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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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帰還の風

 

 学園へと登校する前にいつものように魔具調査課に出勤するも、部屋の中には誰もいなかった。その事にどこか安堵しつつ、アイリスは部屋の扉をゆっくりと閉める。


 今日は何か急ぎの任務はあったかどうかを確かめるために、壁にかけられている全体の予定表を眺めていると、課長室から話し声が聞こえた気がした。

 課長室にブレアがいるのだろうか、もしそうならば今日の予定を聞いておこうとそちらへ向かってみる。


 課長室の扉を三回、叩くと部屋の中の話し声はぴたりと止み、すぐにブレアの返事が聞こえた。


「失礼しま……」


 扉を開けようとした瞬間、向こう側から勢いよく扉が開いたのだ。

 だが、そこで思考が停止してしまう事態が起きた。


「きゃっー! 可愛いーっ!」


「ふぇっ!?」


 黄色い声を上げた誰かが自分に覆いかぶさるように突然、抱きしめてきたのだ。

 あまりの素早さに姿を見る事は出来なかったが、ふわりと女性らしい花のような匂いが鼻をかすめる。


 しかし、抱き締められる腕に力を入れられたため、アイリスの目の前は誰かの胸で埋め尽くされ、呼吸もやり辛くなってしまった。


「なにっ? この子? 新しく入った子って女の子だったの!? もう、嬉しいーっ!」


 自分を力いっぱい抱きしめている女性はとにかくはしゃいでいるようだ。


「はっはっはっ! ユアンの可愛いもの好きは相変わらずだなー」


 のん気な声が部屋の奥から聞こえたため、ブレアがそこにいるのだとやっと認識できた。


「んごっ……! ぶ、ブレアさ……」


 何とか名前を呼んで助けを求める。この状況は一体、何事なのか説明してもらいたかったし、自分を抱きしめている女性は誰なのだろうか。


「ほら、ユアン、そろそろ放してやりなさい。自己紹介もまだだろう?」


「あっ、そうでした!」


 強く抱きしめられていた腕はぱっと放され、久しぶりに肺の中へと空気が入って来る。アイリスは暫く呼吸を繰り返してから、ゆっくりと顔を上げた。


 改めて自分を抱きしめていた本人を見ると目の前には、少し年上くらいの少女がいた。


 金と茶色が混ざったような髪色で、うなじ辺りに髪を一つにまとめてお団子にしており、そこには髪飾りなのか細い棒状のものが挿してあった。

 表情は人懐っこそうな笑顔で満ちており、瞳は深緑色だった。


「はじめまして! 私、ユアン・ウィングルよ。魔具調査課のチーム『(ヴェント)』に所属しているの!」


 つまり、自分の先輩だったようだ。アイリスは目を瞬かせて、すぐに姿勢を正す。


「あっ、は、はじめまして! 今年からこちらの所属になりました、アイリス・ローレンスです。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げて、顔を上げると、そこには両手で何かを掴もうと指を動かしているユアンの姿があった。


「も、もう自己紹介は終わったから、抱きしめてもいいかしらっ?」


「え……」


 魔具調査課には変人が揃っていると聞いていたが、彼女もその内の一人なのだろうか。反応に困って、つい固まってしまっていると今度はユアンの後ろから声がした。


「おい、ユアン。そのくらいにしておけ。後輩が怖がっているぞー」


 ユアンの後ろを覗き込むと、ソファの上に見知らぬ少年とその目の前にクロイドが座っていた。どうやら彼は先に課長室に来ていたようだ。


 先程までは会うのが気まずかったが、クロイドの方は昨日のことを全く気にしていないのか、朝の挨拶をするように小さく頷いてきた。

 そのため、アイリスも何事もなかったかのように装いながら、頷き返すしかなかった。


「え~……。だって、女の子の後輩が入ってきてくれたのよ? これはもう、抱きしめるしかないでしょうよ!」


「俺に言うなよ。それにお前のその癖のせいで、貴重な女子が辞めたらどうするんだ」


「まっ! ひどいことを言うのね! ……そうよねぇ。見た目が子どもにしか見えないレイクは怖がられる心配がないから、いいわよねぇ~」


「何だとっ!? 今、小さいって言ったな!?」


 レイクと呼ばれた少年が立ち上がり、拳を握りしめる。


 彼の年齢は自分達とそれほど変わらないようだが、確かに小柄で身長は自分と同じくらいのようだ。金色の髪を雀の尻尾のように結んでおり、瞳は海のように深い青色だった。


「あら、ごめんなさいね~。私、正直者だから」


「てめぇ……。ちょっと俺より身長が高いからって調子に乗りやがって……。いいんだよ! 俺は今、成長期なんだから!」


「それ、一年前も言っていたわよ。残念ね~。意思に反して、身長を伸ばす細胞が発達していないのかも」


「この野郎……!」


 二人の間には険悪な雰囲気が流れ始め、アイリスはどうしたものかと戸惑っていると、ブレアの方から助け船が出された。


「はい、そこまで。二人とも、自己紹介がまだ終わっていないんだから、席に座りなさい」


 ブレアの鋭い一言によって、言い争っていた二人はすぐさま、ぴんっと背筋を伸ばして、急いでソファへと座った。

 やはり、ブレアのことが怖いのは一緒らしい。


 アイリスも何とか喧嘩らしきものが収まったことに胸を撫でおろしつつ、クロイドの隣へと座った。


「それじゃあ、お互いに初対面だから簡単に自己紹介していくぞー。まずは『(ヴェント)』から」


「はーい。……さっきも言ったけれど、私はユアン。歳はあなた達より一つ年上で、医務室のクラリスと一緒よ。魔具はこの杖なの」


 ユアンはそう言って、髪飾りとして挿していた棒状のものを抜き取る。羽飾りが付いたものはどうやら杖だったらしい。


「魔具調査課には二年所属しているから、何か分からないことや知りたいことがあったら、遠慮せずに聞いてね!」


 ユアンによって、にこりと浮かべられる笑みは医務室のクラリスとはまた違った安心感が感じられるものだった。


「次は俺だな。……俺はレイク・ブレイドって言うんだ。ユアンと歳も所属年数も一緒だ。魔具は魔法書を使っている。困ったことがあったら、言ってくれ。特にユアンのこととかな」


 その言葉に反応するようにユアンが眉を深く寄せて、レイクと睨み合いを始める。


「本当にお前らは相変わらずだな……。アイリス、クロイド。この二人は入団当時から組んでいるチームなんだ。よく喧嘩している奴らだが、仲が悪いわけじゃないし、人としては見るべきところがある良い奴らだ」


「ブレアさんに褒められると何だか、くすぐったいですねぇ」


「ははっ。褒めるだけで、何も出ないさ。……さぁ、次はお前達の番だ」


 ブレアの言葉にクロイドが先に頷く。


「……今年、入団しました。クロイド・ソルモンドです。至らない点が多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 最初に会った頃と比べるべきではないと思うが、ここまではきはきとしたクロイドの自己紹介は初めて見た。


 以前は相棒を組んだ際に、挨拶をしようとしたが拒否されたことを思い出し、出会って一ヵ月程で、彼は本当に変わったのだとアイリスは誰にも気づかれないように小さく笑った。


「アイリス・ローレンスです。多分、ご存じかもしれませんが魔力がないので、剣術を得意としています。よろしくお願いします」


「あ、噂のローレンス家って、君のことだったんだな」


 教団に「魔力無し(ウィザウト)」が所属していれば大抵の人は驚くだろうが、彼らは元々自分のことを知っているのか、嫌な顔は全くせず、ただ納得するように頷いていた。


「色々、大変なことがあるかもしれないけど、頑張っていこうな!」


「もし他の課の奴に嫌なことをされたら、先輩達がそいつを二度と笑えないようにしてあげるから大丈夫よ!」


 自分を気遣ってくれている発言だと分かっているが、二人とも顔は笑っていても、目の奥が笑っていなかった。

 魔力無し(ウィザウト)である自分に対してかなり気さくなユアンとレイクだが、二人とも良い人そうで本当に良かったと、隠しながらそっと溜息を吐く。


「ではさっそく、今回ユアン達に任せていた任務の報告でもしてもらおうか」


 二人は長い出張の任務から今日、帰ってきたらしい。ブレアの言葉に、ユアンとレイクは真っすぐと背中を伸ばして、姿勢を正した。


「はい。えー……今回は隣国のイティリー共和国に任務で赴いていたんですけど……。そこで、まぁ、ちょっとやらかしてしまいまして」


 ユアンが気まずそうに視線を逸らす。任務の最中に、何か問題でも起きたのだろうかとアイリスはクロイドと顔を見合わせた。


「奇跡狩りで回収する予定だった『青き月の涙』という魔具についてですが、違法に所持していたガリオンという男の手元から離れ、別の人物へと取引されてしまいまして」


 ふっとブレアの瞳が、細くなる。室内の温度も少し下がった気がするが、気のせいだろうか。


「取引相手はこの国のテロール子爵だったんですけれど、そこを押える前に国王陛下に珍しい宝石として献上されてしまったんですよねー……。他の魔具はすでに回収して魔法課に持っていきました。あと一つだけだったんですけど……」


 ユアンは苦い顔をしながら、まとめている報告書の文を読んでいるが、その視線は決してブレアの方を向かないようにしているようだ。


「ほう……」


 さらに鋭くなるブレアの視線に、レイクは肩を震わせている。ブレアからのお叱りの言葉が来ると予想しているのか、身構えているらしい。


「……王宮かー……。中々、面倒なところに移されたもんだな」


「……すいません」


「まぁ、こちらの思い通りにならないことは、奇跡狩りではままあることだ。仕方がない。ただ、王宮はなー……」


 課長机に頬杖をつきながら、ブレアは盛大に溜息を吐く。


「はい、分かっています……。王宮魔法使いの奴らですよね……」


「あいつらは俺達、教団の人間を毛嫌いしているからな……。前に潜入調査した時も、魔法で二度くらい叩き出されたわー……」


 苦い思い出があるのか、レイクは表情を歪めた。



 イグノラント王国の王宮、つまり国王のもとには王宮魔法使いが密かに存在している。


 王宮魔法使いは表立った立場ではないため、王族やその周りにいる人間に仕えているが、彼らの存在は王宮で働く者、全員が知っているわけではない。


 王宮魔法使いはその名の通り、主な役目として王族や王宮を敵から守るために結界を張ったりしているらしい。


 だが、魔法使いと言えど、教団と関わりがあるわけではない。むしろ、彼らは教団の人間のことを毛嫌いし、王宮に彼ら以外の魔法使いを入れることを拒むのだという。


 王宮魔法使いは100年くらい前から、ずっと同じ一族が世襲制でやっているので、教団の人間が使う魔法と混ぜたくないらしい。



「情報課の奴に頼んでも無駄だろうな。王宮全体に結界が張ってあるから、外部からの魔法は全く効かないし。魔法によって魔力を感知されないために、自力で魔具が保管されている場所を探し当てるしかないだろう」


「長期戦、ですね……」


 何か策を考えないと、とユアンがぶつぶつと独り言を言い始める。


「……そこでだ。お前達、『(アルバ)』に協力を頼めないだろうか」


 突然、話を振られてアイリスは驚いた表情でブレアの顔を見る。


「こいつらの不手際だが王宮はかなり広く、魔力が使えない分、魔具を探すのは一苦労だ。人数が多い方が助かるんだが」


 こちらの顔色を窺うようにブレアは尋ねてくる。


「あ、はい。分かりました。『魔力探知結晶』を持っているので、それで魔具を探すのをお手伝いします」


「いいの!? わぁ、もう、本当にありがとうー!」


 安堵と歓喜の笑みを同時に浮かべるユアンにアイリスは曖昧な笑みを返して、クロイドの方へと振り返る。


「ね、クロイドもいいわよね? ……クロイド?」


「……」


 だが、アイリスはそこで固まった。こちらを見ているブレアも何か思っているのか、顔をしかめて、気まずそうな表情をしている。


 クロイドの顔は真っ青だった。まるで死を宣告されたかのような病人の顔をしており、息を肩でしている。

 彼の瞳は大きく揺らぎ、焦点が定まらないでいた。


 初めて見るその表情にアイリスは何と声をかければいいのか、分からなかった。

    

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