総帥
「失礼するぞ」
幼い声とともにカーテンを捲って入ってきたのは、先程、獅子を従えるように立っていた金髪の少女だった。
少女はふわりとした髪を両耳の上辺りで、赤いリボンで飾っており、どこにでも居そうな令嬢の姿をしていた。
深く青い瞳は子どもらしさが残ったまま、丸々としており、頬は柔らかさが具現化したようにふっくらとしていた。
「やれやれ……。やっと説教が終わったところじゃ」
「お疲れ様です、先生」
ブレアはその場にあった椅子を引いて、少女に座るように勧めた。少女は勢いをつけて椅子の上へと座り、足が床に着かないのか、少し浮いたままの状態でふっと息を漏らす。
「しばらく、牢で反省してこいと全員入れてきた。……感性というものは人それぞれ違うからのぅ。彼らの気持ちも分からんでもないが、やっていることは違法じゃ。そこはしっかりと処罰せんとな」
何とも古臭い喋り方にアイリスはぽかんと口を開けたまま見ているが、ミレットの方は何か話を聞き出したいのかうずうずしていた。
「先生はお優しすぎなんですよ。……三人とも、こちらはこの教団の総帥を務めておられる、ウィータ・ナル・アウロア・イリシオス様だ」
総帥、つまりは教団にとって一番偉い人物でもあり、この教団をエイレーンと一緒に作った五人のうちの一人と伝えられているとともに、その身体は不老不死の噂があるとのことだが。
「うむ。初めましてじゃ。三人の話はブレアからよく聞いておる」
「ほ……本当に、不老不死の総帥……」
ミレットが開口一番に信じられないものを見たと言わんばかりに、イリシオスを上から下まで見つめる。
「あっ、すいません! 失礼致しました! 私、情報課のミレット・ケミロンと申します」
驚きが隠せず、つい長々とイリシオスを見つめてしまったミレットはすぐさま頭を深く下げた。
「よいよい。わしに会った者は大体同じ反応じゃ。ふぉっふぉっふぉ」
寛容な性格なのか、イリシオスは容姿に似合わぬ愉快そうな笑い声を上げているだけだ。彼女にとっては特に気にするようなことでもないのだろう。
「確かにこの方は不老不死のお身体だ。そのため教団の人間ではない魔法使いからよく狙われることもあってな、普段は結界を張り巡らせた教会本部の塔の最上階で暮らしておられる」
ブレアの説明にイリシオスも同意するように頷く。
「だが、今回ばかりは傍観者ではいられないと思ってのぅ。……かつての教え子がこの事態を引き起こしたとなれば、師が説教せねばならぬが常と言うもの」
教え子とはセド・ウィリアムズのことを言っているのだろう。
……ずっと前に、総帥の容姿や不老不死を宿す身体については聞いていたけれど、まさか本人に会うことになるなんて思っていなかったわ。
目の前にいるイリシオスはアイリスよりも随分と年下に見えるが、それでもやはり彼女は総帥でもあり、自分の想像を超える不老不死の身なのだと、本人に会ったことで改めて実感した。
「今回の件ではお主に多くの迷惑をかけてしまった。……あやつの師としてではなく、教団の総帥として詫びさせてほしい」
イリシオスが椅子から立ち上がり、深く頭を下げてくる。アイリスは慌てて手を横に振って、彼女が頭を下げるのを制した。
「そ、そんな……。私だって、不注意だった点がありますし……」
「しかし、命の危険もあったと聞いておる。本当にすまなかった」
頭を下げ続けるイリシオスにどう対応すればいいのか困ったアイリスはブレアの方へと助けを求める。ブレアは苦笑して、頷いた。
「先生、そのあたりで」
「しかし、じゃな……」
「それに謝るのは私だって同じです。……この子達が危ない目に合うと分かっていながらも、『選ばれし者』達の出方を見るため、あえて手を出さずに見守った……。この子達を囮に使ったようなものですから」
その時、ブレアが最近、苦悶の表情をしていた理由がやっと分かった。
アイリスを囮にしていると自覚しながらも、自ら助けたい衝動と戦っていたのだ。
「……アイリス、それとクロイドも危険な目に合わせて本当にすまなかった」
ブレアも立ち上がり、深々と頭を下げてきたが、アイリスとクロイドは顔を見合わせた。
だが、お互いに怒りの感情は全く生まれてはこなかった。恐らく、ブレアの気持ちが分かるからだろう。
「ブレアさん。……私達だって、いつまでも子どものままじゃないんですよ」
静かにアイリスは微笑を浮かべる。
「そりゃあ、ブレアさん達にとってはまだまだ半人前かもしれませんが、これでも教団の人間としての矜持はあるんですから」
「そうです。与えられた任務をこなせるようにならなければ、いつまでたっても半人前です。……もう、あなたの背中ばかりを見て歩いていい立場じゃないんです」
同意するようにクロイドも小さく笑って頷いた。
「……イリシオス様も、そんなに思い詰めないで下さい。それに大人達がどんっと構えて見守ってくれないと、手を出されてばかりでは、子どもはいつまで経っても成長しないんですからね」
冗談交じりにそう言うと、ブレアとイリシオスは顔を見合わせて噴き出した。
椅子に座り直した二人は、向き合って肩を震わせるように笑っていた。
「ふっ……。そうだな。少々、心臓に悪いくらいがお前達らしいか」
「ふぉっふぉっふぉ。ブレアよ、良い弟子たちを持ったのぅ」
先程よりも、和やかな雰囲気になったのを確認して、アイリスとクロイドは笑い合った。
見守ることは、大事だ。
それでも、子どもは大人の知らないところで、成長しなければならない時がある。
目の前にいるブレアもきっと、そうやって同じように経験を積み、色んな感情を目まぐるしく体験しながら今まで生きてきたはずだ。
だから、自分達も自分達だけで越えなければいけない壁をもがきながら越えるしかないのだ。
本当にどうしようもない時だけ、大人達から助言を貰い、そしてその先を目指して行ければいいと、アイリスは人知れず思った。
「さて、そろそろエイレーンについての話をしようかの」
視界の端でミレットが手帳を開くのが見えた。
彼女は普段、アイリスがエイレーンの子孫だと知っていても、それについて何か聞いてくることはない。
それは恐らくエイレーンが歴代の魔女、魔法使いの比にならないほどの強大な魔力を持っていたため、魔力の無いアイリスに対し気遣っているからだろう。
イリシオスはエイレーンと一緒に過ごしていた人物の一人だ。エイレーンを知っている生身の人間の話が聞けることが嬉しいのか、ミレットの瞳が輝くのが見えた。
イリシオスが深く息を吸って、言葉を紡ぎだした。
それは300年近く昔のことらしい。
まるで物語の中へと入っていくように、アイリス達はイリシオスの話に聞き入っていた。




