐに宝物庫に入れられるはずだが」


 王宮内の事情を知っているクロイドは魔力探知結晶が示す方向に疑問を感じたのか、声量を抑えて小さく呟く。


「まだ、宝物庫に移されていないのか、それとも王宮魔法使いに魔具だって見つかっているのかも……」


「もし後者だったら無理じゃないか、物理的に」


「と、とりあえず、魔力探知結晶が示す方向に行ってみませんか」


 宝物庫に無いならば、この魔力探知結晶で地道に辿っていくしかないだろう。


 アイリスの言葉に三人は頷き、左の廊下へと曲がろうとした時だ。




「──おい、そこの」


 突然かけられた言葉に四人は同じ瞬間に肩を震わせる。男性の声だった。

 目の前にいるレイクとユアンが思いっきり後ろへと振り返った。


「はいっ、何でしょうか」


「どうかいたしましたか~」


 今までの二人からは想像出来ない程の爽やかな笑顔がそこにはあった。クロイドとアイリスも恐る恐る振り返る。


 そこには使用人の服ではない上から下まで黒服の男がいた。茶髪で、長い髪を後ろで束ねている。


「見かけぬ顔だな。新入りか?」


 その男は先輩二人ではなく、アイリスとクロイドを見ていた。こういう時、あまり動揺を見せない方がいいのだろう。

 気付かれないように深呼吸してアイリスはすっと微笑を浮かべた。


「はい。短期間で雇用されました。イリスと申します」


 勿論、偽名だ。手形にも同じ名前が記されている。


「そうか、私はブラストだ。こちらも新入りかね?」


 ユアン達よりも年は上に見える彼は特に不審がることなくクロイドの方を見る。


 だが、クロイドはこの国の元王子でもあり、双子の兄だ。目の前にいるブラストという男がずっと王宮にいた者ならば、王子だったクロイドの顔を知っているかもしれないと、アイリスは気付かれないように冷や汗をかく。


「……ロイ、と申します。来たばかりで不慣れな点もあると思いますが、精一杯に勤めさせて頂きますので、宜しくお願いします」


 背筋をぴんと伸ばし、丁寧なお辞儀をするクロイドの姿にアイリスは思わず見とれてしまっていた。


「うむ。中々、真面目そうな二人だ。王宮で働くということは、国王に尽くすということ。場所が堅苦しいと思うかもしれないが、気負わずにしっかりやりなさい。……そちらの二人はこの者達の教育者か?」


「は、はいっ。そうです!」


「そうか。いや、あまり見かけぬ顔だったから、つい声をかけたのだが……。……ん?」


 ブラストという男がユアンとレイクの顔をじっと見つめ始める。

 その時、アイリスはブラストの黒衣の胸元に光る紋章を見逃さなかった。


 魔法使いの間では聖なる草と認識されている「クマツヅラ」が二本、円を描き、その中に獅子の文様が描かれている。

 それが何を意味するのかと言うと──。


「何でしょう? まぁ、私どもも王宮に勤めて日が短いので……」


 言い訳を並べようとレイクは必死だが、その目が泳いでいる。恐らく、ブラストが何者なのか分かっているため、動揺しているのだろう。


「あ──っ! 思い出したぞ、貴様ら!! 去年、王宮に忍び込んだ教団の奴らだな!!」


 突然、大声を上げるブラストに先輩二人は視線をすぐにそらす。そう紛れもなく、ブラストの胸元に光る紋章は王宮魔法使いだと表している紋章なのだ。

 そして、目の前にいるブラストこそが王宮魔法使いの一人だ。


「な、何のことですか……? まだ、ここに来て一年も経っておりませんが……」


 ブラストの視線を避けつつ、ユアンがこちらに視線を送って来る。声は出ていないが口が早口で動いた。どうやら言葉を紡いでいるらしく、アイリスはじっとユアンの唇の動きを見つめる。


 ──あとは頼んだ。


「貴様ら王宮に何用だ……場合によっては刑を科すぞ……。もしくは私の魔法で消し炭にしてやろうかぁ?」


 ブラストはアイリス達の間を割り込むように入って来る。それにしても、何とも口の悪い王宮魔法使いがいたものだ。

 王宮に仕えているというならば、上品な口調で穏やかな性格をしていると勝手に思っていたので、想像が音を立てて崩れ去っていく気分である。


 憎らしいものを百年ぶりに見たと言わんばかりの表情でブラストはユアン達に顔を近づける。


 最早、限界だと感じたのかユアンが服のポケットから何かを素早く取り出し、それを床へと思いっきり叩きつけた。

 瞬間、叩きつけたものから白く濃い煙が噴出し、その場を真っ白で何も見えない空間へと染め上げていく。


「おい、こらっ! 何を……ぐほっ……! 待ちやがれ!!」


 右の廊下へと走り出した先輩二人の姿は徐々に見えなくなっていく。


「くそ、また逃げやがった……!」


 その後を追いかけようとブラストは数歩だけ走ったがすぐに振り返った。もしや、自分達も教団の人間だと気付かれてしまったのだろうかと思わず身構える。


「君達! 君達は衛兵を呼んできてくれ! まだ来て間もない君達は知らないかもしれないが、奴らは泥棒みたいなものなんだ。私は奴らを追いかけるから、宜しく頼むよ!」


「あ、は、はいっ!」


 すぐに答えるとブラストはそのまま二人が去った廊下の方を追いかけるように走っていく。

 だが、白い煙が晴れても二人の姿はすでに見えなくなっていた。


「逃げ足が早い先輩達だな……」


「そうね……」


 どうやら、このまま分かれて調査するしかないだろう。王宮魔法使いに目を付けられなかったのは幸いだったが、魔具の替え玉を持っているのはユアンだ。


 このあと、目的の魔具が見つかったとしても、あの二人を探さなければならないだろうとアイリスとクロイドは同時に溜息を吐くしかなかった。

 

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