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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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必要

 

「……これで、何とか……終わったのよね」


 ミレットが椅子に深く座り、背中をもたれさせる。

 自分よりも緊張していたのか、吐かれる息は深かった。


「でも、本当に無事で良かったわ。下手したら、死んでいた可能性もあるんだからね!」


 頬を膨らませて迫るように顔を近づけて来るミレットをアイリスは何とか抑えようと両手で制した。


「心配かけて悪かったわ。……でも、心配してくれて、ありがとうね」


 素直にアイリスがお礼を言っても、ミレットはまだ納得できないのか口を尖らせていたが、すぐに肩を竦めた。


「アイリスって、なんだかんだで強運なのよねぇ。勝利の女神がずっと微笑んでいるって感じ」


 感心しているのか、それとも呆れているのか分からないが軽い溜息を吐いてから、ミレットはすっと立ち上がった。


「私もこれから、今回の件についての情報のまとめをしてこなくちゃいけないから、先に情報課の方に戻るわ。アイリスはクラリスさんから許可をもらうまで、安静にしてなきゃ駄目だからね!」


「分かっているわよ」


 つまり、クラリスからも今回の件について叱られる可能性はあるということだ。それは少し覚悟しておいた方がいいだろう。


「クロイド、しっかりアイリスを見張っていてよ?」


「任せろ」


「ちょっと、二人とも……。私ってそんなに信用無いかしら? ただ、ここで休んでいればいいんでしょう?」


 不満を漏らすアイリスに対して、二人は揃って溜息を吐く。


「アイリスのことだもの。実用書を読むか、剣の手入れでもやりそうだからねぇ」


 それは確かにやりそうだ。

 寝ているだけだと、どうも退屈に感じてしまう。


「それじゃあ、私は戻るわ。また、お見舞いに来るから」


「うん。ミレットも色々ありがとう。今度、まとめてお礼するから」


 アイリスに返事をするようにミレットは右手を挙げて、軽く手を振りながらカーテンの向こう側へと出ていった。


 クロイドと二人、その場に残される。



 まだ、流れる空気は動かない。

 いや、動けないと言ってもいいだろう。何を最初の言葉として話せばいいのか、探っているような感覚だ。


 先に口が開いたのはクロイドだった。


「……さすがに今回は心臓が止まるかと思った」


 そこで今までで一番重く深い溜息をクロイドは吐いた。


「……君を……失うという考えさえ、あまり想像したくない」


「……その言葉、相棒という枠組み以上の言葉に聞こえるんだけれど」


 まるで恋慕の感情が含まれた告白に近い言葉だと思う。

 そう思うのは考えすぎかもしれないが。


「俺は相棒以上だと思っている」


 視線を感じたアイリスは静かに顔を上げる。いつも以上に真剣な顔のクロイドが逸らさずに自分を見ていた。


 熱、という視線ではない。

 色恋事の熱ではなく、それは──。


「俺は君と相棒になるまで……ここに来るまでは毎日が真っ暗だった」


 自分はクロイドが教団に来る前までの話を詳しくは知らない。

 ただ、ミレットから聞いた話だと、田舎の教会に住んでいたという事だけしか聞かされていなかった。


「でも、ここへ来て、アイリスと相棒を組んで、魔具調査課の一人として働くようになって、毎日がちゃんと生きているって感じられるようになった。多分、その一番のきっかけは君だと思う」


 布団の上に置いていた手に、そっと彼の手が重なる。


「自分勝手な考えだと思われるかもしれないが、俺は自分のために君が必要だと思っている」


 力強く、強調される口調は普段の穏やかな彼からは離れていた。

 そして、どこか切羽詰まったような表情としても受け取れる。


「アイリス、君がいないと……生きていけないと思うほど、俺は君を必要としている」


 どこかで自分が誰かに言った言葉と同じだった。


 クロイドは手を握りしめながら、彼の額をアイリスの額へと添うように重ねて来る。呼吸も鼓動も近く感じられたが、クロイドの目は伏せられたままだ。


「……すまない。こんな事を言っても、君を困らせるだけだな」


 ふっとクロイドは手を離し、距離を空ける。

 それを少しだけ名残惜しいと感じてしまった。




「私を……必要としてくれるの?」


 思わず呟いていた言葉にクロイドははっと顔を上げる。


「あなたは私という存在だけで、必要だと感じてくれる? 傍に……いるだけで、それだけで力になれる?」


 心のどこかで孤独を感じる時はあった。

 それは本当にふとした時だ。


 朝、目覚めた時や一人で剣術の稽古をしている時、夜を感じる時。


 だからこそ、誰かに必要としてもらえて、自分が自分として立っていられる場所がとてつもなく幸福に感じられることがあった。


 だが、彼は言った。自分のために必要なのだ、と。


 息をのみ込むような微かな音が聞こえたと同時に、離された手が再び強く握られる。


「必要だ」


 今度は自分に迷いがないと告げるように、その黒い瞳は揺るがなかった。


「だから、これからもずっと、隣に立って居て欲しいんだ」


 懇願するようにも聞こえるその言葉は、もしかすると自分が心の奥底から望んでいたものなのかもしれない。

 必要とされることが、これほどまでに身体全身に響くものだとは思っていなかった。


「……だから」


 アイリスは目を大きく見開いたまま、瞳から雫が流れることを止められなかった。いくつかの雫が手の上に落とされる。


「アイリス?」


 穏やかな声は自分を心配しているのか、静かに息をするように訊ねてくる。


「私も……あなたが、必要……だから」


 言葉にすることさえ難しいのに、それでも心は温かいもので満たされていく。クロイドが柔らかく笑った気配がした。


 繋がれていた手は離され、今度は温度が少しだけ冷めてしまった身体を温めるように細い腕で抱きしめられる。



 生きている実感とは、こういうことだろうか。

 誰かの熱を感じ、自分というものをそこで自覚することが出来るなんて、不思議だと思う。


 だが、この安心感はきっと、ずっと覚えているだろう。


 今はただ、「必要」という言葉しか伝えられない。

 この気持ちがどういう意味を持つものなのかを知るには、これ以上の自覚と感情をはっきりと認めなければならないのだ。


 それでも、今だけは同じ時間をこうして感じ合いながら過ごしていたいと思った。

   

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