伝書鳩
朝、自室の窓をコンコンと軽やかに叩かれた音で目が覚めたアイリスは少し呆けながらも、ベッドから立ち上がり、窓を大きく開け放つ。
澄んだ空気がすっと、部屋の中へと入って来た瞬間にアイリスは深呼吸した。遠くへと視線を向けると街並みの遥か向こうに見える境目から朝日が少しずつ昇ってきている。時間は6時くらいだろうか。
「クー……」
窓辺に羽を休めるように座っているのは伝書鳩のシャルトルだ。
鳩だがとても頭が良く、いつも遠くへ手紙を出す時などは脚に手紙を細く畳んだものを付けて、届けてもらっていた。
そのシャルトルが細い脚に手紙を結んでいる。
「おはよう、シャルトル。手紙持ってきてくれたの? ありがとう」
さっそくシャルトルの脚に結ばれた手紙を受け取り、餌としていつも与えているパン屑を目の前へと散らすように置く。
シャルトルは嬉しそうにその一粒一粒を突きながら食べ始めた。
「えっと……」
細く畳まれた手紙を丁寧に開いていく。そこには繊細な字が等間隔で並んでいた。
手紙を送ってきたのは従兄弟のエリオス・ヴィオストルだ。彼は自分の父の妹の子であり、アイリスが嫌悪しているブルゴレッド男爵の実の息子でもある。
だが、エリオスの母は早くに亡くなり、ブルゴレッドが結婚前から囲っていた女性を後妻として娶り、後妻との間に生まれたジーニスと一時期暮らしていたらしく、かなり複雑な環境のもとで育ってきている。
エリオスは貴族出身であるにもかかわらず、魔力を持っていたため、早いうちから家を出て自立し、今は教団の魔的審査課で働いていた。
そんな彼は自分と同様にブルゴレッド家を毛嫌いしており、名前が違うのは母方の家に籍を置いて、自ら名乗っているためでもある。
「兄さん……今はフレシオン公国にいるの……」
彼は魔法監察官として地方や他国に出向いて、密かに魔法を使っている者に対して注意をしたり、怪しい動きをしていないか見張ったりしているのだ。
また、大事の場合には教団まで違法な魔法使いを連れてくるという仕事をしていた。
外回りの仕事なので中々、教団に帰って来ることがないが、たまにこうやって手紙のやり取りをしている。
自分の境遇を理解してくれる人物の一人であり、小さい頃から知っているため仲は良かった。
手紙にはアイリスの体調を気遣う文面が綴られており、暫くしたら仕事が片付きそうなので、教団の方へ近々帰ると書かれていた。
その時は土産話でも聞かせてくれるだろうか。アイリスは椅子に座り、手紙の返事に何を書こうかと迷いはじめる。
最近、自分の周りでどのような事が起きたのかくらいは、書いた方がいいだろうと万年筆を手に取って、そこで動きを止めてしまう。
机の上に置いていた、クロイドから贈られた黒い石の首飾りが目に入る。
そして、思い出してしまったのだ。
「……」
クロイドと相棒になったことも書こうと思った次の瞬間に昨日の夕方、彼から告げられた言葉を思い出して再び赤面し、机へと突っ伏す。
「あ~……。もうっ……」
こんな風に悩むのは自分らしくない。だが、悩まずにはいられないのだ。
自分がクロイドのことを相棒としてだけではなく、恋愛の感情としても好きなのだと自覚してしまったのだから。
「……兄さんに何て返事を書けばいいのよ……」
溜息を吐きながら、シャルトルの方を見る。
一応、性別は女の子らしいが、この鳩に恋情としての気持ちは理解できるだろうか。
だが、シャルトルは首を傾げただけで、そのまま何事もなかったようにパン屑を再び食べ始めるのであった。