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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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着替え

  

 思えば、出会った時からクロイドは命というものに対して重い感情を抱いているようだった。アイリスが馬車に轢かれそうになった時も、強盗団と対峙した時も。


 どんな時でさえ、自分の命が危うくなりかけた時は厳しく叱責してくれていた。

 それだけ、人が傷つくところを見たくなかったのかもしれない。


 昨日、クロイドを抱きしめた感触がまだ、腕に残っているのか、思い出しただけで余熱を感じてしまう。


「……ふぅ」


 短く溜息を吐くと、隣で王宮の使用人の衣装へと着替えているユアンが振り返った。


「アイリスちゃん、緊張してる?」


「あっ……。いえ、そんなつもりは……」


 そうだった。今は王宮に侵入するための着替えの途中だと思い出す。仕事のことを考えなければと、アイリスは小さく首を振った。


 この後はミレットが整えてくれた手筈通りに、見習い使用人に扮して王宮へと忍び込むつもりだ。その算段もしっかりミレットが進めてくれている。


「あはは……。でも、ごめんねぇ。こっちの不手際で迷惑かけちゃって。私達も王宮にはあまり行きたくなかったんだけど、仕事だからねぇ~」


「いえ、とても良い経験になりますし……。えっと、『青き月の涙』って魔具でしたよね? どんな特徴ですか?」


 いつもならミレットから教えてもらったりするのだが、今回は調べる余裕がなかったのか、それとも説明をユアン達に任せているのか、魔具の詳細は聞かされていなかった。


「これはね、元々は教団の人が持っていた魔具だったの。魔除けや儀式によく用いられて、魔力を込めると淡く青く光るのよ。あと月の光で魔力を溜めることも出来る代物でね、首飾りの先端に雫型の石が付いているの」


「教団の人の……。ということは、盗まれたんですか?」


「そうなのよ~。しかも5年くらい前にね。ずっと探していて、今回の調査でガリオンって言う男が魔具の裏取引人で、盗人から買い取ったらしいのよね。この男、色んな魔具を法外な値段で売りさばいていたんだけれど、この『青き月の涙』っていう魔具だけは一番高い値段で隣国の貴族様に吹っ掛けて取引したらしいわ」


 ガリオンという男に対して相当、憎らしく思っているのかユアンは拳を握りしめて、壁に向かってそれを放つ。みしっと、壁が軋む音がその場に響いた。


「ガリオンが持っていた魔具は全部押収して、魔的審査課に奴もぶっこんできたけど、この魔具だけは貴族様に渡っちゃってねぇ~。貴族様も魔具だって知らないで、王様のご機嫌取りのためにすぐに献上しちゃったのよね~」


 何度も溜息を吐きながらも、ユアンは着替えを進めていく。

 ユアンはすらりとした身体つきなので、使用人の姿も似合っているが、人に仕える使用人に扮するには華やかすぎる雰囲気が醸し出ている。


「王宮は広いし、気品と誇りが高過ぎる厄介な魔法使いはいるし、本当に面倒な場所なのよ。だから今回、あなた達に手伝って貰えて助かっちゃった」


 ありがとう、と言ってユアンは爽やかに笑った。


「そんな……。私達も先輩方と一緒に仕事が出来て嬉しいです。まだまだ未熟者なので、色々と学ばせていただきます」


 全てを着替え終えたアイリスが真っすぐと立ち、ユアンへと頭を下げるとその上から抱きつかれてしまう。


「もうっ! やっぱり、女の子は最高だわ! こんなに礼儀正しくて可愛い子が来てくれて、本当感激! どう? 私の相棒にならない?」


 きりっとした顔でかなり真面目に迫って来るユアンにアイリスはどう対応しおうかと困っていると部屋の扉が荒っぽく、数度叩かれる音が響く。


「おい、こらぁ! 聞こえてるぞ! 着替え終わったんなら、出てこい!」


 レイクの声だ。レイクとクロイドは隣室で着替えていたようだが、どうやら使用人の衣装に着替え終わったのだろう。


「あら嫌だ。盗み聞きなんて下品ね。それに女の子の準備は時間がかかるものよ~」


 そうよね、と言ってユアンは舌をぺろりと出す。アイリスは曖昧に頷き返しながら、扉を開けて廊下へと出た。


 ここは着替えをするためだけに王宮の近くに借りた部屋の一室だ。廊下に出ると、レイクが廊下の壁にもたれており、隣の部屋からちょうどクロイドも出てきていた。


 黒の背広に白いシャツを着ているクロイドはぱっと見たら良い家の使用人の格好だが、やはり雰囲気がそれっぽくはない。

 そして、真面目さを見せようとしているのか、黒ぶちの眼鏡をかけていた。


「……似合っているわよ」


 小さく笑って、ふき出すアイリスにクロイドはわざとらしく肩をすくめた。


「そっちこそな」


 アイリスは膝下までの黒地の服に白いレースが編み込まれた前掛けをしている。髪型は二つに分けて三つ編みにしていた。普段とは違う格好と髪型であるため、少々気持ちが落ち着かないでいる。


「以前、潜入した孤児院の時の服も似合っていたけれど」


 意地悪っぽくそう言うと拗ねたようにクロイドは口を尖らせる。


「それは言うな」


 彼にとっては余程、葬り去りたい出来事だったのだろう、あの女装は。

 もちろん、蒸し返してからかうような悪趣味は持っていないので、アイリスは苦笑しつつ、もう二度と言わないと告げるように頷き返した。


「あら本当、クロイド君は背が高いから似合うわね~」


「おい、待て。その言い方だと俺は似合わないっていうのか」


「まるで貴族のお坊ちゃまのお出かけ衣装みたいよ」


「この野郎……!」


 再び始まるユアンとレイクによる喧嘩を見ながらアイリス達は顔を見合わせて苦笑する。


「よしっ、後輩諸君、さっそく王宮へ殴り込むぞ!」


 一つ咳払いをして、レイクが拳を掲げる。


「頼りない先輩達だけど、宜しくね~」


「こちらこそ、足手まといにならないように、頑張ります」


 それぞれが意気込み始める。気合十分と言ったところだろう。


 ちらりと瞳の視線だけをクロイドへと移した。少し強張っているようだが、唇をきつく結んでいる。彼には気分が悪くなるなら、休むように言ってある。


 ただ、クロイドは中々頑固なので、大人しく聞いてくれるとは思っていない。たまに様子を確認した方がいいだろう。


 ……私が気を付けないと。


 王宮は彼にとっては自分を戒める場所だ。良い思い出はあまりないと言っていた。

 出来るだけ任務を早く終わらせた方が彼の体調面や精神面には良いと思う。


 だが、クロイドを気遣いたいと思いつつも、自身も初めての王宮潜入であるため、密かに緊張しているアイリスだった。

   

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