黒い笑み
それから二日後、ウィリアムズは教団を去った。ウィリアムズを上司として慕っていた団員達も多くいたことから、惜しむ声もあったらしい。彼の新しい願いに同調した者もいたがウィリアムズはそれを断り、一人で旅立ったとのことだ。
スティルは教団に残って降霊魔法の研究を続けているらしいが、ラザリーの所在はまだ掴めていない。ミレットも『千里眼』で居場所を探しているが、今のところ特定は出来ないようだ。
今後は動きがあれば教えてくれるそうだが、それでもラザリーの胸に潜めたものを知るには遠いだろう。
身体の調子も良くなり、腹部の傷も治ったため、学園の授業へと復帰したが、長期間休んでいたこともあり、同じクラスメイトからは白い目で見られた。
登校した際にはハルージャと偶然会ったがいつものような嫌味を吐かれることはなく、朝の挨拶を軽くしただけで終わった。
すると、それを見ていたミレットが苦笑しながら、耳打ちしてくる。
「……ハルージャってば、アイリスが眠っている時に一度、お見舞いに来ていたのよ」
「えぇ?」
そんなまさかと言わんばかりにアイリスが口をぽっかりと開ける。大雨でも降るのではと疑わずにはいられなかった。
「本当よ。だって、病室の前ですれ違ったもの。向こうはたまたま通りかかっただけだって言っていたけれど。……花瓶に花が活けられていたでしょう? あれ、持ってきたの、ハルージャよ」
「嘘ぉ……」
一体、どういう心変わりなのだろうかと思いながら、教室の中でお気に入りの窓側の席へと座る。
「おはよう、二人とも」
自分よりも早く登校していたクロイドが前の席から振り返り、挨拶をしてきた。普段は相棒であるため、お互いに学生として会うのは何だか妙な気分だ。
「おはよう。何だか、この感じ久しぶりね」
「そうねぇ。……ああ、でもまだ、こっちが終わっていなかったか」
呆れたようにそう呟いたミレットが返事しつつ、軽く周りを見渡す。
「おー、怖い怖い。まだ、睨んでいるわ。さすが学年首席様は恨まれる相手が多いわね」
気の毒そうな視線を向けつつ、ミレットが盛大に溜息を吐く。
アイリスもちらりと周りを見渡すが女子達が鋭い目つきで、こちらを見ていた。
「別に仲良くなりたいって思っているわけじゃないんだけれど、あそこまで睨まれると喧嘩を売っているのかしらって思っちゃうわね」
「買うなよ……」
宥めるような声で溜息を吐きつつ、クロイドも周りに視線を送る。
視線を送られた女子達はクロイドの視線が自分達を見ているのだと気付くと、気まずそうに顔を背けつつも頬を赤らめている。
その表情を見たミレットが一瞬、黒い顔をしたのをアイリスは見逃さなかった。
「……ちょっと、ミレット。あなた、何か変なことを考えてないでしょうね?」
「いやぁね~。アイリスのためを思って、考えていたのよ。そろそろこの状況をどうにかしたいんじゃない? いちいち、あんな風な態度を取られっぱなしだと、見ているこっちも不快なのよ」
にやにやと笑いながらミレットは魔具ではない、普段用の手帳をめくる。おそらく、この学園内のことに関する情報が記されているのだろう。
「アイリスの敵はねぇ~。こっちが無意識なうちにどんどん増えていくのよねぇ」
「……相手の名前も知らないのに、敵だけ増えていくのか」
「そうなのよ。向こうが勝手にアイリスを敵視してるの。何たってこの子、成績優秀だし、見た目もそこらの女子よりはいいし、運動神経も抜群」
「……ほとんど、教団に属する者として必要だから身に着けただけだもの」
親友にそこまで褒められると悪い気はしない。
だが、自分以外にも優秀な人はたくさんいる。それに優秀だということを見せびらかしているわけでもないし、そんな趣味もない。
ただ、自分ではそうだと思っていなくても、相手がこうだと認識しているものを覆させるのは難しいだろうという話なだけだ。
「でもね、アイリスは良くても、一緒にいる私達だって、見ていると辛いんだからね」
「ミレット……」
そこまで自分のことを考えてくれていたとは。やはり持つべきものは友か。
「まぁ、それは建前で。アイリスがやり返したり、文句を言い返さない奴だって分かっていて、更に調子に乗っている女子達がいい加減、頭に来るからそろそろ鼻を圧し折ってやろうかと思って」
突然の黒い発言にアイリスが眉を寄せる。
「……ミレット、そんなことを考えてたの」
「情報だけはあるもの~。赤っ恥をかくようなものが溢れんばかりに、ね」
この親友を何度、敵に回すべきではないと思ったことか。アイリスは思わず、ごくりと唾を飲み込んでいた。
「別に被害がないから、いいじゃない……」
「甘いわ。女っていう生き物は何をするか分からないもの。現にこの前、泥水を上から掛けられそうになったでしょ」
「まぁ……。でも、掛からなかったし」
特にそこまで気にしていないが、こうなるとミレットの気が収まらないだろう。
「あのね、別に物理的に解決しようっていうわけじゃないわ。……それよりも精神的にぐっとくるやつを用意するから」
そう言って、ミレットは楽しそうに親指を立てる。
「はぁ?」
「そういうわけで今日の放課後、あの女子どもを呼び出すわよ。アイリスは何もしなくていいわ。ただ、教室にいるだけでいいから」
どうやら彼女の企みはすでに始まっているようだ。
「え、何をするつもりなの……。さすがに女子相手に手は出せないわよ……」
「違うってば。……クロイドにも手伝って貰うけど、いいわよね?」
突然、自分の名前を呼ばれたクロイドは訝しげな表情をしつつ頷き返していた。
一体何をする気なのだろうかとアイリスは深々と溜息を吐くしかなかった。
 




