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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
不変の遺産編
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道具の心

 ブリティオン王国 ローレンス家

 


 どろどろと、どろどろと。混ざり合って一つになることが出来ないもの達が、己の意思を主張するようにざわめき合う。

 セリフィア・ローレンスは自分の中で蠢く何かに対して、気持ち悪さを感じながら、目を覚ました。


「……ぅ」


 目覚めた場所は、いつもの地下の部屋。

 特殊な材料を使って描かれた魔法陣の真ん中に、背もたれが付いた椅子が置かれており、そこにセリフィアは座っていた。


 視界がぼんやりとしており、自分の意識が表に出てくるまで時間がかかっていたが、響いた声によって一瞬にして覚醒する。


「目が覚めたか」


 視界の端に映ったのは、自身の「兄」であるエレディテル・ローレンスだった。彼はこちらに背を向けつつ、先程まで行っていた魔法の実験の片付けをしていた。

 

 薄暗い部屋の中、朧気な灯りだけがその場を照らしている。


「はぁ……」


「っ……」


 エレディテルの深い溜息に、セリフィアは思わずびくりと肩を揺らしてしまう。

 彼の様子を見る限り、魔法の実験は上手くいかなかったのだろう。


 先日、ハオスがイグノラント王国の「嘆きの夜明け団」に仕掛け、そして失敗して以降、彼の機嫌はずっと悪かった。


 あれ程の戦力と労力を費やしたにも関わらず、エレディテルと契約している悪魔、「混沌を望む者(ハオスペランサ)」は当初の目的を失敗したのだ。

 彼はウィータ・ナル・アウロア・イリシオスが秘匿していた古代魔法に関する書物も、彼女の血液も持ち帰ることが出来なかった。


 大きな犠牲を払わなければならないとは言え、エレディテルも全てが失敗に終わるとは思っていなかったに違いない。


「──あの役立たずめ」


 その声色は怒りというよりも呆れや失望の方が大きかった。

 セリフィアは自分に告げられたわけではないというのに、その一言が心の奥へと刺さっていく。


「……ハオスは逃げたわけでは、ないんですよね」


「あいつとの間に生じていた契約は完全に切れている。魂も消滅したんだろう」


 ハオスが教団を襲撃した日、ブリティオン王国のローレンス家の領内にある森で大火事が起こった。

 この森に火事の原因となるものはない。何故なら、ローレンス家の領地ゆえに立ち入れる人間が制限されているからだ。


 まるで外部から領内に突然、何かが現れたような、そんな不気味さがあった。


 ただ、同時にハオスとの契約が切れたとエレディテルが言ったため、大火事の原因はハオスなのではとセリフィアはすぐさま、そこへと向かった。

 魔法を使って消火を行いつつ、セリフィアはハオスの気配を探す。


 だが、ハオスの姿はなかった。見つけたのは、異常に激しく焼け焦げた場所があるだけだ。

 消化したとは言え、まだそこには熱が漂っていた。それは永遠に除くことの出来ない熱のように感じた。


 気配を探しても、やはりハオスは見つからず、判明したのは()()かが炎系の魔法を使ったことだけだ。


 領内に侵入した素性を知らぬ相手の痕跡を辿ろうとしたが、ぷつりと糸が切れたようにそれ以上を探ることは出来なかった。

 まるで転移魔法を使ったかのようだ。


 しかし、転移魔法はそれ程、簡単なものではない。改良の余地が多い転移魔法は、使う側の身を削るものだ。

 セリフィアも前に一度、転移魔法を使ったことがあるが、身体への負担があまりにも大きかったのを覚えている。


 もし、出来るとすればハオスのように換えの身体がある者か、それとも──。


 結局、大火事の原因もハオスが何故、消滅したのかも分からなかった。後々に分かったのは、ハオスがエレディテルに命じられた役割を果たせなかったことだけだ。


 ……私もハオスも兄様にとって、目的を果たすための道具にしか過ぎない。


 道具は所詮、道具だ。

 その認識は嫌という程、植え付けられてきた。


 命令に失敗した時点で、恐らくハオスがここへと帰ってきていても、彼はエレディテルの手で何らかの罰か処分を受けていた可能性もある。

 それでも、急にいなくなってしまえば、戸惑わないわけがない。


 決して、短くはない年月を共にいたのだからハオスに対しては「家族」のような情があった。

 それは自身が兄へと抱く親愛とは少し違っていて、どちらかと言えば「同士」に近いものかもしれない。


 セリフィアが()()()()時から、ハオスは兄の傍にいた。人間を弄ぶのが好きで、悪魔らしい悪魔だった。

 それでも「両親」もおらず、「人間」として足りないセリフィアの面倒を彼は兄よりもよく、見てくれていたと思う。


 セリフィアはハオスが()()()、思うところは色々あったが、エレディテルは特に深い感傷を抱くことなく淡々としていた。

 それが、セリフィアにとっては恐ろしくも抗えないものに見えていた。


「もはや使える手段は『ローレンス家』の血のみ、か」


 ぼそりと呟かれた言葉に、セリフィアは顔を歪めそうになった。


「そ、それは……イグノラント王国のローレンス家のこと、でしょうか」


「その家以外にどこがある。もう俺の血で、十分過ぎる程に調べただろうが。……一切、魔法は効かなかったけどな」


 エレディテルが言っているのは「血宿りの(サン・ミステル)記録書(・レジストル)」という魔法のことだ。

 衛生上、本来は良くないが、血液を体内に直接取り込むことで、その血液の持ち主の記憶や情報、そして紡がれてきた血筋の中の過去を読み取ることが出来る特殊な魔法だった。


 今回、エレディテルがハオスへと命じていたのはウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの血液を持って帰ることだった。

 彼女の血液を摂取することで、千年という月日の中に刻まれた膨大な量の知識から、求めるものを探ろうとしていた。


 しかし、残ったのは、ハオスが失敗したことと使い潰した犠牲達だけ──。


 だが、エレディテルが次を仕掛けるよりも前に、ウィータ・ナル・アウロア・イリシオスがハオスとの戦闘で死亡したという情報が入ってきたのである。

 その時、すでに彼女が死亡してから一日半が経っていた。


 また、死亡したウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの遺体が今はどこにあるのか、その足取りさえも掴めなくなっていた。

 恐らく、かなり厳重に守られた場所へと埋葬されたと思われるが、もう手は出せないだろう。


 「血宿りの(サン・ミステル)記録書(・レジストル)」という魔法は、二十四時間以内に採血した血液でなければ、効果がないからだ。

 それゆえにもはや、死亡したウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの血液を使うことは出来なかった。


 ……可能性が残っているのは、イグノラントのローレンス家……アイリスの、血。


 セリフィアはエレディテルに覚られないように、奥歯を強く噛んだ。


 古きローレンス家の血筋を現在まで継いできているアイリスの中に、もしかするとエレディテルが望んでいる()()があるかもしれない。

 それこそが、彼の望みを叶えるものだ。


 たとえ、そのためにどのような犠牲が出ようとも。

 たとえ、どれほど道具のように扱われようとも。

 全ては敬愛するべき「兄」の唯一の願いのために。


 それだけ、なのだ。

 そこにセリフィア自身の心を置いてはならないのだから。


「……さて、どのようにしてアイリス・ローレンスを我がローレンス家へと迎え入れようか」


「っ……」


 エレディテルの言葉に、セリフィアは目の前が眩んだような心地になる。

 何故か、心の奥で拒否のようなものが浮かんできたことを自分でも不思議に思った。


「に、兄様。現在、教団では厳重な警戒態勢が敷かれています。そんな中でアイリス・ローレンスを迎え入れるのはさすがに難しいのでは……」


「お前は馬鹿なのか。だからこそに決まっているじゃないか」


 薄暗い中で、振り返った兄が妖艶に笑ったのが見えた。その笑みを受け、背筋に冷たいものが流れていく。


「どうやらアイリス・ローレンスは聞いた以上にお人好しのようだからな。……そこをあえて利用させてもらおう」


「それ、は……」


 つまり、先日の激しい戦闘から立て直している最中の教団──いや、この場合はイグノラント王国も含めて、エレディテルは再び人質に取ろうとしているのだ。


「これ以上、追い打ちをかけられたくなければ、こちらの要求に従わざるを得ないだろう? ……いや、それだけでは足りないかもしれないな」


 ふと何かを思いついたのか、彼はセリフィアを見て、すっと目を細めた。


 エレディテルは机の上に置いてあるものを手に取る。それは魔法を使用する際に使っている短剣だった。


「セリフィア」


「は、はい」


 普段よりも穏やかな声色で名前を呼ばれたセリフィアは、少しだけ上ずった声で返事をする。


「お前が付けているそのリボン。アイリス・ローレンスから貰ったと言っていたが余程、親しくなったんだな」


「っ、ぁ……」


 まるで、狼が子兎を捉えたように、その視線は鋭かった。

 瞬間、彼は抜き身の短剣で空気を切り裂くように、さっと薙いだ。


「……っ!」


 ぽとり、とその場に落ちたのは自身の髪のひと房と、それを三つ編みにまとめていた青いリボンだった。

 その光景はどこか、自分とアイリスとの最後の繋がりを切り離す瞬間に見えた。


 エレディテルは足元に落ちたセリフィアのリボンと髪を掴むと、見せつけるようにしながら、ぐしゃりと握り潰す。


「──セリフィア。……情が深く、お優しいと噂のローレンス家の当主は、果たしてお前のもとへ駆けつけてくれるかな?」


 穏やかなのに否と言わせぬ声色が耳に入ってきたことで、息が詰まったような心地がセリフィアを支配していく。


 目の前にあるのは、ぞっとする程に美しい顔だった。

 エレディテルはセリフィアに向かって、我儘を喚き散らす幼子を説得するように柔らかく微笑んだ。


 

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