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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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旅立ち

    

「……スティルとも話し合ったが、彼はそのままエイレーンの魂を呼び出す研究をここで続けていくそうだ」


「っ……」


 新しく作られた教団内の法として、エイレーンの復活に関するものは違法とされているが、魂を呼ぶことはその枠組みから外されるということか。


「だが、君に手を出すことはないだろう。他の者を犠牲にはしないと言っていた。彼は彼なりの方法で時間がかかってでも、いつかかならずエイレーンを呼び出すのが夢らしいからな。それにこの降霊には他の魔法に関する研究への足掛かりにだってなりえる。負の魔法のままにせずに、しっかりと実用性のある魔法を作り上げたいらしい」


 スティルも意外としっかり考えているらしいが、それでもエイレーンにはこだわるらしい。今後、接触されないようにだけ、気を付けてれば大丈夫だろう。


 自分を生け贄にして、エイレーンの魂を降ろすことについて、思っているよりもウィリアムズが諦めているように感じたアイリスはつい先日までのあの狂気じみた笑顔が本物だったのかさえ疑わしくなってくる。


「ラザリーは……本当はあの子も一緒に連れて行こうかと思ったが、今は行方が分からない」


「えっ!?」


 確か地下の牢に入れられたとは聞いているがその後、行方不明になったということか。

 後でミレットにそのあたりの情報を聞いておこう。


「あの子は私よりも『家』にこだわっていた。魔女になる素質もあったが……心的判断により、教団に入ることは許されなかった」


「……」


 つまり教団の入団試験で実技は十分だったが、心的判断により魔法の使用を許可することが出来ないと判断されたのだろう。


「ラザリーは私以外に家族と呼べる者はおらず、いつか自分達の手でウィリアムズ家を再び、有名な魔法使いの家にしようと話していた」


 そこでラザリーが最後に自分に向けて言っていた言葉を思い出す。


 ──魔女の血もとうとう落ちぶれた。


 もしかすると、ラザリーは自分よりも家名にこだわっていたのかもしれない。


 だからこそ、ローレンス家の生まれであるにも関わらず、魔力を持たない自分の事こと蔑みつつ、どこか心の中で憎んでいたのだろうか。

 今となってはそれを訊ねることさえも出来ない。


「もし今後、彼女が訪ねて来たならば、伝えておいて欲しい。──いつか、再び同じ夢を持とう、と」


 そう言ってウィリアムズは紅茶を全て飲み干し、立ち上がる。


「本当は……あの子も世界を見に連れて行きたかったんだがな」


 どこか惜しむような声色だった。

 恐らく、ウィリアムズとラザリーの間にはこちらが思っているよりも深く親密な関係が保たれていたのだろう。


「……また、きっと会えますよ。今はただ……自分のやりたかったことが出来なくて、落ち込んでいるだけかもしれませんし」


「……こちらが巻き込んだにも関わらず、そのように言ってもらえるとは思っていなかった」


 ウィリアムズはソファの上に置いていた帽子を手に取ると、視線が見えないようにと目深に被る。


「今更だが言わせてもらえないか。許されないとは分かっている。君や教団、イリシオス先生に対してやったことを詫びるつもりはない。自分が間違っていたと思うつもりもない。──それでも……申し訳なかった」


 彼はそう言って背を向けて、課長室を出るべく扉へと手をかける。


「──セド!」


 後ろからブレアが呼び止めた。

 彼女にしては珍しく、必死な声に聞こえたのは気のせいではないはずだ。


「いつか、お前の望みが達成したら、帰ってこい。皆で……弟子の皆で、また飲もう」


 どこか縋るようにブレアが声を上げる。

 まるで、最初から二度と会えないことを悟っているようにも感じた。


「……飲み比べにはもう、付き合える年ではないぞ」


 一瞬だけ振り返ったウィリアムズが口の端を緩めたように見えた。


「では、失礼する」


 彼はそのまま扉を開けて、出て行った。

 扉を閉める音が余韻のように残る。


「変わらなくていい。でも……そう願うなら、全力で変えてみせてみろ」


 小さく呟くブレアの表情は子どものように崩れていた。泣いてはいない。

 それでも、兄弟子というからには、親しかったのかもしれない。



 そんなブレアに対して、どんな言葉をかければいいのかアイリスとクロイドはお互いの視線を交えつつ、悩むしかなかった。


「……さて、これで終わったわけだが」


 まるで何事もなかったかのように、椅子に座り直すブレアはアイリス達へと視線を向けて来る。その表情は苦悶に満ちたものではなく、いつもの課長としてのブレアの顔だった。


「今回の件の報告と行きたいところだが……」


「あー……」


 そういえば、そうだった。報告書はまだ、書いていない。

 医務室で寝かされている間は絶対安静とクラリスに言い付けられていたため、それを律儀に守っていたことで、隙を見つけて書く余裕がなかったという事情もあるが。


「報告書はあとから提出でいい。──今から、飲みに行くぞ!」


「えぇ!?」


 椅子からブレアが勢いよく立ち上がり、逃がすまいとアイリスとクロイドの肩に手を回してくる。


「飲みに行くって……今日の仕事は……」


「今日は休みにすることにした!」


 することにした、ということは実質は休みではないということだが大丈夫だろうか。


「それに旨い飯を食いに連れていくって約束しただろう?」


 そういえば、していたが。

 だが今、約束を無理に果たそうとしなくてもいいのではと反論は出来なかった。


「ミレットも呼んで来い! 今から行くぞ! そして、飲む!」


「いいですけど、私達はまだ、未成年で飲めないですからね~」


「……ブレアさん、酒好きだったのか」


 隣で同じように腕を回されているクロイドがどこか諦めたような表情しつつ、苦笑いする。


「この人、一度飲み始めたら、潰れるまで飲むのよ。次の日は大体、二日酔いになっているわね」


「うわ……」


 しかも、まだ朝だ。こんな朝っぱらから仕事をさぼって大丈夫だろうか。もし、課長よりも更に上の者に知られれば、厳罰どころか給料も引かれかねないのではと危惧してしまう。


「……」


 それでも、ブレアは酒を飲んで寂しい気を紛らわそうとしているのではと思ってしまうのだ。

 自分の気のせいならそれで良いが、もしそうならば、今はブレアの気まぐれに付き合ってあげたかった。


 だが、飲み過ぎてよくその場で寝ているので酔いつぶれた場合、寮のブレアの自室まで運ぶのはかなり大変そうだ。出来るなら、そうならないうちに帰ってきたいし、他の団員には見つかりたくはない。


「……クロイド、出来るだけ酒が置いてないような店に行くわよ」


「……了解」


 小声で会話していると、課長室の扉が数回叩かれて、ミレットが中へと入って来る。


「ブレア課長ー……。新しい任務の情報なんですけど……って、え!? 何、この状況!?」


 ブレアがアイリス達二人に腕を回しているという状況を理解しきれなかったミレットが小さく叫びつつ、目を丸くする。確かに傍から見れば上司が部下に絡んでいるように見えるだろう。


「おう! ちょうどいい所に来たな、ミレット! 今から、飲みに行くぞ!」


「はっ!? ちょ、どういうこと……飲みに行く!? はぁ!? 今から!?」


 戸惑い、慌てふためくミレットの様子を見ながらアイリスは小さく笑った。


「ちょっと、アイリス! 笑ってないで、説明しなさいよ!」


「あー、無理無理。この状況だと、強制だって分かってるでしょう? 諦めて付いて来ることをおすすめするわ」


「もうっ! 私、まだ仕事あるんですけどー! って、あぁ、引っ張らないで、ブレア課長……ブレアさんっ!」


 自分達と同じように引きずられるミレットが抵抗しようと試みるもやはり、ブレアには力で勝てないようだった。


 以前と同じように魔具調査課内の空気が明るいものとなる。


 しばらくは兄弟子が旅立って寂しく感じているブレアの相手をするのも弟子であり部下である自分達の務めだろうとアイリスとクロイドはもはや諦めた状態で頷いていた。

  

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